エリアLOVEWalker総編集長・玉置泰紀のアート散歩

ウィーンが生んだ夭折の鬼才、エゴン・シーレの30年ぶりの大規模回顧展が上野に

文●玉置泰紀(一般社団法人メタ観光推進機構理事)

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 東京都美術館は2023年1月26日、”レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才”を開幕(2023年1月26日〜4月9日)、筆者は内覧会に駆けつけた。日本では、1991〜1992年に国内を巡回したエゴン・シーレ展以来31年ぶりの大規模な回顧展になる。筆者は、この時はBunkamura ザ・ミュージアムで見たのを覚えている。レオポルド美術館も、モーツァルトの生誕250周年に当たる2006年に、当時編集長をしていた「大人のウォーカー」の取材でウィーンを訪れた際に見に行った。シーレは大学生だった1980年代には既にカリスマ的な人気があり、1980年に公開された映画「エゴン・シーレ /愛と陶酔の日々」は、音楽にブライアン・イーノが使われ、恋人でモデルだったワリー・ノイツェルをジェーン・バーキンが演じたこともあり、記憶に残っている。

 エゴン・シーレは、第一次世界大戦時に流行したパンデミック、スペインかぜに罹り、28歳で病死した。彼が生きた1890年から1918年のウィーンは、師であり友人でもあったグスタフ・クリムトのウィーン分離派や象徴派、表現主義、ユーゲント・シュティール(ドイツ語圏でのアール・ヌーヴォー)などが沸き起こり、革新的で刺激的な芸術運動が盛り上がっていた時期だが、その中でも、シーレはとびぬけて強烈な存在の一人だった。筆者は学生時代、強く彼に惹かれた一人だが、自分の中では、年の離れたクリムトとシーレの関係は、詩人のアルチュール・ランボーとポールヴェルレーヌと重なる。今回の展覧会は、そんな二人の関係も丁寧に紹介されていてうれしい。

 レオポルド美術館(オーストリア。ウィーン)は、エリザベートとルドルフのレオポルト夫妻が、50年以上にわたって収集した約6,000点の19世紀後半から20世紀にかけてのオーストリア美術の収集で知られ、クリムトやウィーン世紀末のコレクションは飛びぬけている。なかでも、220点以上を集めるエゴン・シーレは世界最大で、「エゴン・シーレの殿堂」と呼ばれる。今回の展覧会では、もっとも有名な絵の一つである『ほおずきの実のある自画像』など、シーレの代表作50点が上陸、クリムトやココシュカ、ゲルストルなど同時代の作家の作品を合わせて120点を展示する。

『ほおずきの実のある自画像』

 シーレが22歳の時の作品であり、彼の代表作でもある。前年の1911年に、恋人のワリー・ノイツェル との同棲をはじめており、同時期に彼女の肖像画を描いていて、構図も背景も対をなしている。この作品を描いた1912年4月には、未成年者に対して猥褻行為を行なったとして警察に24日間拘留される事件が起きている。シーレの黒い服、髪、目と背景のほおずきの赤の対比が静謐な緊張感を生んでいて、問いかけられているような挑まれているような刺激を感じる。

エゴン・シーレ。1912年。油彩、グワッシュ/板。レオポルド美術館蔵。

世紀末のウィーンを舞台に、シーレと様々なアーティストを立体的に紹介する展示がドラマティック

 テーマは時系列に沿った14の章からなるが、各章はその時期を表すテーマが振られている。

1.エゴン・シーレ ウィーンが生んだ若き天才
2.ウィーン1900 グスタフ・クリムトとリングシュトラーセ
3.ウィーン分離派の結成
4.クリムトとウィーンの風景画
5.コロマン・モーザー 万能の芸術家
6.リヒャルト・ゲルストル 表現主義の先駆者
7.エゴン・シーレ アイデンティティの探求
8.エゴン・シーレ 女性像
9.エゴン・シーレ 風景画
10.オスカー・ココシュカ ”野生の王”
11.エゴン・シーレと新芸術集団の仲間たち
12.ウィーンのサロン文化とパトロン
13.エゴン・シーレ 裸体
14.エゴン・シーレ 新たな表現、早すぎる死

