“アートを処方箋として出す”脳神経外科医・道下将太郎さんインタビュー
アートギャラリーのようなクリニックを開院した理由、「Meural」を導入した理由
2023年09月21日 08時00分更新
東京・表参道のにぎやかな通りを少し離れた、閑静なエリアにある建物。全面ガラス張りの大きなドアを開けて中に入ると、そこにはお香の香りが優しくただよい、部屋の壁から廊下まで、数多くのアート作品が展示されている。
表参道という場所柄もあり、一見するとアートギャラリーのようにも見えるが、実はそうではない。ここは、さまざまなかたちで予防医療を提供することを目的としたクリニック、「Afrode Clinic(アフロードクリニック)」だ。
Afrode Clinicでは、一般的な医療検査に加えて、メディテーション(瞑想)、カイロプラクティック(整体)、ヨガ/ピラティスなども取り入れた予防医療サービスを提供している。こうした施術により、訪れる人のウェルネスを向上させて「生きている時間をよりハッピーにする」ことが目標だと、脳神経外科医で院長を務める道下将太郎さんは説明する。アート作品の展示も、そうした視点からの取り組みのひとつだ。
そしてアート作品の中には、ネットギアのデジタルアートキャンバス「Meural(ミューラル)」を使って展示されているNFTデジタルアートもある。アートへの造詣も深い道下さんに、Afrode Clinicの目指すものやアートとウェルネスの関係、そしてMeuralに対する評価をうかがった。
病気を治した「その先」を考える次代の医療を目指す
Afrode Clinicというクリニック名は、「Alive from death(死から生を見つめる)」という道下さんの人生観に基づく造語だ。脳神経外科医としてこれまで1000人ほどの「死」に立ち会ってきた経験から、道下さんは医療における「生」のとらえ方をさらに拡張していく必要を感じているという。
「これまでの医療は『病気を治すこと』が目標となっています。しかし、それは『マイナスをゼロにすること』でしかありません。さらには『ゼロをプラスにする』ことも、医療の領域ではなくなっています。つまり、病気を治した『その先』のことが考えられていないのです」
昔と比べると人間の平均寿命は大幅に延びた。しかし、現在でも医療の目指すものは昔のままだ。もちろん人を死なせないこと、生かすことは重要だが、その先も考えた医療が必要になっているのではないか、というのが道下さんの指摘だ。
道下さんは「人は楽しむために生きている」と強調する。たとえば、医師が患者に「健康のためにお酒をやめなさい」と言うのは簡単だ。だが、お酒を飲むのが大好きな人であれば、お酒をやめることで人生の大きな楽しみが失われてしまう。こうした医療はその人に「フィットしていない」と言える。
「その人は本来、お酒の楽しみが自分の『譲れないこと』だからこそ、健康でいたいと願うわけですよね。それならばお酒を禁止するのではなく、まずは『運動をしましょう』『食事の内容を変えてみましょう』といったところから始める。それでも改善されなければ、お酒の量を調整してみる。そういったバランスが大切だと思います」
日本の予防医療では「健康寿命を延ばすこと」が目標になっている。これに対して道下さんは「『健康であること』と『元気であること』はかけ離れています」と指摘する。たとえ身体的には健康であっても、精神的な不安を抱えていてよく眠れない、本来のパフォーマンスが発揮できず「元気」ではない、といった不調はよくあることだ。
「こうした不調に対して、日本の医療は『睡眠薬を処方する』というかたちでしかサポートできていません。そこで、薬と手術以外のさまざまな選択肢を提供できたらよいと考えています」
その1つがメディテーションだ。薄暗く調光されたクリニックのメディテーションルームを使い、訪れた人が静かに瞑想をして精神を整える。京都・建仁寺の副住職、伊藤東凌さんと共同でメディテーションプログラムを開発したり、単にメディテーション風の音楽を流すのではなく、脳波を測定しながらその人にフィットする“音楽を処方する”――そんな取り組みも行っているという。
そのほかにも、カイロプラクティック、ヨガやピラティスなど、予防医療のためのさまざまな手段が用意されている。その人個人にフィットした、医学的な根拠もしっかりとした手段が選べること。これがAfrode Clinicが提供したいと考える予防医療だ。
