JR潮見駅前に清水建設が建設した、イノベーションと人財育成の拠点「温故創新の森 NOVARE(ノヴァーレ)」。イノベーションハブ、体験型研修施設、研究施設、歴史資料展示施設など、複数の施設が並ぶ複合拠点だ。2023年11月の竣工に先立って、9月1日からイノベーションハブ、体験型研修施設、研究施設という3拠点の運用を開始している。
清水建設は2019年に設定した長期ビジョン「SHIMZ VISION 2030」で「スマートイノベーションカンパニー」を目指すと宣言しており、NOVAREでは森林の自然な生態系=エコシステムとして自然発生的にイノベーションが生まれることを目指す。NOVAREはラテン語で「新しくする」「創作する」という意味で、イノベーションの語源でもあるという。
清水建設では「課題の発見」「仮説の立案」「検証と実践」「社会実装」の4サイクルを回すことをイノベーションと定義しており、イノベーションハブ「NOVARE Hub」はそれを建物のフロア構成に反映。自分たちがどのステージにいるのかを認識しながら活動できるという建て付けだ。スマートシティ推進室などイノベーションと大きく関連する清水建設社内の各部署との連携に加え、アクセラレータープログラムなどを通じたスタートアップなどの社外との連携に資する拠点になる。
最新鋭のイノベーション拠点だけあって、建物の中身も斬新だ。オフィスの床材は異例の天然木。天井からは本物の観葉植物が吊るされる。席は完全なフリーアドレス制で、観葉植物も車輪付き台座に乗り、プログラムで自動的に移動する。裏側では、スタッフの場所をデータ単位で把握し、空調などを自動調整するIoTシステムが動いている。
巨大な研究施設「NOVARE Lab」は壁がない一体の空間として設計されており、様々な実験が互いに視認できる状態で実施される。お互いの作業を見ることで、新しい発見や気づきが生まれるのではないかという期待が込められているそうだ。
研修施設「NOVARE Academy」には、建物内に建設現場の1分の1スケールのモックアップが4つも収められている。これらのモックアップは建設途中の状態を再現しており、研修生が現地に赴き、実物を見ながら良い点や悪い点を学ぶことができる。
施設内外には清水建設が力を入れている3Dプリンターで出力した柱材や壁材を使用。特に駐車場においては、膜屋根の外周を囲うアーチ状の構造体の一部を3Dプリンターで出力し、構造部材にも3Dプリンターを活用できる可能性を見せている。
さらに研修施設に併設された歴史資料館では、明治期から1964年まで近現代の建設史を学べる。清水建設が手掛けた建物の模型が20基ほど設置され、建設業の移り変わりがわかるつくりだ。
そんな施設群の中心におさまっているのが、今から145年前、明治11年に建築された旧渋沢家住宅(旧渋沢邸)だ。NOVARE建築に際して、東京から青森に移築されたものをわざわざ東京に戻したもの。清水建設の「原点」が込められているという旧渋沢邸はどんな建物だったのか。そこに込められたイノベーションへの意思とは──。NOVAREと旧渋沢邸移築の関係者に話を聞いた。
旧渋沢邸、本物を伝える設え
── いきなりですが、なぜ旧渋沢邸をイノベーション拠点の中心に置いたんですか?
鳥越一平氏(以下、鳥越) NOVAREのコンセプトである「温故創新」とは温故知新をもじった造語ですが、古きを訪ね新しきをつくるという意味合いです。我々の原点となる二代清水喜助が手掛けた現存する最古の建物である旧渋沢邸を原点として、それをイノベーション施設の棟で取り囲むことで、原点を大事にしながらイノベーションを起こそうという意味があります。
鳥越 渋沢栄一さんは清水建設の中興の祖という位置づけになっていまして。2019年に長期ビジョン「SHIMZ VISION 2030」の設定とともに、渋沢栄一さんが唱えた「論語と算盤」という言葉を社是にしたという背景もあります。
── なんと「論語と算盤」が社是! めちゃくちゃ距離が近かったということですね。
鳥越 渋沢栄一はたくさん会社をつくりましたが、当社は相談役という立場で約30年もの間経営指導をしていただき、清水の底上げに貢献してくれた方なんです。その渋沢栄一の住んでいた家が二代清水喜助の作品で、唯一現存していた。そこで経営幹部が、技術の保存伝承のためのみならず、イノベーションの志の拠り所にしていこうとしたのです。
── そもそも旧渋沢邸はどういう建物なんですか?
鳥越 深川福住町(現・江東区永代)にあった屋敷跡を当時38歳であった渋沢栄一が購入した初めての住居として、明治11年、そこに二代清水喜助が2階建ての表座敷を新築したのが始まりです。
── どんな縁があって発注されたんでしょうか。
鳥越 二代清水喜助が第一国立銀行を施工したのが縁になりました。もともとの発注先は三井組で三井組ハウスとして発注されたものを渋沢翁が途中で譲ってもらい、第一国立銀行の建物にしたんですけれども、それを建てたのが二代清水喜助だった。第一国立銀行は「擬洋風建築」と言って、木造ですが外観は洋風の建物なんです。同時期に東京で築地ホテル館、為替バンク三井組といった洋風の建物が建てられているんですよね。「三大擬洋風」と言い、すべて二代清水喜助の手によるものです。「洋風建築がこれから流行るぞ!」ということで挑戦したんだと思います。
── ははぁ。「擬洋風」は当時のリーディングエッジなわけか。
鳥越 ここで知遇を得て、明治11年に渋沢栄一が自宅を建てるとき二代喜助に発注いただいたのが旧渋沢邸の始まりですね。とはいえ作ったのは擬洋風ではなく表座敷、純和風の日本家屋なんですけれども。
── どんな特徴があるんでしょうか。
鳥越 細部にかなりこだわりがあって、たとえば、軒の梁が十数メートルもの1本の木で作ってあったり。鴨居の部分が継ぎ目なしの一本ものなんですね。
── へえーっ。決して華美ではないけれど、随所にこだわりがつまっているわけですね。
鳥越 表座敷の2階は「畳映し」と言い、畳と同じように天井の板を配したデザインになっています。天井の板はスギの一枚板で、いま買うと高価な一枚ものです。国産の材を使っているわけですけれども、非常にいいものをたくさん使って作っている。今ではなかなか手に入らないですね。今回、2枚欠けていたので復元したんですけれども、板の入手に苦労したと聞いています。
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