アカザーの不自由自在
Vol9 車いすユーザー22年ぶりのバス移動(東京BRT編)
この記事は、国土交通省による歩行空間データの活用を推進する「バリアフリー・ナビプロジェクト」に掲載されている記事の転載です。
車いすユーザーである筆者が日常生活の中で感じるあれこれをお届けする連載コラム第9回。今回は、乗るのが大変そう…とバス乗車を避けてきた筆者が、最新のバスに実際に乗車してみたお話です。
どうもアカザーです! 2000年に脊髄を損傷して以来、車いすユーザーを22年ほどやっています。車いすユーザーになってからも、移動にはいろいろな公共交通機関を使っているんですが、今回はそのなかでぶっちぎりにハードルが高く、22年前の初体験時にオレの心をボッキリと折り、その後22年以上利用しなかったほどのトラウマを残したもの。“車いすユーザーのバス移動”について書いていきます。
車いすでのバス移動を諦めた22年前の出来事
22年前、車いすユーザーになって間もない頃。日常生活での車いすの扱いに慣れてきたオレは、車いすでいろいろな交通機関を利用するチャレンジをしていました。最初は電車、その次にタクシーときて、最後にバス乗車を試みました。車いすでの利用ハードルがいちばん高いのがバス乗車だろうと考えていたからです。このラスボス的なバス乗車をクリアできれば、車いすでの公共交通の利用は問題ナシ!と思い臨んだのですが…。
そのラスボスにはまったく歯がたちませんでした。当時の車いすでのバス乗車体験をひとことで言うなら、「22年前の車いすでのバス乗車は、まだ時代が追いついていなかった……」です。
2000年頃は今のように街中で車いすユーザーを見かけることがほとんどないような時代。2000年に交通バリアフリー法が制定されたとはいえ、形だけのバリアフリーが散見されるような時代でした。バスにも車いす対応マークが貼られていましたが、利用してみて形だけのバリアフリーの最たるものだと感じました。
オレが車いすではじめてのバス乗車に選んだのは、日曜日の午後。近所のバス停をリサーチし、なるべく乗客が少ない日時を選びました。当時、3~4本に1本くらいしかなかった車いすマークのバスが停留所に停まったタイミングで、運転手さんに車いすで乗車したいことを伝えると、笑顔でこころよく対応してくれました。
そこまではよかったのですが、運転手さんが乗車用のスロープを出そうとしたあたりから雲行きがあやしい感じに。
最近のバスには床面設置の反転式スロープ板や、携帯型スロープなどを利用して乗り込む感じになりましたが、当時のスロープは乗車口下の細い隙間に格納されており、それを引き出して使用するタイプでした(地方では今もこのタイプが使われていることも)。
で、この格納されたスロープを運転手さんが引っ張り出そうとするんですが、一向に出る気配がない! 運転手さんも「いや~、研修でやって以来なんで、お待たせして申し訳ありません」と苦笑い。どうやら中に埃や錆が詰まっており、かなり力を入れないと引き出せない模様。「ズッ、ズズッ」と左右に動かしながら苦戦しつつもなんとかスロープを引き出すことに成功し、乗車することができたのですが…バスが停車してから2~3分が経っていました。
そんな感じで乗車したものの、ここからがまたたいへんでした。座席を折りたたんで車いすスペースをつくり>そこに車いすをセット>車いすと車いすユーザーを数本のフックとシートベルトで壁や床にガッチリと固定、という作業がありました。それらを運転手さんはひとりで懸命に作業してくれたのですが、いかんせん研修以来はじめての作業。スロープを設置するときよりもさらに多くの時間がかかりました。
空いている時間帯を狙ったので、車内に乗客は4~5人だったのですが、“針のむしろ”という状態を絵に描いたような時間でした。
車いすを固定しバスが走り出すまでには10分以上の時間を要したと思います。その間、オレには他の乗客全員が「はやくしろよ~急いでいるんだよ!」と思っているようで、ずっと下を向いて運転手さんに「すいません」を連呼していました。むろん、他の乗客は見慣れない光景に興味本位で視線を向けていただけだったのかもしれませんが、今思い出してもイヤな汗が出てきます(苦笑)。
たぶん降りるときにもそれと逆のことがあったと思うのですが、そのあたりからあまり記憶がありません。
そんな苦い体験から当時のオレは、「車いすでのバス利用はいろいろな人の時間を奪い迷惑をかける行為」と結論づけて、それ以来ずっと車いすでのバス利用は避けていました。
22年ぶりにBRTを利用してみようと思ったきっかけ
22年間バスには乗らない派を貫いてきたオレだったんですが、一念発起して今年の春に車いすで東京BRTに乗車したんです!
