アニメーションを中心に取材・執筆をされている数土直志さんが、「ジャパニメーション」とは何だったのか? その起源と終焉という原稿を書かれている。
日本のアニメをさす言葉として米国で使われていた「ジャパニメーション(Japanimation)」という言葉についての業界的な考察。米国で、日本アニメをジャンルとしてしめす場合には、単純に「アニメ(ANIME)」とすることが多いという指摘が多い。ところが、90年代半ばになると日本国内で「ジャパニメーション」という言葉が使われるようになる。
数土さんらしいフラットな姿勢で書かれた業界的考察なのだが、この中に氷川竜介さんや私が「80年代末のCompuServeで使用されていた」と言っていると出てくる。『近代プログラマの夕』(私がホーテンス・S・エンドウ名で書いている本=1991年の本だが月刊アスキーでの連載では1998年8月号)に「ジャパニメーション」(Japannimation)という言葉がでてくる。
この言葉についての考察は数土さんの原稿で読んでいただくとして、当時の米国における日本アニメの位置づけがわかる内容なので再録しておくことにする(以前にもここで引用したことがあったかと思うが)。
青い目のオタッキーに気をつけろ!
それは、友人Hのアクセスから始まった
半月ほど前のこと、私のサバイバルゲームのコンペティターにして、古い友人でもあるH氏が編集部をたずねてきた。それよりも1週間ほど前に会ったときに、通信の話をしたのを覚えていて、自分でも海外ネットにアクセスしてみたいのだという。
彼は、かつてアレクサンダー長谷川という名前で『MSXマガジン』に登場したという過去を持つ。私がパソコンのパの字も知らなかったときに、Apple IIのコンパチで、バリバリとゲームをやりまくっていたこともある。なお、サバイバルゲームにおける彼のいでたちは、中国人民解放軍は僻地担当部隊がご愛用の耳ダレ付き人民帽である。
さて、話はここからだ。まず、手始めにというわけで、CompuServeにアクセスしてみたのである。ご存じのようにネットワークは、いろいろな横丁(これをSIGという)に枝分かれしているというのが基本的な構造だ。自分の読み/書きしたい分野のSIGを自由にたずねて見れるようになっている。
ふだん、もっぱらコンピュータ関係のSIGにしかアクセスしないから、ほかのSIGを目の当たりにすることがなかったのだ。思えばCompuServeが、そのような、ほとんど『月刊アスキー』誌のような内容だけで塗り固められているはずもないのである。数あるSIGの隅っこ、“Hobbies/Lifestyles/Education”の下の“Arts/Music/Literature”の下に“Comic/Animation Forum”というSIGがあるのはよいとして、さらにその中に“Japanimation”というセクションがあるとは知らなんだ。
この“Japanimation”という言葉、日本では聞きなれないが、容易に「日本」の「アニメ」というふうに理解できる。友人Hは、音楽関係のSIGを覗いてみたいなどと言っていたのだが、たまたまここに寄ってみたところ、某マンガ週刊誌編集という職業意識が目を覚ましたのか、まずはここを探検してみようということになったのだ。
COMICSのSIGは、通常の書き込みが行なわれる“Message”と、プログラムやグラフィックスデータ、ニューズレターなどがあげられている“Libraries”の2つのメニューについて、それぞれ10個ほどのセクションに分かれているのだが、それぞれに“Japanimation”がある。
その全体像は計り知れない
JapanimationのLibrariesには、ニューズレターの類がいくつもアップされているのが目につく。たとえば、“San Diego C/FO Newsletter”や、そこからドロップアウトしてできた“Southern California Anime Network”(SCAN)、“ANIMANGA NUZU”などだ。前者2つは、日本のアニメ関係らしいタイトルが付いていないが、中身は“Urusei Yatsura”や“Orange Road”や“Saint Seiya”はじめ、Japanimation一色だ。また、このグループは、オフラインミーティング(いわゆる“オフミ”ですな)も盛んなようで、下手をすると、噂に聞くアメリカンにおけるコスプレのJapanimation版に侵されている可能性が十分にある。
“ANIMANGA NUZU”もなかなか強力である。この“ANIMANGA”という単語も“Japanimation”と同じく日本にはない表現だ。アニメキャラクターのスペックリストなどから始まって、Japanimation関係の書籍の入手できるところや、Japanimation関連の情報が得られるBBSなど、コレクター色が濃い。
