JR東京駅丸の内北口の構内にある美術館、東京ステーションギャラリーでは2023年7月1日、『あやしい絵』展などで注目が高まっている画家、甲斐荘楠音(1894〜1978/かいのしょうただおと)の『甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性』展(2023年7月1日~8月27日)が始まった。
今回の展覧会は、大正ロマンを代表する耽美的な画業にとどまらず、映画界での、盟友・溝口健二作品や旗本退屈男シリーズなど、衣裳デザインや時代風俗考証で残した大きな足跡を実際の衣裳などとともに振り返る展覧会だ。画家として、映画人として、演劇に通じた趣味人として、さまざまな芸術を越境する「複雑かつ多面的な個性をもった表現者」として甲斐荘を再定義する展示になっている。
関わった映画作品は250作に上り、実際に使用された衣裳も数多く展示
楠音は、大正期から昭和初期にかけて日本画家として、京都で活動し、革新的な日本画表現を世に問う「国画創作協会」の一員として意欲的な作品を次々と発表した。国画創作協会は大正5年(1916年)に文展の審査への不満から、同展を離脱した京都の新鋭画家、土田麦僊、村上華岳、小野竹喬、榊原紫峰に野長瀬晩花が加わり、翌17年に、竹内栖鳳、中井宗太郎を顧問として創始した日本画の在野団体。東京と京都で展覧会を催し、大正期の日本画壇に清新な刺激を与え、楠音も、ここで注目されたことが世に出るきっかけとなり、のちに会友となっている。
しかし、楠音は、戦前の画壇で高い評価を受けていたものの、1940年ごろから、映画界に転身し、時代風俗考証家として活動、さらには衣裳デザインでも活躍した。盟友となる映画監督・溝口健二と直接知り合ったのは『芸道一代男』(1941年)の仕事で、面識はないものの、最初に手伝った溝口作品は『残菊物語』(1939年)だった。芸者を人間臭く描く溝口の作風は、楠音と共鳴するところがあったのか。東映や松竹、大映などで約250作に及ぶ時代劇映画に関わり、現在もまだ、研究によって作品は増えつつある。
今回の展覧会は、近年注目の集まる妖艶な絵画作品のほかにも、26年前の回顧展では、深く掘り下げられなかった映画関係の展示も充実し、実際に手掛けた映画の映像、映画衣裳、映画ポスターなどを多く集め、膨大なスクラップブックや、自らもモデルになった写真、写生帖とともに、甲斐荘に関する作品や資料のすべてを等しく展示している。まさに全貌に迫るキュレーションと言える。
■主な展示作品
写真左:『桂川の場へ』、大正4年(1915年)、絹本着色/額、京都国立近代美術館所蔵
写真右:『文楽之図』、昭和2年頃(1927年頃)、絹本着色/額、京都国立近代美術館所蔵
『桂川の場へ』は、信濃屋の娘・お半と帯屋長右衛門の道行物を題材に。楠音には、思い入れのあるテーマで、自身でお半に扮装して同様のポーズをとった写真が残っている。少年時代に、京屋こと四代目中村芝雀(のちの三代目中村雀右衛門)が演じたお半を見たことがあり、「あんな年輩の男がどうしてあんなに美しくなるのか、その不思議を見たかった」と、芝居小屋に三度も足を運んだという。
『虹のかけ橋(七妍)』、大正4年~昭和51年(1915年~76年)、絹本着色/六曲一隻屛風、京都国立近代美術館所蔵
豪華絢爛な衣裳をまとった七人の太夫。60年にわたって、断続的に手が入れられており、1976年の個展の際には、顔をすべて洗い落として描き直した。生涯を賭して、女性の美を見極めた最後の大作。
『畜生塚』、大正4年頃(1915年頃)、絹本着色/八曲一隻屛風、京都国立近代美術館所蔵
畜生塚は、京都市中京区の瑞泉寺境内にある。豊臣秀吉に切腹させられた豊臣秀次の愛妾たちも処刑されたのだが、その様子を描いている。未完の作品。楠音の死後、1987年に、実妹の裏庭にある物置で発見された。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロを思わせる作品だが、未完の終着点となった。
■ミュージアム・グッズ
■開催概要
展覧会名:『甲斐荘楠音の全貌 絵画、演劇、映画を越境する個性』
所在地:東京都千代田区丸の内1-9-1、東京駅丸の内北口ドーム
期間:2023年7月1日~8月27日
※会期中、展示替えあり
休館日:月曜日(7/17、8/14、8/21は開館)、7/18(火)
開館時間:10:00~18:00
※金曜日は20:00まで開館 ※入館は閉館30分前まで
入館料:一般(当日)1,400円、高校・大学生(当日)1,200円
※中学生以下無料
※障がい者手帳等持参の方は入館料から100円引き(介添者1名は無料)
※学生の方は入館の際、生徒手帳・学生証を提示
公式サイト:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202307_kainosho.html
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