AR技術で現場作業を支援する「TeamViewer Frontline」シリーズに注力する理由を聞く
「産業ソリューションでARは不可欠の要素」チームビューワーCEOが語る
2022年11月01日 07時00分更新
リモートアクセス/リモート接続製品の高い実績で知られる独チームビューワー(TeamViewer)では、近年、「TeamViewer Frontline」シリーズなどAR(拡張現実)技術を取り入れた産業(インダストリー)ソリューションの提供に注力している。
「現在のチームビューワーのオファリング(製品、サービス)にとって、ARは不可欠な要素だ」。そう断言するのは、TeamViewer CEOのオリバー・スタイル氏だ。なぜ「不可欠」とまで言い切れるのか、具体的にどのような取り組みを進めているのか。10月に来日したスタイル氏にチームビューワーのAR戦略を聞いた。
この数年間で産業ARソリューションを大きく進化させた理由
――近年のチームビューワーの発表を見ると、産業向けのARソリューションの動きが非常に目立ちます。まずはチームビューワーのビジネスにおいて、ARの位置づけはどうなっているのでしょうか。
スタイル氏:AR技術をベースとするプラットフォームの機能は、現在のチームビューワーのオファリングにとって本当に不可欠な要素となっている。
チームビューワーではさまざまな目的でARを利用している。たとえば、働く人とマシン/設備をリモートで接続して、あらゆる作業をリモートから行えるようにすること。現実世界と仮想世界を重ね合わせて「フロントラインワーカー」(工場、倉庫など現場作業者の総称)を支援すること。デジタルエンタープライズ、あるいはスマートエンタープライズと呼んでもよいが、人が働く場所や方法を自由に選べるようにすること――。こうした目的がある。
――チームビューワーと言えばリモート接続ソリューションのベンダーですが、そこに「AR」という要素が加わって、大きく変化してきているわけですね。
スタイル氏:そのとおりだ。ARの要素を産業ソリューションに組み込めるようになった背景には、スマートデバイスの急速な性能向上がある。スマートフォンの進化を振り返ってみればわかると思うが、それだけでなく、スマートグラス、ウェアラブルコンピューターといったデバイスも非常にパワフルなものになっている。こうしたデバイスがフロントラインワーカーのツールとなり、10年前にはできなかったようなかたちで現場作業を支援する。
また、労働人口の減少や熟練作業者の高齢化といった変化を受けて、社会全体がインテリジェントワーク、スマートワーク(少人数で効果的に働く働き方)にフォーカスするようになっている。こうした技術と社会の変化を受けて、チームビューワーでもここ3年ほど、ARをベースとしたソリューションや機能を積極的に追加してきた。
――大きな転換点となったのは、2020年のUbimaxの買収でしょうか。
スタイル氏:いや、実はそれ以前の2018年から、チームビューワーでは独自のARソリューション「TeamViewer Pilot」を開発し、提供している。ただし、当時はまだスマートフォンやタブレットの利用を想定しており、スマートグラスの利用は想定していなかった。
それでもPilotは発表当時、産業向けARソリューションとして中規模から大規模の顧客から大きな注目を集めた。われわれはこの領域で成長を加速させたいと考えたが、研究開発(R&D)、人材、拠点、プロダクト、レファレンスとなる導入事例などのリソースが十分ではなく、短期間でそれを拡充させる必要があった。
そこでまず2020年にUbimax(産業向けウェアラブルコンピュータ、ARソリューションベンダー)を、2021年にはUpskill(製造業向けARソリューションベンダー)、Viscopic(AR/MRソリューションベンダー)をそれぞれ買収した。彼らの技術を「TeamViewer Frontline」ソリューションに統合し、短期間で高度な産業向けARソリューションを完成させてきたわけだ。
物流/倉庫、組み立て製造、点検/整備に特化したARソリューションも
――現在の産業ARソリューション、TeamViewer Frontlineシリーズについて教えてください。このシリーズは中核をなす単一のプラットフォームがあって、その上にさまざまな産業ソリューションが構成されていますね。
スタイル氏:そのとおりだ。まず、基盤となる共通プラットフォームには“2つの原則”がある。1つは「デバイスを問わず使えること」。スマートグラス、タブレット、スマートフォン、そのほかのウェアラブルデバイス、どんなデバイスでもOSを問わずこのプラットフォームに接続できる。顧客側で選択したデバイスが何であれ、われわれのソフトウェアは問題なく動くということを大切にしている。