ウェルネスを向上させるために「アート」が大切な理由
それではなぜ、Afrode Clinicではアート作品を数多く展示しているのだろうか。道下さんは、訪れる人が「自分自身を見つめる『自分時間』を取るため」だと説明する。「このクリニックでは“アートを処方箋として出している”――そんな言い方もしています」。
アート作品を前にすると、人は楽しい気持ちになったり、何か励まされたように感じたり、荒れていた心が静まったりする。あるいは、これまでの物の見方が変わるような、大きな衝撃を受けることもあるだろう。道下さんは、アート作品に向き合う自分ひとりの時間が、精神のバランスを回復してウェルネスにプラスの効果をもたらすことを期待していると語る。
「現代の人は人間関係、お金、仕事など、自分ではコントロールができないことの多い外部環境にアジャスト(適応)し続けながら生きています。しかし、そうした生活を続けていると、やがて何がニュートラルで何がイレギュラーなのか、自分が本来どこに戻るべきなのかがわからなくなります。こうした原因のわからないストレスがきっかけになって、精神を病んでしまう人もいます」
日々の生活の中で短時間でもメディテーションを行ったり、アートに向き合う時間を作ったりすることで、精神状態のバランスを取り戻しやすくなる。「毎日のルーティンとして自分を見つめる時間を持つと、『今日はいつもと調子が違う、無理しないでおこう』と気づき、早めのメンテナンスにもつながります」。
Meuralであれば「作品の保管と展示の問題」を解消できる
Afrode ClinicがMeuralを導入したのは、NFTマーケットプレイス「HINATA」を運営するFUWARIからの紹介があったからだという。現在は、FUWARI 代表取締役の石井寛人さんが展示をプロデュースしており、テーマを決めて定期的に作品を入れ替えている。NFT作品なので、気に入った作品をその場で購入することも簡単だ。
アートコレクターでもある道下さんは、2つの点からMeuralならではの面白さ、メリットを指摘する。
ひとつは「展示に変化を持たせられること」だ。通常の(物理的な)アート作品の場合、展示をひんぱんに入れ替えるのは難しいが、Meuralならば瞬時に作品を替えられる。「時間が経つと、さっきとは違う作品に変わる。こうした変化があると、見ている人の気分も変化しますよね。これまでのアート作品ではできなかったことであり、面白いと思います」。
もうひとつは「作品保管と展示の問題を解消できること」である。アート作品は本来、所有者もアーティストも「人に見てもらいたい」ものだ。しかし、作品の保管や保護が難しいために、どこでも気軽に展示できないという問題がある。「展示されずにずっとコレクターの倉庫に眠っている、そんな作品はとても不幸です」。一方でMeuralであれば、作品の保管や保護に気を遣うことなく、さまざまな場所で展示ができる。
「さらに、作品は1点でも同時に複数の場所で展示をすることができますし、移動も簡単です。作品を多くの人に見てもらいたいと考えているアーティストにとって、これはすごくハッピーなことだと思います」
Meuralの表現力については、単に高精細なディスプレイというだけでは実現できない「暖かみがある」と表現する。FUWARIの石井さんも、写真家や映像クリエイター、油絵作家といったアーティストが、Meuralで表示させた作品を見て「これならばいいね」と評価をもらったという。
* * *
道下さんは「将来的には『医療』というものの幅をもっと広げていきたいと考えています」と語った。これまでの“医療=病院に行って治療を受ける”という役割だけでなく、人がより良く生きることにプラスになる、サポートをする行為すべてが医療である、という考えだ。クリニックにとどまらず、ジムやレストラン、健康関連の製品を開発する企業などに対して、医療者の立場で協力する取り組みも進めているという。
道下さんの“アートを処方する”という考えも、NFTアートとの連携に強いMeuralというデジタルデバイスがあることで、より可能性が広がりそうだ。関係の薄かった医療とアートがつながっていく未来――。そんな新たな時代への期待を抱きながら、インタビューを終えた。
(提供:ネットギア)
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