日本で唯一の24時間レース「ENEOS スーパー耐久シリーズ第2戦 NAPAC 富士SUPER TEC 24時間レース」に、昨年発売を開始するや人気沸騰のHonda「シビック TYPE R(FL5型)」が2台参戦しました。普段はHonda広報部、レースウィークはHRDCのドライバーである木立選手から「取材に来てくださいよ」と呼び出された筆者は、今回この2台を取材することになりました。
名前は似ているけれど
性格が全く異なる2つのチーム
シビック TYPE Rを使うのは、HRDC(Honda R&D Challenge)とHRC(Honda Racing)の2チーム。名前は似ていますし、どちらもHondaの関係者で構成されています。ですが、生い立ちや性格、課せられたミッション、そしてチームの雰囲気は真逆だったりします。
まず、HRDCについて。こちらはFL5型シビック TYPE Rの開発責任者である柿沼氏をはじめ、本田技術研究所のメンバーを中心に構成されたチームになります。マシンの整備といった活動は業務時間外に行なっており、いわば放課後のサークル活動(自己啓発活動)のプライベーター。会社から多少の補助はあるものの、チームウェアなどは自腹の手弁当で参戦しています。発足の経緯など詳しくはこちらの記事をご覧いただければ幸いですが(クルマ作りの人材育成のためスーパー耐久に参戦するHonda従業員チーム「Honda R&D Challenge」)、開発エンジニアがレースに参加することで、技術を磨き、課題を見つけ、設計に活かしていく、というのが目的です。
HRDCのシビック TYPE Rが戦うのは、GRヤリスやランサー・エボリューションといった排気量2000㏄以下のマシンが覇を争うST-2クラス。四輪駆動車ばかりの中で、唯一の前輪駆動車です。24時間レースの参戦は今回で3回目ですが、FL5型での参戦は当然今回が初めて。とはいえ、FL5シビック TYPE Rの戦闘力は高く、昨年の最終戦・鈴鹿でデビューするや、いきなりの2位。さらに今年の開幕戦・鈴鹿では表彰台の中央に立ったというではありませんか! これは期待するな、という方が無理な話で、木立選手が「取材に来てください」と言うのも納得です。
ドライバーは石垣博基選手、木立純一選手、柿沼秀樹選手、望月哲明選手といったHonda従業員のほか、ジャーナリストの桂 伸一選手、そしてSUPER GTやSUPER FORMULAで活躍する野尻智紀選手の6名。ですが、野尻選手は体調不良により“有給”することになり、5名で24時間を走りきることになりました。
でもクルマには野尻選手の名前にはしっかりと残されておりました。野尻選手はシビック TYPE Rオーナーでもありますので、次戦以降、ぜひシビック使いとしてステアリングを握ってほしいものです。
一方のHRCはホンダ・レーシングによるワークスチーム。つまりエンジニアが業務としての参戦になります。以前は二輪のモータースポーツ活動をしていたHRCですが、2022年から四輪のレース活動を担うことに。よってスーパー耐久に参戦するのも今回が初めてですし、当然24時間レース参戦も今回が初。さらにいえば、4輪レースでHRCがフルワークス体制を組む事例は、過去にほとんどありません。
でも、どうしてHRCがスーパー耐久に参戦することを決めたのでしょう。金曜日の予選終了後、富士スピードウェイで記者会見が行なわれたので、コッソリともぐりこんできました。会見にはSUPER GTで活躍するHondaお抱えのドライバーである武藤英紀選手、伊沢拓也選手、大津弘樹選手、小出 峻選手のほか、ホンダ・レーシングの長井昌也 取締役兼企画管理部部長、岡 義友 参加型モータースポーツ プロジェクトリーダーといった偉い人が登壇。
取材側も著名なモータースポーツジャーナリスト(MSJ会員)がズラリと並び、前列には日本レース写真家協会(JRPA)の巨匠が勢ぞろい! 会見が始まる前から、SUPER GTの会見のようなピリピリとした空気が漂っていました。
長井昌也取締役兼企画管理部部長は開口一番、今回のスーパー耐久参戦に際しての狙いとして、「カーボンニュートラルへの対応」と「お客様がレースにどういうものを求めているかを知ること」のふたつがテーマだと語りました。カーボンニュートラル燃料に関しては、モータースポーツを“持続可能な”競技とするため、SUPER GTといった他カテゴリーでも使われ始めていますし、スーパー耐久においては、すでに他社が実施していますから、逆にいえばHondaのバイオフューエルでの参戦は遅いくらいです。
Hondaはブランディングやマーチャンダイズに弱い!?
気になるのは「お客様がレースにどういうものを求めているかを知ること」という点。長井昌也取締役企画管理部部長は、HRCとしてのブランディングやマーチャンダイズ(商業化)を模索していることを告白したうえで、「マーチャンダイズは、我々の苦手とする領域です。サーキット内のショップを見るとホンダ関連商品の数が少なく、自分たちのブースでも売るものがない。速く走るところは一生懸命やりましたが、それを皆さんと一緒に応援したり楽しんだり、という部分が弱いんだろうなというのは痛感しています」と語るではありませんか。
Hondaのブランディングの弱さについては、5月に行なわれた2026年からのF1復帰会見でも、記者から質問が上がった話。Hondaは、常に勝利を目指すという技術志向なところが魅力である一方、ほかのメーカーと比べ、ファンとの距離が遠い印象を受けていました。ちなみに、Hondaはスーパー耐久でブース出展し、HRCのキャップやシャツを販売していたのですが、ほかのブースと比べるとアイテム数が少なく、そして閑散としている印象を受けました。
もちろん、グッズを売るためにスーパー耐久に参戦しているわけではありません。「スーパー耐久の現場で予選を見て、いかにホンダの車が少ないか、というところも痛感しています。そこはHRCとして取り組まないといけないところだと思っています」と長井昌也取締役企画管理部部長が語ると、参加型モータースポーツ プロジェクトリーダーの岡氏から「扱いやすく速いカスタマー向けレースベース車両の販売を考えています。参戦はそのための開発です」という話が出てきたではありませんか。ワークスお抱えの4選手が招集されたのは、この開発を進めるためだったのです。
HRCはレース専用の2輪車両を販売していますが、それを4輪でも展開しようとしているわけです。ですが「5台ほどしか参加していないS耐のST-2クラスに向けてのカスタマーレーシングカーって、需要があるのかしら?」とも。岡氏はN-ONEオーナーズカップの上位の受け皿として、シビック TYPE Rのワンメイクレースを考えているようで、トヨタで言うところのヤリスカップカーやGR86カップカーで、ラリーチャレンジやヤリスカップ、86/BRZレースを行なっているような展開を考えているのでしょう。
今回の参戦はカーボンニュートラル燃料を使うということもあり、ST-Qという順位がつかない研究車両がメインのクラスでの参戦となります。順位はありませんが、ドライバーたちは「24時間走りきること」「HRDCと同じタイムを出したい」を目標として設定。そして会見の最後に長井昌也取締役企画管理部部長は「このようなカスタマーレースに出て、皆さんと一緒に“共有”をしていく。そういう部分も、勝ちを目指すことと並行して取り組んでいきたいという気持ちが強いです」と語りました。