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7ブランド、5億人超のユーザーを抱えるコンシューマー向けセキュリティ企業はどこへ向かうのか

新生「Gen」社長に聞く、アバストとノートンの統合背景と未来

2023年03月07日 08時00分更新

文● 谷崎朋子 編集● 大塚/TECH.ASCII.jp

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アバスト+ノートンライフロック=「Gen」の新たな一歩

 2022年11月、Avast Software(アバスト)とNorton LifeLock(ノートンライフロック)の2社が合併を完了し、新社名「Gen Digital Inc.」(ジェン・デジタル。以下、略称の「Gen」と記す)として新たなスタートを切った。7つの著名なブランド(Norton、LifeLock、Avast、Avira、AVG、ReputationDefender、CCleaner)を傘下に置き、150カ国以上で5億人を超えるユーザーを持つセキュリティ会社の誕生だ。

新生Genは7つのコンシューマーブランドを傘下に置く(画像は同社Webサイトより)

 新生Genの代表取締役社長に着任したのは、AvastのCEOを務めるオンドレイ・ヴルチェク氏である。

 1995年、創業7年目で従業員6名だったチェコのセキュリティ会社Alwil Software(のちのAvast Software)に入社したヴルチェク氏は、同社初のWindows対応アンチウイルスソフトの開発をリード。2003年にはCTO、2019年にはCEOに就任し、アンチウイルス会社からデジタルトラストサービスへと事業転換する道を拓いた。

Genの代表取締役社長でAvastのCEO、オンドレイ・ヴルチェク(Ondrej Vlcek)氏

 そんなヴルチェク氏は今なぜ、合併統合の道を選んだのか。

 「アバストの事業は主に、コンシューマーをターゲットとした『セキュリティプライバシー事業』と、EvernymとSecureKeyの2社買収を通じて参入した『デジタルアイデンティティ事業』の2軸で構成される。事業戦略としてはそれで十分だったが、急激に変化する世界情勢や景気の停滞などを鑑みたとき、ただ荒波を乗り越えるだけでなく、安定的かつ長期的な成功を見出すには資金力やリソースがあるに越したことはないという結論に至った」(ヴルチェク氏)

 統合の相手としてノートンライフロックを選んだのはなぜか。

 ヴルチェク氏は、戦略やサイバーセキュリティ動向のとらえ方、経験などにおいて、両社が“似たもの同士”であること、アバストのコンシューマーチャネルでの強みとノートンライフロックのパートナーチャネルでの強みの違いなどに将来性を感じたと説明する。それに加えて、アバストの前CEOである故ヴィンス・ステックラー(Vince Steckler)氏が前職でシマンテックのコンシューマー販売部門の上級副社長を務め、アバスト会長のジョン・シュワルツ(John Schwarz)氏もシマンテックのCOOを歴任するなど、縁も深いのだという。

 「統合は、私たちにしなやかな筋力をもたらす。中核事業にますます注力できるだけでなく、新しい領域の開拓も自信を持って進めることができる。さまざまなメリットを検証しているうちに、これはアバストがさらに躍進するための興味深い選択肢なのではないかと確信するようになった」(ヴルチェク氏)

組織だけでなく製品開発プラットフォームも統合を図る

 Genへの統合により、プロダクトマネジメント、エンジニアリング、営業、マーケティング、テクノロジーなどの組織がひとつに集約される。アバストとノートンライフロックそれぞれの強みに直結する事業やブランド戦略以外の領域で、業務やコストの効率化を目指す。

 開発プラットフォームについても、標準化に向けて動いているという。これにより各ブランドの開発チームがこれまで以上に新機能・製品の開発や機能強化に専念できる環境が整うと、ヴルチェク氏は期待を寄せる。

 「統合は、最初の1か月強で1割の統合が進み、9か月で半分進むようなイメージ。最初は重複部分の整理など簡単なところから始めて、より複雑な箇所にてこ入れする。製品統合や移行、新規エンジンの開発などは複雑な作業を要するので、それなりに時間がかかると思うが、業務自体は6か月くらいでいわゆる平常モードに戻せると思う」(ヴルチェク氏)