もう1つが「ワークフローの作成手法に一貫性を持たせること」。Frontlineではフロントラインワーカーにデータを提供したり、作業ステップを指示したりとさまざまな使い方ができるが、どんなワークフローを作成する場合でも一貫した手法で作れるようにする、ということだ。Frontlineのワークフローはローコード/ノーコードで作成できるが、作り方をいったん理解すれば、組織内のいろいろな業務に対して展開できるようになる。
――そのプラットフォーム上で、どんなソリューションを提供しているのですか。
スタイル氏:TeamViewer Frontlineでは現在4つの産業ARソリューションを展開している。
まず1つめが「Frontline xAssist」だ。これは4つのうち最も汎用的なソリューションで、あらゆる業界の、あらゆるシチュエーションで利用されることを想定している。
具体的にはARを用いたリモートサポートソリューションだ。スマートグラスを使えばハンズフリーで、作業をしながら映像と音声を双方向にやり取りすることができる。たとえばフロントラインワーカーと遠隔地にいるエキスパートをつないで、フロントラインワーカーの視界を映像で共有しながら、エキスパートの側から指示を出したり、図面やスケッチといった情報を送ったりして作業をアシストできる。
2つめは「Frontline xPick」、これは物流や倉庫管理業務向けソリューションだ。オーダーに合わせて複数の荷物や部品をピッキングし、同じ出荷先に送るパレットに載せ、承認手続きを経て出庫するまでの作業を支援できる。たとえば(国際運輸業の)DHLやコカ・コーラなどで導入されている。
フロントラインワーカーがスマートグラスを装着すると、ピッキングすべき荷物や部品が表示される。カメラ映像を通じて二次元コードなどを読み取れるので、入出庫や在庫管理などの作業も効率化され、作業ミスも減らせる。そうした特徴があるので“ビジョンピッキング”ソリューションと呼んでいる。業務の妨げにならないよう、ハンズフリーで音声でのコマンド操作にも対応する。
3つめの「Frontline xMake」は、自動車などの組み立て製造業向けソリューションだ。スマートマニュファクチャリング、デジタルファクトリーといった分野で、データを使ってフロントラインワーカーの業務を支援する。
具体的には、多数のパーツの組立手順をステップバイステップで指示し、さらには映像から組み立て方法や品質のチェックも行いつつ作業を進められる。また、エラーやイレギュラーな状況が発生したらその原因をAIで探ったり、多数の作業記録から「カイゼン」のためのインサイト(洞察)を得るといったことができる。
先日、韓国のHyundai(ヒョンデ)とのパートナーシップを発表したが、両社の取り組みにはこのxMakeも含まれる。共同でイノベーションと開発を進めていく方針だ。
最後、4つめはサービステクニシャン向けソリューションの「Frontline xInspect」だ。機械、装置、車両、金型など、あらゆるものの「整備」作業の支援を対象としている。こうした作業にはマニュアルやチェックリストがあるが、それに沿ってステップバイステップで点検や整備ができるようにする。
整備業務の重要なポイントは、作業さえ済めばそれでよいというわけではなく、コンプライアンスの観点からきちんと記録をドキュメント化して残さなければならないということだ。たとえば航空機の整備作業などが典型的だが、正しい作業員が正しい手順で作業したこと、さらにそのあとで正しく検査をしたことを、しかるべきドキュメントとして残すことが必要だ。xInspectでは、こうした整備記録をSAPのようなバックエンドシステムに記録するところまでをカバーする。
――いずれも具体的な業務、作業の内容に沿って、支援できるよう開発されているわけですね。
スタイル氏:業務を支援するのと同時に、現場での作業内容をデータとして収集する役割も果たしていることに注目してほしい。たとえば、AIを使ってそのデータを分析していくことで、人員削減の可能性が広がったり、あるいは現場作業員に対するより良いトレーニングの方法が見つかったりする。その結果、作業上のエラー削減と品質向上、作業時間の短縮といったものにつながっていく。人間が行う必要がない作業をロボットで自動化することにも役立つだろう。
AI活用も促進、チームビューワーは「何の会社」になったか?