最もアクティブな活動をしているのは、Tom Mitchell氏率いる“ANIME STUFF”であろうか。1989年4月に出された10号では、“Anime Stuff Special-First Anime Poll”の結果が報告されている。いわゆる人気投票である。“Favorite 3 Anime Feature Film”(結果:① Nausicaa ② Macross Movie ③ Laputa)から始まって、
Favorite 3 Anime TV Shows
(結果:① Dirty Pair ② Kimagure Orange Road ③ Urusei Yatsura)
Favorite Female Anime Charactor in a TV Series
(結果:① Ayukawa Madoka ② Lum ③ Kei)
Favorite Supporting Female Anime Charactor in a TV Series
(結果:① Hiyama Hikaru/Shinobu ③ Benten)
Favorite Female in a Feature Film
(結果:① Nausicaa ② Lum ③ Minmei)
Favorite Supporting Female Anime Charactor in a Feature Film
(結果:① Chen Agi ② Dola ③ B-ko)
Best Animation Quality in a TV Series
(結果:① Dirty Pair ② Maison Ikkoku ③ Kimagure Orange Road)
などなど、33項目にわたる投票結果が掲載されているのだ。
ニューズレターのボリュームは、10Kbytesから60Kbytesにおよぶものもあり、日本から、すべてをダウンロードするには勇気がいる。その他の内容は、スクリプトの翻訳やレビューで、レビューの内容はアニメ作品から飯島真理など周辺ジャンルへ飛び火しつつある! そして、ファンクラブの紹介などだ。“ANIME STUFF”6号では、
American Alliance for Japanese Animation
(AAJA: Robert Napton/1236 Euclid Street #201 Santa Monica, CA 90404)
The MACROSS Fan Club
(P.O. BOX 2566, Costa Mesa, CA 92628-2566)
を紹介している。また、BBSでは、
Valley of The Wind BBS
(300~1200bps、(415) 341-5986)
The Chachamaru Snack Bar
(300~1200bps、(313) 884-0418)
などを紹介している。
静かにしかし確実に侵攻中だ
これだけの組織があるとなると、当然のことながら、彼らの一部が日本に流れてくるということも起こってくるようだ。“San Diego C/FO Newsletter”では、Patti Duffieldなる人物が、日本からのレポートを寄せている。彼は、冒頭、「いま、私はシーフード・カップヌードルを食べている。これは、タコの入ったものでアメリカでは見られないタイプのものだ」などと、日本カゼを吹かせている。彼は、University of Arizonaの学生で、exchange studentで日本に来ていると書いている。亜細亜大学との間で大量の交換学生を実施したのは、このUniversity of Arizonaではなかったか…。もっとも、Japanimationのファンに学生が多いのは確かだろう。アメリカの大学や研究機関のUNIXユーザーを結ぶネットワークであるUsenetのニューズグループ“rec.arts.anime”のダイジェストなども、JapanimationのLibrariesにはアップされている。あるいは、CompuServeなどよりも、こちらのほうがはるかに高度にオタッキーな会話がなされている可能性が大きい。
ニューズレターのほか、変わったところでは“Hokuto No Ken”の“ATA”、“ATATATATATATATATATATA”などのサウンドデータがアップロードされていた。Amiga、Macintosh、Atari STの3機種用のデータがあり、それぞれ、PDSなどのプログラムで聴くことができるようだ。Amiga、Macintosh、Atari STという3台の青い目のコンピュータを並べて、いっせいに“ATATATATATATATATATATA”と声をあげさせたりしたら、さぞ異様なことだろう。