通勤でバスを利用している妻からは常々、「最近は車いすでバスに乗ってくる人けっこういるよ」とは聞いていました。そして「よく病院まで乗っていく車いすユーザーの親子は、雨の日はバスには乗らず傘をさして病院まで歩いているのをバスから見かけることがある」という、心がギュッとなる話も…。
この言葉を聞いたときその車いすユーザーの親子の気持ちが痛いほどわかりました。たぶん雨の日はバスが混むので、この親子は他の利用者のことも考えてバス利用を避けているのだと思います。
またそう思うと同時に、この親子の気遣いに「オレも少しは乗ったほうがいいな」との思いがわいていました。障害者等用駐車場やタクシーのコラムでも書いたのですが、真のバリアフリーは、健常者・障害者の相互理解があってこそだと考えているからです。そのためには、いろいろな方の尽力によりできた現在のバリアフリー交通インフラを、車いすユーザーとしてちゃんと使うことは、相互理解を深めるには必要なことだと思ったからです。
そして、車いすユーザーが利用しないことには、せっかくのバリアフリーも本当の意味でよくはなっていかない気がするんです。また、前述の親子が行なったような、公共のサービスを使う上で、我々車いすユーザー側が健常者に対して行なう配慮もそうです。たぶんアメリカなどに根付いている“心地よいバリアフリー”は、車いすユーザー側もそういう配慮をしつつ利用し続けた結果、実現したもののような気がするのです。
車いすではじめての東京BRT
とはいえ過去のトラウマから、いきなりバスに乗る勇気が出なかったチキンなオレが選んだのが東京BRTでした。BRT(バス・ラピッド・トランジット)とは、バス高速輸送システムの略で、はやい話が路面電車とバスのいいとこどりをした新交通システム。
数年前に東京モーターショーで展示してあるBRTをみて、「このBRTなら車いすで乗っても大丈夫かも?」と感じ、それ以来、街を走っているのを見かけるたびに気になっていました。さらにコロナ禍でリモートワークが多くなり、バスの乗車人数が少なくなっている今こそ、バス乗車のトラウマを払拭するには最適なタイミング!と考えたのです。
そんなオレがBRT初体験に選んだのは新橋~晴海ルート!
日曜日のお昼すぎ、新橋のバス停でBRTを待っている乗客が2~3人なのを確認。運転手さんに乗りたい旨と行き先を告げると、発車時刻までまだ少し時間があるにもかかわらず乗車準備をはじめてくれました。
で、いざ乗るときにまず驚いたのがスロープです。
22年前とは全然違いました。15秒くらいで、スロープのセットが完了するんですよ! 恥ずかしながらこのときに反転式スロープ板をはじめて利用しました。この仕組み考えた人、スゲーよアンタ! と思う間もなく、あっさり乗車完了。
そして次なるハードルである車いすの固定ですが、BRTは車内右側の壁に取り付けてある座席を、2席ぶん壁側に折りたたむだけで車いす1台ぶんのスペースを確保することができます。4席ぶんがこの構造になっているので、車いすは2台まで乗れる計算です。ちなみにこのスペースはベビーカーでも利用可能で、今回は乗る前に運転手さんがあっという間に2席を折り畳み、車いす1台ぶんのスペースを作ってくれていました。
車いすの固定は、あらかじめ壁に設置してある固定バンドと、床に設置してある引き出し式のS字フックを、車いすにフレームに巻き付けて固定する感じ。この作業もあっさり15秒ほどで完了! これら一連の作業にかかった時間はなんと驚きの約40秒です! この22年間で9分以上のタイム短縮ですヨ! スゲー!
そして何より驚き、うれしかったのが、東京BRTの運転手さんが車いす乗車の扱いにたけていたことです。車いすを固定するときに「このホイールはカーボンなんで、ここに固定するのはやめておきますね~」の言葉に、この運転手さんは車いすの構造まで理解してくれているんだと、安心感が持てました。海外でバリアフリーなサポートを受けたときに、わかっている相手から感じるあの安心感と同じものを。
そして、走り出してからも車内アナウンスで、ブレーキや曲がる方向などを事前に教えてくれたりと、いたれり尽くせり。車いすで電車やタクシーに乗ったことがある人はわかると思うのですが、床に接地しているのがタイヤの4点のみなので、急ブレーキや急加速で車いすが動いちゃうんですよ。もちろん東京BTRの壁には持ち手など掴まれる場所はあるんですが、やはり先にアナウンスしてくれると上半身も安定させやすく、何より安心感が段違いです。そんな手慣れた運転手さんのおかげで、22年ぶりに乗ったバス(東京BRT)なのに、車窓から街の風景を楽しむ余裕までありました。
晴海BRTターミナルで降車したのですが、ここでもさらなる驚きが! 停留所のプラットホーム(降車位置)が少し道路側に張り出しており、さらに車両底部と同等の高さまで上げてある! なので、道路とBTRの段差はわずか5~10センチほど。
降車時にも運転手さんが反転式スロープ板をかけてくれたのですが、この高さならキャスター上げ(車いすの前輪を上げるウイリー)ができれば、ひとりでも乗り降りできる感じです。
東京BRTには縁石等への“誘導線式正着制御機能”が備わっており、さらに軽く接触してもいいようにプラットホームの先端部は硬質ゴム製でした。そういや確か東京モーターショーで見たBTRブースもこんな感じの展示がされていたな~。この正着技術と停留所のフラット化は他のバス停や、タクシー乗り場なんかでも採用してほしいインフラだと感じました。ていうかこの技術、最高にバリアフリーっすね!
と、ソフト面もハード面も最高だったこの東京BTR乗車体験で、22年前のバス乗車初体験での苦い思い出がスーッと消えて行くようでした。時代はいつの間にか変わってたんですね~。
しかし、この車いすでの利用に最高のBRTですが、まだまだ路線が少ないのが目下の悩み。というワケで次回は、東京BRT乗車体験で変な自信をつけたオレが、22年ぶりにバスに乗ってみたお話です! 22年前のトラウマを完全克服や!
アカザー(赤澤賢一郎)
週刊アスキーの編集者を経て、現在は車いすのフリー編集者・ライターをやっています。2000年にスノーボード中の事故で脊髄を損傷(Th12-L1)。車椅子ユーザーになって21年です。2018年に札医大で再生医療の治験を受け、2020年に20年ぶりに歩行!!!