――AI活用の話が出てきましたが、今年春にはFrontlineのアドオン機能として「AiStudio」が発表されています。これはどんなものでしょうか。
スタイル氏:先に述べたとおり、すでにFrontlineの中にAI技術を組み込んで活用を始めている顧客企業もいるが、一方でAIの専門家がいない企業ではまだそうなっていない。AiStudioは「より多くの企業がAIの技術の恩恵を享受できるように」と考えて、プラットフォームに統合したものだ。
AiStudioでは、たとえば画像認識や音声認識、言語解析といったAIモデルを、顧客が使いやすい形にモジュール化して提供していく。ワークフローは自社で作れるがAIモデルは作れないといった顧客に、AIモデルによる分析や自動化の能力を提供していく。
現在のところ2つの機能を提供しており、これらを使えば、たとえばファーストフードレストランの調理担当者が衛生管理のための手袋をきちんと着用しているかを自動でチェックしたり、倉庫内の物流における正しい試運転を確認したりできる。
――あらためて、こうした産業ARソリューション分野におけるチームビューワーの特徴、強みはどこにあると思われますか。
スタイル氏:非常に重要だと思っているのは、たとえば自動車ならば自動車、物流ならば物流で、業界におけるワークフロー、利用シーンなどを、チームビューワーが熟知しており、さらには業務プロセスをカイゼンしていくための勘どころも押さえている、という点だ。これにより、弊社のソリューションを導入した顧客は、短期間でビジネス上の価値を生み出すことができる。
なぜSAPがERP市場のリーダーであり続けているのかを考えてみてほしい。ERPそのものは成熟した製品であり、競合ベンダーも数多くいる。それでもSAPが強いのは、50年以上にわたってさまざまな産業の顧客とつきあってきたことで、それぞれの業務現場がどのようなワークフローで動いているのかを熟知しており、その知見が製品にも生かされているからだ。そうして開発された製品から顧客の側がベストプラクティスを学ぶ、ということも起こる。
チームビューワーの産業ARソリューションにも同じことが言えるだろう。たとえば倉庫のピッキング業務で言えば、DHLという物流界のリーダー企業が「使いやすい」と思うような機能や作りがソリューションに盛り込まれ、それをほかの企業でも利用できる。顧客の側が進化すれば、われわれのソリューションもそれを反映して進化する。ほかの業界でも同じだ。
――ARやAIの活用というお話をうかがって、チームビューワーが「リモート接続のベンダー」という枠から大きく広がっていることがわかりました。現在のチームビューワーをひと言で表すならば「何の会社」だと思いますか。
スタイル氏:ひと言で言えば「ワークフローや仕事をより“スマート”にしていく会社」となるだろう。そこには、これまでのリモートアクセスやリモート接続がになってきたものも含まれる。
フロントラインワーカーを支える、より少ない人数でより多くのことができるようにするというのもそうだし、働いた成果としてコストや品質、顧客満足度を向上させるというのもそうだ。現場への出張や移動を減らすことで産業の持続可能性、サステナビリティにも貢献する。誰でも使えるワークフローを提供し、AIによる分析を可能にすることで、業務の最適化も実現する。
こうしたことを実現していくためには、やはり「デジタル化」することが不可欠だ。これまで人間が感覚的に行ってきた判断を、きちんとデジタルで可視化し、分析していくことがその第一歩となる。