 シーレが生まれたのはオーストリア・ハンガリー帝国の首都、ウィーン近郊のトゥルン・アン・デア・ドナウ。父は帝国鉄道の駅員でのちに駅長にもなっている。幼少のころから絵画の才能が認められ、16歳でクリムトと同じウィーン工芸学校に学び、1906年に名門であるウィーン美術アカデミーに進学した。同時期にアドルフ・ヒトラーは同アカデミーを2回受験したが失敗している。シーレは、同アカデミーでクリムトと知り合い、弟子入りを頼み込み、クリムトもシーレを気に入り、当時の新しい芸術の潮流が集うウィーン工房入会を推薦した。

 シーレは1909年には、同アカデミーを正式に退校し、友人と「新芸術集団」を結成。独自の世界を切り開いていく。タブーを恐れず、死や性行為などのテーマに取り組み、その表現は当時、きわめて過激なものとして受け止められていた。クリムトが開催したフランス印象派展で出会ったゴッホに強く影響を受け、表現主義に通じる独特のタッチに共鳴し、ゴッホの向日葵を気に入っていた。

 1911年には、シーレの宿命の女(ファム・ファタール)、ワリー・ノイツェルに出会い、同棲をはじめ、彼女をモデルに作品を残している。その後、1912年には、前述のように警察に拘留される事件も起き、スキャンダラスな存在だったが、2014年にエディット・ハルムスと出会い、ワリーとは別れ、1915年にエディットと結婚。しかし、すぐに第一次世界大戦に徴兵された。そして、戦地から戻り、戦争も終わりに近づいた1918年3月、第49回ウィーン分離派展に50点近くの作品を発表し、一気に注目を集め、絵の買取依頼が続々と舞い込むようになり、新しいアトリエも構えたが、同年10月28日に妊娠中のエディットがスペインかぜで亡くなり、シーレもその3日後、同じ病気で28年の生涯を閉じた。

アントン・ヨーゼフ・トルチカ。エゴン・シーレの肖像写真。1914年(印刷は1923年)。写真。個人蔵 写真)

内覧会であいさつをした、レオポルド美術館のハンス=ペーター・ウィップリンガー館長(写真左)と、ルドルフ・レオポルドの子息である本展ゲストキュレーターであるディータード・レオポルド氏(写真右)

■エゴン・シーレの作品

『悲しみの女』
女性のモデルは恋人だったワリー。タイトルはシーレがつけたものではない。彼女の頭越しに見える人物は、シーレの自画像の特徴である、口をすぼめ眉を寄せた表情だが、髪の毛は赤で、これはワリーを描く時の特徴で意図的に混在させられている。

エゴン・シーレ。1912年。油彩/板。レオポルド美術館蔵

『象徴的な背景の前に置かれた様式的な花』
ウィーン美術アカデミーの学生時代の作品。クリムト好みの正方形のカンヴァスに装飾的な金と銀の使用から影響が感じられるが、大胆な花と葉の表現はシーレらしい。筆者は彼の描く枝や植物が好きだ。

エゴン・シーレ。1908年。油彩、金と銀の顔料/カンヴァス。レオポルド美術館蔵

『モルダウ河畔のクルマウ(小さな街Ⅳ)』
クルマウは母親の故郷で、シーレはたびたび訪れ、油彩や素描で繰り返し描いている。この作品の下には1910年に描いた風景と自画像を組み合わせた図像が隠されていることが1960年に発見されている。彼は多くの風景画を残していて、裸体画などとは違う、しかし極めて特徴的な作品世界を作っている。彼は自然を模倣することは無意味だと語り、風景のヴィジョンとしては記憶を基に描いたほうがよいといい、「夏に秋の木を思うことは、自分の心身を巻き込む強烈な経験となる。ぼくはそうした憂いを書きたいと思う」と1913年に書いている。