さて、Messageと呼ばれる一般の書き込みや文字による会話(Conference)もなかなか強力である。Messageは、1日数件は確実に書き込まれており、ここ数日間は、“Shinobu in ST: TNG?”というタイトルで議論が続いている様子だ。内容は、どれも興奮気味で、私の貧弱な英語力では意味がよく分からない。6月17日の書き込みでは、やはり登場するのではないかと思われていたADULT oriented programについてのものがある。“CLEAM LEMON”を推薦しているこの人物は、US Air Forceにいるとのことだ。今後、この種のグラフィックスが、米軍機のノーズアートとしてペイントされる可能性もまるでないわけではないと言ってよいだろう。
もう1つ、最近の書き込みに、なかなかインパクトのあるものがあった。Sacramentoに住むMark Newton-Johnなる人物が、“singer of the Urusei Yatsura”に街で会ったというものだ。ある日、彼は、ポータブルステレオで、「Urusei Yatsura/Juke Box 2」を鳴らしながら、電気店に入っていった。テープが“Rock the Planet”を演奏しているところで、2人の人物が彼のところに寄ってきたのだという。そのうちの1人が、なんと“Rock the Planet”を歌っているSteffanie Borgesその人だったというのだ! 彼女もまた、Sacramentoに住んでいるのだという。しかし驚いたのは、むしろSteffanie Borges嬢のほうかもしれない。そもそも、青い目のアメリカ人が、アメリカの電気店に、うる星のテーマ曲を鳴らしながら入っていくというだけで、なかなか凄い光景である。その後のアーティクルでも、Mark Newton-John氏は、“She's pretty cute”とかなんとか続けている。
そして、いちばんリアルだと思われるのが、毎週、Japanimationセクションのオンラインミーティングが開かれているという事実だ。それは、毎週日曜日のアメリカ東時間夜9時(日本時間の月曜朝)から行なわれているという。日曜の夜のひとときを“Urusei Yatsura”や“Kimagure Orange Road”について語りあかすアメリカ人というのは、いったいどういう人たちなのだろう。遥か2000万メートル遠方の異国の地のネットワークで交わされるチャットのことを静かに想うと、意識が遠くなりそうだ。我々は、ただちょっとこのセクションを覗いてみただけである。ほんの少しダウンロードしてみただけだ。静かに、このSIGをあとにすることにしよう。
(『近代プログラマの夕』ホーテンス・S・エンドウ著、アスキー刊より)1998年から1994年まで少し時計を進めてみよう
今年に入って割りと驚いたことの1つが、この原稿に出てくるH(長谷川浩)くんとおおいに関係がある。あるとき、テレビで「王様のブランチ」をやっていて、ゲストとして紹介されたのが作家の宮内悠介氏。史上はじめて、直木賞、芥川賞、三島賞、山本賞の候補となり三島賞は2017年に受賞とのことなのだが、この宮内悠介氏、私が編集長だった時代の『月刊アスキー』で連載していたのだ。
その頃は、文芸誌『すばる』の編集の長谷川くんが、米国から帰ったばかりでパソコンが好きなのでと紹介してくれたのが、まだ高校1年生の宮内悠介氏だった(父は同じく作家の宮内勝典氏ですからね)。そこで、1994年8月号からAmiga 4000のロードテストを連載で書いてもらった。いま引っ張り出してみると、第1回は「MSXボーイ、アミーガと遭遇する」というタイトル。編集部の河村くんが丁寧に担当してくれていたと思う。
長谷川くんは、このコラムでも何度か登場しているのだが、私にパソコンの楽しさを教えてくれた人物である(「私がはじめて買ったパソコン、Apple IIcと友人Hくんのこと」)。私がアスキーに入ってからも、なにかと協力してくれたり一緒に遊んでくれた。1997年8月から編集部でVDOLiveで動画配信「interneTV ぱそてれ」というのをはじめたのだが、「すばる文学カフェ」というイベントを毎回中継したりしていた(国内ではかなり早い時期の動画配信=ページだけはInternet Archiveに残ってる)。
ところが、昨年暮れ、東京おとなクラブ時代からのつきあいの中森明夫くんが電話してきて長谷川くんの訃報を知らせてくれた。長谷川くんが下北沢で友人と一緒にやっている古本屋+カフェ「気流舎」を訪ねたのは3年くらい前だった。おすすめのラムチャイをいただきながら私と彼以外にはまったく通じないような想像を絶するドサブカルな話をして楽しかった。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
Twitter:@hortense667この連載の記事
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