今回のひとこと
「富士山は、登山道が整備され、70歳や80歳の人でも山頂に登れるインフラが整っている。富岳もこれと同じで、より多くの人たちに使いやすい環境を提供したい。その役割を果たすのがバーチャル富岳になる」
スーパーコンピュータ「富岳」の知名度は圧倒的だという。
理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「日本人の2/3が、富岳がスーパーコンピュータであるということを認識している。この話を米国のスパコン関係者に話すと、とてもうらやましがられる」と笑う。
富岳の名前を一躍有名にしたのが、コロナ禍における飛沫飛散シミュレーションだ。
会話をしたり、咳をしたり、歌ったりした際に、飛沫がどう飛散するのかを富岳を利用してシミュレーションし、その結果を、多くの人や企業が、感染対策に活用した。
「簡単なシミュレーションにわざわざ富岳を利用する必要はないとも言われたが、このシミュレーションの複雑さは研究者が一番理解している」とし、このシミュレーションには、日本で2番目の性能を誇るスパコンを1年間占有するほどの計算を行ったという。
デジタルツインにより、約2000ケースの感染状況をシミュレーション。これをもとに、学校の教室での最適な換気方法や、オフィスや飛行機、タクシーでの感染対策などを提案し、教育現場への生徒の回帰、オフィスへの社員の出社、GO TOトラベルの促進などにも貢献した。
複雑な気象予測が求められる時代
昨今では、線状降水帯の予測に、富岳が利用されているという。
気象庁では、2022年6月から、富岳を活用した予測モデルのリアルタイムシミュレーション実験を開始。さらに、2023年3月には、運用中だった気象庁のスパコンの約2倍の計算能力を持つ線状降水帯予測スーパーコンピュータを新たに稼働させた。ここには、富岳の技術を活用した富士通のFUJITSU Supercomputer PRIMEHPC FX1000を採用。主系と副系の2系統で構成しており、予報の精度が大幅に高まることで、避難勧告や災害対策を打ちだしやすくなり、人命を救ったり、財産保護に貢献できたりする。
今後は、富岳による技術開発の成果や、線状降水帯予測スーパーコンピュータによる高い計算能力を活用して、気象庁の予報モデルを順次高度化する予定であり、高解像度化や予報時間を10時間から18時間に延長することなどが見込まれている。
さらに、AIにおいても富岳を活用する方向性が示されている。AIサロゲートと物理シミュレーションの連携によって、10エクサ級の震災シミュレーションを行ったり、ペロプスカイト太陽電池材料の開発、デザイン性を考慮した自動車向けの空力最適化フレームワークの実現、創薬における化合物結合様式の解説などにAIを活用することで、AI for Scienceという観点から、イノベーションを加速していくという。
この連載の記事
-
第606回
ビジネス
テプラは販売減、でもチャンスはピンチの中にこそある、キングジム新社長 -
第605回
ビジネス
10周年を迎えたVAIO、この数年に直面した「負のスパイラル」とは? -
第604回
ビジネス
秋葉原の専門店からBTO業界の雄に、サードウェーブこの先の伸びしろは? -
第603回
ビジネス
日本マイクロソフトが掲げた3大目標、そして隠されたもう一つの目標とは? -
第602回
ビジネス
ボッシュに全株式売却後の日立「白くまくん」 -
第601回
ビジネス
シャープらしい経営とは何か、そしてそれは成果につながるものなのか -
第600回
ビジネス
個人主義/利益偏重の時代だから問う「正直者の人生」、日立創業者・小平浪平氏のことば -
第599回
ビジネス
リコーと東芝テックによる合弁会社“エトリア”始動、複合機市場の将来は? -
第598回
ビジネス
GPT-4超え性能を実現した国内スタートアップELYZA、投資額の多寡ではなくチャレンジする姿勢こそ大事 -
第597回
ビジネス
危機感のなさを嘆くパナソニック楠見グループCEO、典型的な大企業病なのか? -
第596回
ビジネス
孫正義が“超AI”に言及、NVIDIAやOpen AIは逃した魚、しかし「準備運動は整った」 - この連載の一覧へ