まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第105回
〈前編〉taziku田中義弘さんインタビュー
AI生成アニメに挑戦する名古屋発「AIアニメプロジェクト」とは?
2024年08月10日 15時00分更新
背景は「横に長い絵を生成してスクロール」させる
まつもと ここまでお話いただいたのはポスター=静止画の制作過程ですよね。まだアニメ部分が丸々残っています。先ほど、中割りは結局手作業だったというお話でしたから、ポスター制作以上に大変な作業だったと予想します。
田中 そうですね。結論から言いますとキャラクターの動きは手描きするほうが早いという判断を下しました。逆に、キャラ以外は生成AIベースです。
まつもと なるほど。ピンク色の服を着た茶髪の女の子が手描きで、背景は生成AIなのですね。
田中 実は背景にも動きがあるのですが、1枚1枚描いていると間に合わないので、横に長い絵を生成したうえでレイヤー分けして動かしました。このレベルの背景を(10日間で)手描きで動かすのは現実的ではないので。
まつもと カメラをPANするイメージですね。
田中 はい。スクロールさせてあげれば静止画でも自然に見えます。そこに撮影を加えていけば何とかなるんじゃないかと。
そこで、最終的に出来上がる映像は1920×1080なのですが、そのサイズをはるかに上回る解像度の高いイラストをAIで生成しました。もちろん下描きもあります。花と風車を動かしたいという希望もあったので、風車、手前の花、草原はそれぞれ別個に生成しています。
そのうえで、“花を黄色に”“茎にも影を付けたい”といった微調整は手描きで対処するわけです。
また、風車のだいたいの形はラフを描いているのですが、そのラフをもとにどの程度までAI任せにするか、要は“強度”の指定が重要になります。このあたりはドラマ制作チームにお見せしながら詰めていくという作業になりました。
強度を上げ過ぎると一枚絵として破綻する一方、描き込み量は増えていくので、ちょうどいい強度を見つける必要があります。そして強度や微調整を経たイラストをざっくり重ねるとこんな感じになります。カメラワークも描き込んでありますね。
このように、AIと人間それぞれの得意分野をうまくミックスさせて作ったかたちです。
まつもと すでにNetflixが背景に生成AIを使用したアニメを公開していますが、こうして見ると背景のクオリティーは実用レベルと言ってよさそうですね。
田中 そこはK&Kさんも驚いていました。現在、アニメ業界は制作する作品数が大幅に増えて高精細な背景が求められる部分も増えたのですが、人材が不足気味です。
まつもと 今回、その負担を減らせることを実証されたわけで、後から振り返ったときに『あの辺りから背景にAIが使われ始めたよね』というマイルストーンになっていくのではと思います。
一方、従来通りの作り方だったキャラクターは今後の研究課題でしょうか?
田中 そうですね。現状は、たとえば服に装飾が付いていると、「コマごとに装飾の位置がズレてる……」みたいなことが起きてしまいます。商業アニメの場合、たぶんそれは許容できないと思うんです。
「SNSでAIアニメをつぶやいたら抗議DMが届く」ほどの逆風
まつもと 次に、AIアニメプロジェクトを立ち上げられたきっかけや、本格始動させた頃のお話をうかがいたいと思います。
田中 AIアニメプロジェクトは2023年春にスタートしました。6月1日にはプレスリリースも出しています。
そもそものきっかけはK&Kデザインさんでした。本当はアニメ制作をしたいのだけれど人材も資本も足りないし、何より(所在地の)名古屋にはアニメ制作の仕事がめったにありません。そんななか、同社の悩みを知った中京テレビのプロデューサーさんが、「tazikuの田中氏が活路になるかもしれない。話を聞いてみたら」と同社取締役の川上さんに提案したんです。
一方、当時の僕はAIを使ったアニメ制作を考えてはいましたが、2023年の春頃ってAIへの風当たりが今よりもっと強かったんです。ちょっとSNSで話題を出したら(抗議の)DMが届く、みたいな空気感でした。
だから僕は『まず大義名分が要るな』と思ったんです。つまり、“楽に作れます”とでも言おうものなら、同業者さんたちから『なんだお前!?』という目で見られかねませんから。
ちょうどそんなタイミングで、アニメ制作に伴う自社の課題を打破する“何か”が欲しいK&Kデザインさんと知り合ったんです。
プレスリリースを読んでいただくと、プロジェクトを始めた背景として、「名古屋という地域は、アニメーターが極めて少なく、アニメ制作に必要な予算も確保しにくいという地域特性があります。名古屋でアニメ事業を手掛けるK&Kデザインを中心に、そんな現状に諦めることなく、まったく新しい手法でのアニメ制作にチャレンジすることを決意しました」とあります。
まつもと なるほど、K&Kデザインさんの課題が“大義名分”になったわけですね。しかし名古屋がそこまでアニメ制作の空白地帯だとは存じ上げませんでした。それこそ中京テレビさんは昔から製作委員会の幹事になったりしていますから、てっきりアニメ業界の厚い層があるのだろうなと思っていたので意外でした。
田中 テレビシリーズに関する仕事は孫や曽孫請けが中心と聞きました。
『アニメを作りたいけれど悩みがある』2社が持ち味を活かす
田中 とは言え、僕たちも最初は「キャラクターは自社で作った動物のキャラクターが自由に使える。背景だけAIで作ろう……」ぐらいの軽いノリでスタートしています。
それが一変したきっかけは中日新聞さんです。えらく詳細に取材されたので『なぜあんな長時間取材だったんだろう?』と思っていたら、ある日、朝刊の一面に載っていまして。
まつもと おお!
田中 そこからさまざまなお話が進みまして、『じゃあ、もうちょっと本格的にやっていこうか』となったタイミングでトリリオンゲームのお話をいただきました。
まつもと 2社で動くことによって、どのようなシナジーが見られるのでしょう?
田中 AIで作られたものは、今のところ“絵”なんですよ。“キャラクター”になっていないと感じています。“見てくれ”が良くて誰が作っても一定のクオリティーを越えてきますが、キャラクターじゃなくて絵なので、“好き”になってもらえないんです。
まつもと 代替可能なイラストだと。
田中 バックグラウンドをちゃんと作っていかないと、「AIアニメです!」とうたったところで、たぶん誰からも共感されないし、「綺麗な映像だね」で終わってしまうでしょう。その弱点をアニメスタジオのK&Kと、AI技術を持つtazikuの2社が共同することで乗り越えていけるのではと。
〈後編はこちら〉
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