エゴン・シーレ。1914年。油彩、黒チョーク/カンヴァス。レオポルド美術館蔵

『頭を下げてひざまずく女』
女性の裸体像はシーレのドローイングの中で重要なモチーフだった。日本の多色木版画をクリムトやシーレは高く評価していて、人物を白紙に描き、余白をそのまま残し空間性を否定した。シーレは1911年に手紙の中で「僕は、あらゆる肉体から発せられる光を描く。エロティックな芸術作品にも神聖さが宿っている」と書いている。

エゴン・シーレ。1915年。鉛筆、グワッシュ/紙。レオポルド美術館蔵

■ほかのウィーン世紀末の画家たち

『赤い背景の前のケープと帽子をかぶった婦人』
1897年4月3日に、クリムトはウィーン分離派を結成した。クリムトは彼のミューズであるファッション・デザイナー、エミーリエ・フレーゲの影響もあり、衣装や帽子が重要な役割を果たす女性像を多く手掛けていく。この絵では、ファッショナブルな女性の肖像と象徴主義的な神秘性が組み合わされている。

グスタフ・クリムト。1897/98年。油彩/カンヴァス。クリムト財団蔵

『キンセンカ』
モーザーはウィーン分離派とウィーン工房の創設メンバーで、企画者、デザイナー、グラフィック・アーティスト、展覧会デザイナーとして活躍した。1907年にウィーン工房を去ったのちは、絵画制作に打ち込んだ。

コロマン・モーザー。1909年。油彩/カンヴァス。レオポルド美術館蔵

『半裸の自画像』
この作品はキリスト教図像学を引用し、受難のキリストを暗示している。ゲルストルはウィーン美術アカデミーで学び、幅広い興味を持っていて、現代音楽の大家、アルノルト・シェーンベルクの友人グループにも関わっていた。しかし、シェーンベルクの妻、マティルデと恋愛関係になったことから、シェーンベルクの音楽仲間から排斥され、1908年、25歳の若さで自ら命を絶った。彼は展覧会への出品を拒み隠遁者のような生活を送り、作品は徐々にフォルムが解体されていき表現力がみなぎる画風となっていった。オーストリアの表現主義の先駆けとされる。

リヒャルト・ゲルストル。1902/04年。油彩/カンヴァス。レオポルド美術館蔵

■ミュージアム・グッズ

 スタイリッシュな作品が多い展覧会でグッズも充実している。

■イメージボード

■開催概要

会期
2023年1月26日~4月9日

会場
東京都美術館・企画展示室(東京都台東区上野公園8-36)

休室日
月曜日

開室時間
9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)

夜間開室
金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)

観覧料
一般 2,200円 / 大学生・専門学校生 1,300円 / 65歳以上 1,500円 /
平日限定ペア割(枚数限定) 3,600円

※本展は日時指定予約制。
詳細は展覧会公式サイト(https://www.egonschiele2023.jp/)で確認
※平日限定ペア割は公式チケットサイトのみで販売
※大学生・専門学校生は1月26日~2月9日に限り無料(日時指定予約が必要)
※小学生・中学生・高校生・18歳以下(2004年4月2日以降生まれ)は無料(日時指定予約が必要)
※未就学児は日時指定予約は不要
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳を持っている人とその付添いの人(1名まで)は無料(日時指定予約は不要)
※高校生、大学生・専門学校生、18歳以下、65歳以上の方、各種の手帳を持っている人は、いずれも証明できるものを提示することが必要
※オンライン・プレイガイドでの予約が難しい人を対象に当日の入場枠を設けているが、来場時に予定枚数が終了している場合がある

■展覧会の公式サイト
https://www.egonschiele2023.jp/

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