 実は、6年前のAVG Technologies買収でアバストは大型の完全統合を体験している。「いま使っている開発プラットフォームのプレイブックは、当時のものとほぼ同じだ」と明かすヴルチェク氏は、「AVG統合のときは、パートナーとの関係でどうしても期日を守らないといけないようなものや、多少の遅れが出持て支障のないものとでプロジェクトの優先度を設定。プロジェクトによっては、約3か月保留したものもあった」と説明する。自分のプロジェクトの進捗を心配する従業員たちをやきもきさせたが、買収統合という特殊な状況であることを伝えて辛抱してもらったと述べる。

 「ノートンライフロックの側も、分社化や事業分割など、これまでにかなり大きな変化を経験している。ライセンス契約の処理も大変だったと想像する」(ヴルチェク氏)

 マルウェア解析などの各種エンジンも、アバストとノートンライフロックの両社の資産を統合し、より良いエンジンに再構成するという。ヴルチェク氏は「AVGのときは、約1年かけて各種エンジンを統合した。結果的に両社のエンジンが大幅に強化できた」と述べ、今回も問題ないと自信を見せる。

 統合計画は今のところ、余裕を持たせて24か月という期間で設定している。だが、2022年11月に開催された投資家向けミーティングにおいては、GenのCEOであるヴィンセント・ピレット(Vincent Pilette)氏が「18か月で完了できる」と発表している。「合併完了からの計算なので、2024年3月あたりには完了する予定だ」(ヴルチェク氏)。

2社の完全統合を経て目指すものとは

 統合からまだ日が浅いため、Genとしての事業戦略の詳細についてはまだ語れないとヴルチェク氏は述べた。公式発表にはなかったEvernym、SecureSky、HideMyAssなどのブランドについても、Genとしてどう連携させるのかは検討中だという。

 「アバスト傘下で(ブランドの)独立性を持たせつつ、アバスト製品との連携に取り組むつもりだが、その他についてはこれから考える。いずれにせよ、ユーザーが納得のいく最善の形で提供することを約束する」(ヴルチェク氏)

 最大の競合相手となる「Microsoft Defender」については、プラットフォームではなく、ユーザー視点でインターネットを安全に歩くための保護を提供できることは大きな優位性であり、市場でのすみ分けもできているので脅威とは感じていないという。

 「ビッグテックは、あくまでも自社製品の機能強化の一環でセキュリティ機能を提供している。たとえばマイクロソフトであればWindows OS、グーグルであればAndroid、アップルであればiOSといった具合に、彼らのプラットフォームという“庭の中”で生じる脅威の排除と安全の確保に向けて取り組んでいる。でも、ルーターや決済アプリなどの“庭の外”についてはセキュリティ専門会社の知見や経験が勝る」(ヴルチェク氏)

「18歳の頃の自分に、真面目に仕事に取り組んでいれば、いつか夢は叶うと伝えたい」(ヴルチェク氏)

 「日本は戦略的にもアメリカに次ぐ重要な市場と捉えている。他国・地域と異なるニーズや要件と向き合い、日本のユーザーにフィットするものを提供できるよう取り組んでいく」(ヴルチェク氏)

 目指すは、ユーザーがプライバシーを守りながら安全にインターネットを楽しむことのできる「デジタルフリーダム」の実現だ。

ちなみにGen Digital Inc.という社名は“Generation Digital”を意味する(画像は同社ブログより)

 アバストに入社したての頃を振り返るヴルチェク氏。「新社会人の青臭く純粋な考えだったかもしれないが、社員わずか6名のこの会社はもっと大きくなるという不思議な確信があった」。

 いつか自分のスキルで世界を変える。そんな野望を抱いていた青年は今、Genの“新入社員”として新たな一歩を踏み出す。

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