このページの本文へ

前へ 1 2 次へ

年末恒例!今年のドメイン名ニュース 第14回

ウクライナ侵攻とドメイン名、.comの値上げなど2022年の「ドメイン名ニュース」

2022年12月30日 09時00分更新

文● 渡瀬圭一 編集●大谷イビサ

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

 2022年12月15日、JPドメイン名を管理運用する「株式会社日本レジストリサービス(JPRS)」が、恒例となっている2022年度版の「ドメイン名重要ニュース」を発表した。JPRSのドメインネームニュース担当者が選んだ今年の話題とは?

1位:ウクライナ政府からの「.ru」などの取り消し要請に、ICANN応じず

 今年の1位に選ばれたのは、ロシアによるウクライナ侵攻への制裁として、「ロシアのccTLD、サーバー証明書、ルートサーバーを使えなくすることで、ロシアをインターネットから排除する(以降、「ロシアを排除」とする)」というウクライナ政府からの要請に対し、ICANN[*1]が応じなかったという話題である。自身が表明しているように、そもそもICANNはインターネットを正常に機能させるための組織であり、その機能や調整内容は政治利用されるべきではなく、ましてやインターネットの機能を止める活動はできないと返答するのは当然であろう。

 この件のポイントは、2つある。まず、ウクライナ側が主張する「ロシアによるプロパガンダや偽情報の流布を防ぎ、市民が正しい情報を得ることを助ける」というそもそもの目的が、ロシアを排除することで達成できるのかという点である。

 確かに、ロシアは情報戦として、ウクライナや支援を行う西側諸国に対し、事実と異なるニュース(フェイクニュース)や真偽不明の情報を大量に流していることが知られている。しかし、もし仮にロシアをインターネットから排除できたとしても、ロシアが仕掛ける情報戦を防ぐことには役立たないであろう。

ICANNの回答

 なぜなら、そうした偽情報はロシアに限らず、他国からも発信可能だからだ。さまざまな国・地域に出先機関を持ち、ロシアを応援する勢力がロシア国外にも存在するという現実を考えた場合、ロシアを排除することが情報戦の抑止に大きな効果を発揮するとは考えにくい。

 むしろ、ロシアを排除することで、ロシア国内に居住する国民に国外から情報が届かなくなることのほうが問題である。インターネットには、検閲を回避する仕組みを持つさまざまなツールが存在する。ロシア国民にプロパガンダではない情報を伝え続けるためにも、インターネットの接続性は確保されるべきであろう。

 そして、もう一つのポイントは、もしこのような排除要請を一度認めた場合、敵対し合うさまざまな国家・地域から互いに対する排除要請が出されることは明らかであり、結果として自律分散による相互接続という、インターネットの根幹が揺らいでしまう恐れが高いことである。筆者は、むしろこちらの問題のほうがはるかに重要であると考えている。

 インターネットは、「ネットワークのネットワーク」である。自律したさまざまなネットワーク同士が協力し、それらが相互接続してパケットを適切に転送していくことで、一つのネットワークとして成り立っているという大原則を忘れてはならない。

 より具体的な例として、たとえば、A国とC国がネットワーク接続する場合、地理的・政治的な理由により、B国のネットワークを経由しなければならない場合を仮定する。このとき、B国をインターネットから排除すると、A国とC国は通信できなくなる。また、もしC国のみを経由する形で別のD国がインターネットに接続していた場合、A国とD国も通信できなくなってしまうのである。

 今回はロシア一国のみが対象となっているが、もし同様の形であの国を排除しろ、この国を排除しろといった排除要請がエスカレートしていった場合、インターネットそのものが壊れる方向に向かってしまうのである。

 インターネットのグローバルな管理機能をどのように策定・調整するかは、インターネットガバナンスにおける最も重要なテーマである。最近は、国連のような国際機関を通じて国家が直接管理すべきという意見が出てきているが、インターネットの接続性を政治主導でコントロールしようというアプローチは危険である。今回のウクライナ政府からの要請には、欧州地域のIPアドレスを管理するRIPE NCC[*2]も応じておらず、インターネットの分断はインターネットそのものに対し深刻な影響をもたらすという、コミュニティの考えを強く読み取ることができる。

 インターネットの発展と継続性はこれまで、グローバルなマルチステークホルダーによるオープンで包括的なプロセスによって実現されてきた。政治的野心を持つ国々・人々は、インターネットという強力なツールを自分のコントロール下に置きたいと考えるであろうが、それは避けなければならないと筆者は考える。

[*1] ICANN:Internet Corporation for Assigned Names and Numbersの略称。1998年10月に米国で設立された非営利法人で、グローバルなインターネット資源管理全般に責任を持つ団体。
https://www.icann.org/

[*2] Reseaux IP Europeens Network Coordination Centreの略称。世界に5つあるRIR(地域インターネットレジストリ)のひとつで、ヨーロッパ、中近東、北アフリカ、アジアの一部の地域のIPアドレスの割り振り・管理を行っている。
https://www.ripe.net/

前へ 1 2 次へ

カテゴリートップへ

この連載の記事
  • 角川アスキー総合研究所
  • アスキーカード