JAIPA Cloud Conference 2020の経産省講演レポート
2025年の崖を指摘した経産省DXレポートの筆者が「DX推進の本質」を語る
2020年09月04日 09時30分更新
一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)が、2020年9月2日に開催したオンラインイベント「JAIPA Cloud Conference2020」において、「経済産業省セッション」が用意された。経済産業省 商務情報政策局 アーキテクチャ戦略企画室長兼ソフトウェア・情報サービス戦略室の和泉憲明氏が、「New Normalの観点から可視化されるDX推進の本質と政策展開」と題した講演を行なった。
デジタルトランスフォーメーションは、なぜDTではなくDXなのか?
和泉氏は、「2025年の崖」が注目を集めた経済産業省のDXレポートの執筆に携わっている。「新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、世の中の景色が変わった。そのなかでDX推進はどうなるのか。DX先行企業の特徴はなにか。DX推進にデジタル技術はどう貢献するのか、エンジニアが新たな社会でどんなロールを背負っていくべきかについて説明したい」と切り出しながら、いくつかのDXの事例を含めながら、講演を進めた。
和泉氏は、DXの成功事例の紹介や、企業がDXを推進する上で気をつけなければならない点を示唆した。「IDCが定義する第3のプラットフォーム(クラウド、ビッグデータ、モビリティ、ソーシャルで構成)や、CAMBRIC(クラウド、AI、モビリティ、ビッグデータ、ロボティクス、IoT、サイバーセキュリティ)といった技術用語を並べても、DX全体を理解することはできない。DXは技術論ではなく、経営論である。DXレポートでは、『企業がビジネス環境の変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を改革し競争上の優位性を確立すること』と、DXを定義した。大切なのは、技術を使って、PoCを繰り返し、PoC貧乏になるのでなく、顧客や社会のニーズをしっかりと捉え、競争上の優位性を確立することである」と指摘した。
また、こんなことにも触れた。
「ある講演のあとに、なぜ、Digital Transformationの略称がDTではなく、DXなのかという質問を、重鎮の先生から受けた。Transというのは上下が反転するという意味。それを示すのがXであり、英語圏の慣習では、Transの省略はXと表記する。そこでDXとなっていると説明した。だが、ここに重要な意味がある。チェンジやモディファイといった部分的な変化とは異なり、トランスフォーメーションにはすべてが変わるという意味がある。単に最新技術を活用したとか、少し生産性があがったというレベルではDXとは言わない、DXが持つ語義を押さえておく必要がある」
最先端の技術がビジネスの効果につながることが大切
DXの実例として和泉氏が示したのが、視察に行ったパリの地下鉄の事例である。
「デジタル技術の代表であるAIを活用したアプリが自動運転である。パリの地下鉄では、1998年から自動運転を行い、いまでは運転席がなくなり、追加投資をしながら進化させている。だが、ここで重要なポイントは自動運転としての技術の進化ではなく、観光都市としてのモビリティの強化である。オペラ座などでイベントが終了したあとには、最寄りの駅が大混雑する。その際に、自動運転では、運転手の手配がいらないため、オペレータ権限で臨時便を次々と増発できる。これにより、一気に混雑が解消する。これが自動運転の最大のメリットだ。ストのときにも、運転手が不要なパリの地下鉄は走っていたという。DXというのは最先端の技術が、ビジネスの効果へとつながることが大切である」
また、京都府宇治市のHILLTOP(山本精工)は、もともとはトラック向けのベアリング部品の加工を行う大量生産の孫請工場であり、多くの職人を抱えていたが、どの治具で、との刃で削るとどんな形になるのかということをデータ化。最新のNC切削機で、自動で削る体制へと変えた。町工場のような状況から、3D CADを使用するオフィス環境に変わり、24時間無人加工で、高品質の生産を実現。新規の案件でも5日間という超短納期で対応する。「1個づくりの依頼が60%、2個が20%という多品種単品生産体制とし、大量生産の値引き競争の環境から脱却。利益率は20%を超えるようになった」という。また、NASAからも発注があり、1週間で納品。米国にも拠点を設置し、米国で受注した案件は、日本で加工プログラムを作り、米国で加工して納める体制を敷いた。いまは優秀な大学生を採用できる状況にあるという。
「DXを達成した企業は、海外にも活躍の場を広げている。町工場にもDXが及んでいる。これまで経済産業省は予算をかけて、あるべき未来の姿を示し、産業変革に資するような検討や実証実験を行なってきたが、そこまではスイスイ行っても、その結果を自社に取り込むというところで逡巡してしまい、なかなか進まないというのが実態だった。このままではレガシー問題を解決できず、しかもその自覚がなく、ゆでガエルになる。その警告のためにDXレポートを作った」
また、宮崎大学医学部では、看護師が携行する端末をすべてスマホに移行。患者が身に着けたり、薬などに貼付されたQRコードを読み込むことで、間違いをなくしたり、カルテの入力の手間を省いたり、写真を撮影してカルテに貼り付けたりといったことが可能になったという。
「ここでは、紙カルテを電子化することを狙ったのでなく、電子カルテとスマホを中心にしてすべての業務を見直すことを狙った。その結果、看護師はスマホの充電以外はナースステーションに戻らなくなった。その分、病室にいる時間が増え、サービスレベルが上がっている。残業が減り、看護師の離職率が7割から3割へと減少したという効果もある。サービスレベルを向上させ、経営を改善し、働き方改革で離職率が低下した。DXはテクノロジーの話ではない」
2025年には21年以上稼働している老朽化したシステムが6割以上
もうひとつ、和泉氏が指摘したのが、「2025年は、昭和100年に当たる年」という点である。
「昭和の時代にコーディングしたものがブラックボックスのソフトウェアとして残っている。2000年の節目に、2000年問題があったように、これを起因とした課題が一気に表出するタイミングともいえる。大きな会計パッケージがサポート切れを迎えたり、ISDNが終了するといったことが起こる。かつてホストコンピュータのシステムを、オープン系システムに移行する際には、5年の予定でやっていたものが、7年かかるといったことが起こっていた。相当大変だった。いまは、オープンシステムをクラウドシステムに変更することになる。かつてと同じぐらいの期間がかかってもおかしくない。2025年までにはあと5年である」
DXレポートでは、令和への改元対応や消費増税、軽減税率への対応、東京オリンピックにあわせて導入が検討されていたサマータイムの導入など、目先の対応に技術を活用することが優先され、ビジネスを変えるところに投資が行なわれず、デジタル経済の浸透に追いつかず、世界の主戦場を攻めあぐねる状況が生まれていることを指摘している。
また、現行の技術やビジネスに固執することで、保守費の高騰だけでなく、業務プロセスを改革できず、その結果、2025年には21年以上稼働している老朽化したシステムが6割以上を占め、老朽システムを起因としたトラブルが3倍となる12兆円に達すると予測している。