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PPPoEだけではなく案4に決まった理由 VNEはなぜ3社だったのか?

IPoEの10周年記念イベントが開催! 今だからこそ語れるIPoE誕生秘話

文●大谷イビサ 編集●ASCII

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 2021年12月3日、一般社団法人IPoE協議会は「IPv6 IPoE 10周年記念ミーティング~IPoE温故知新~」を開催した。IPoE協議会 理事長 石田慶樹氏やNTT東日本 代表取締役社長 井上福造氏などが挨拶に立ったほか、当事者が10年前のあのときを振り返るトークセッションも披露された。

「谷あり、谷あり」だったIPoE 10年経ちテレワークを支える

 2011年にNTT東西のNTT NGN上で開始されたIPv6インターネット接続サービス。このサービスの技術的な基盤であるIPoEの認知と利用促進を進めるのがIPoE協議会になる。冒頭、挨拶に立ったIPoE協議会 理事長 石田 慶樹氏は、10年前のIPoE開始までの流れと今に至る経緯を説明する。

IPoE協議会 理事長 石田 慶樹氏

 NTT東西のNGNでのIPv6の提供方法は、2007年3月のサービス開始直後から検討を始め、当初あったJAIPAから提案された案1~3に加え、同年12月に今のIPoE方式である案4が追加され、2年後の2009年に案2と案4が認可された。その後、ホールセラーであるVNEの3事業者が選定され、2011年7月にいよいよIPoEの提供が開始された。「ここに至るまでですら、『山あり、谷あり』というか、『谷あり、谷あり』だった」と石田氏は振り返る。

10周年までの経緯

 当初は「日本では壊れたIPv6が広まっている」とまでグーグルに批判された国内仕様のNTT-NGNにおけるIPv6とその解決策の一つであったはずのIPoEだが、2012年には3社だったVNE事業者は16社まで拡大可能になり、2013年にはIPv4 over IPv6のサービスもスタート。そして、2015年のNTT東西の光回線をプロバイダーから提供できる光コラボレーションモデルの提供にいたって、利用が一気に拡大するという流れになっている。2021年3月時点では、NTTのNGNにおけるIPv6の普及率は、PPPoEによる提供も含めると8割を超えた。

 石田氏は、当時担当者だったNTT東日本の井上福造現社長が10年前に作った資料を紹介しつつ、「10周年を機にこれからのIPv6の使い方も含めて議論していきたい」とコメントした。

 続いて当のNTT東日本 代表取締役社長の井上福造氏が来賓として登壇。自身が10年前に関わっていたIPoEのプロジェクトについて「会社人生の中で思い出深い案件」と振り返りつつ、「もう10年経つのかなと」と感慨深そうに語る。

NTT東日本 代表取締役社長 井上福造氏

 振り返れば、「アドレスの枯渇」「フォールバック」「マルチプレックス」という3つの課題(後述)から検討が始まったIPv6の利用方法だが、当時からNTT東日本も他の事業者とともに真正面から取り込み、IPv6ネイティブであるIPoEの提供も選択した。「仕組みとしては窮屈な部分はあるが、与えられたルールや業界の秩序の中では、できうる最良の選択だった。その後のインターネットのトラフィック増、コロナ渦のテレワーク増などの状況に対応し、IPoEは社会に役にだったのではないか」と井上氏は振り返る。

 IPoE開始から10年が経ち、NTT側のマインドセットも大きく変わってきたと語る井上氏。「未来志向で、前のめりに、みなさんといっしょに日本の情報通信をよくしていく気持ちで臨んでいる」とコメント。「アイドルグループのV6の方は、26年の活動を終えましたが(笑)、IPoEはまだ10年。20年目になり、世界がすっかり変わったねと言えるように、IPoE事業者にもがんばってもらいたい」とエールを送った。

 総務省 電気通信事業部長である北林大昌氏もビデオレターで祝辞を述べ、総務省としてもインターネットトラフィックの増加に伴う混雑緩和や地域分散などの取り組みを進めていくとした。

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