【前編】声優・緒方恵美さんロングインタビュー
緒方恵美さん「逃げちゃダメだ」――コロナ禍によるライブエンタメ業界の危機を語る
2021年04月24日 17時00分更新
わずか30席が埋まらない理由
緒方 30人限定の現地会場チケットが、10月になってもまだ残っていたんです。9月に販売開始したのに、10月になっても30人の枠が埋まらない。9月の販売開始直後に動いて以降、かなりギリギリまで埋まりませんでした。
―― 緒方さんのライブといえば、コロナ禍以前は数百人規模の会場があっという間に売り切れていた印象です。それが、わずか30枚にもかかわらずギリギリまで売れ残ってしまったと……。信じがたい話ですが、その理由はなんでしょう?
緒方 東京との温度差が激しく、地方の人は上京しづらいからです。東京の場合、夏にはイベント制限も緩和されてライブハウスに行ってみようという空気になってきていました。けれども地方では、東京に行きたいと思っても、家族や職場から「絶対に行かないで」と止められたりします。
東京に住む私たちも、最初は電車に乗るのもちょっと怖いなと思ったけど、みんなマスクを着けて黙っているし、換気はしているし、大丈夫かなという空気になっていました。
だけど地方の人はやっぱり怖いんだな、と気がついたんです。
M's Barは、2つの使命で動いていました。
まずは「配信にお金を払う習慣」を身に付けてもらうこと。もう1つは、我々が徹底的に感染対策をすることで、「ライブハウスは怖くない」というイメージを持ってもらうことです。
来てくださった30人のお客さんは、ライブハウスは安全なところだと認識してくださったと思います。ただ、現地以外の大勢の方には伝える手段がなかなかないのが難しいところですね。
配信チケット特有の売れ方が
運営側のメンタルを追い込んでいく
緒方 さらに言えば、配信チケットがライブ直前まで売れないこともキツいです。
配信ライブを経験したアーティストたちと情報を共有しているんですけど、どこもだいたい同じ状況で、本番の前々日にチケットが2~3割しか売れていない。そこから前日と当日で売れ行きが増していき、下手すると当日の開演時間以降にアーカイブ視聴用としてチケットが購入される、ということもあります。
配信が始まったばかりの頃は、もっと早い段階でチケットが売れていたのですが、お客さんも配信に慣れてきたのか、『ギリギリでもいいか、どうせ先着順じゃないし……』という心理になっているのだろうなと想像しています。
―― チケットが直前まで売れないと、どういったことが問題になるのでしょうか?
緒方 アーティストやスタッフのメンタルを直撃します。
M's Barの配信ライブに関しては、最終的には若干黒字にはなっていますけど、やはりチケットがギリギリまで売れていないと、本人と制作スタッフがメンタルをやられるんですよ。
『前々日なのにまだチケットがこれだけしか売れていない。どうしよう、相当やばいぞ』と関係者は思う。それはどこの現場でも聞く話で、普段は5000人を集めるようなアーティストでも、2日前で配信チケット数十枚しかはけなかったという話も聞きました。
―― それは言葉を失いますね……。
緒方 逆に、もしチケットが早い段階で完売していたら、「よし、演出でこれを一個プラスしましょう」とか、いろいろな企画が追加できるわけです。みんなも明るい気持ちで「完売しました、張り切って頑張りましょう!」とステージ前にモチベーションが上がる。
だけど、前々日の段階で「チケットがこれだけしか売れていないんだ」とか、一緒にステージに立つサポートメンバーにはとても言えない。数字を聞いたアーティストやスタッフは、表立って言えない悩みをライブ中まで抱え込むことになるんです。
―― 緒方さんは事務所を経営されているということで、運営側に近い目線になるのでしょうか。
緒方 それもあると思いますが、プレイヤー側であるアーティストは、メンタルが落ちても笑顔でステージに立たなければならないのがキツいです。『大きな赤字になるかもしれない。どうしてだろう。何が悪かったんだろう……』という気持ちを抱えたままステージに上がらないといけない。これはどんなアーティストでも同じ気持ちになると思います。
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