2020年5月14日、Slack Japanは教育機関にフォーカスしたオンラインセミナーを開催した。冒頭の慶應義塾大学に続いて登壇したのは、近畿大学 経営戦略本部長の世耕石弘氏。近畿大学のブランディング改革を進めてきた世耕氏から見たSlack導入は、広報マン目線のイメージ戦略と直結していた。
受験業界が作ったブランドを変貌させてきた近畿大学
日本で3番目となる3万3000人という学生を抱える近畿大学は、東大阪市ほかに6つのキャンパスを抱える。世耕氏は私鉄会社の広報マンとして活躍し、2007年に近畿大学に転職してきたときは入試センターの広報からスタートした。その後、近畿大学で初の広報部を創設し、広報・PRに加え、宣伝・プロモーションの役割も担ってきた。「情報テクノロジーに無縁だったし、今でも別に詳しいわけではない。ただ、一日中スマホを使っているような感じなので、嫌いではなかった」と自身のITとの距離感について世耕氏はこう語る。
広報歴20年を誇る世耕氏からすると、「異論はあると思いますが、大学はブランドでほとんど決まってしまう。受験業界が作ったグループにしばられてしまい、しかも入れ替わる余地がない」というのが現状だ。そのため、世耕氏が努力してきたのは「広報ファースト」のブランディング。プレスリリースやメディア露出はもちろん、ネット施策やIT化も積極的に仕掛けてきたという。
最初にやったのは、入試のペーパーレス出願だ。受験生や高校の先生たちのニーズがあわせたわけでもないペーパーレスの出願にあえて踏み切ったのは、「先進的で新しいことにチャレンジする」というイメージを植え付けたかったからだという。今から7年前なので志願者が減るリスクも大きく、実際メディアでも批判を受けたが、「世の中の課題に果敢にチャレンジする人材を求めている立場からすると、ネットをまったく触れない学生はほかの大学に行ってもらってもかまわない」(世耕氏)という姿勢を貫いた。
ペーパーレス出願が話題になったこともあり、その年受験志願者は一気に2万人も増え、翌年からは他大学もネット出願に追従した。「出願をいまだに紙でやっている大学がSlack導入やAIを語るのは100年早いと言わせていただく」(世耕氏)ということで、その後もICT化にも果敢に挑んできた。Amazonと提携して、教科書をネットから注文できるようにしたり、ICカードで授業の出欠をとったり、コンビニで卒業証明書を受け取れるようにしたり、とにかく新しいことを続けてきた。「学食の券売機の8台中6台は現金が使えない。学生証にクレジットカードに付け、キャッシュレスを推進している」(世耕氏)。最近ではスマホアプリからランチのメニューを選べるということで、ある意味民間企業よりも全然先を行っている。
世耕氏がつねに意識してきたのは「イメージ」だ。高校の先生に聞いたアンケートでは「改革力が高い大学」が全国1位となり、発展性やコミュニケーション能力、チャレンジ精神などさまざまな分野で高い評価を受けるようになった。そんな世耕氏が広報部といっしょに総務部に移って、次に進めたのがコミュニケーションツールの導入だ。
「Gmailがあるんだからもうええやないか」の声もあった
近畿大学は教職員からSlackを導入し、今年から学生まで拡げていくことを発表している。こうしてSlackを導入していくにあたって、周りから必ず言われていたのが「Gmailがあるんだからもうええやないか」というコメントだった。しかし、コロナを機に営業やマーケティングメールがさらに増えていて、振り分けやアーカイブなどでは追いつかない状態で使い勝手が悪くなっていた。
この結果、学内のコミュニケーションではプライベートのLINEを使うようになった。LINEは導入率がきわめて高いため、そもそもユーザーへの教育コストも低く、利用率も高かった。ただし、恐れていたのが、プライベートであるが故の誤爆。「あるとき部下があきらかに私を旦那さんだと勘違いしてLINEしてきたことがあり、これが決定打となった。やはりプライベートのツールを職場で使うのは問題があると思った」(世耕氏)ということで、職場のコミュニケーションツールが必要になったという。
では、なぜSlackかというと、実は全校導入しているN高校の知り合いからのアドバイスだった。「Slackはめちゃくちゃ使いやすいので、学生にもアカウントを渡しています。学校法人は割引もあるので、使わなければ損ですよという」という言葉に飛びついたと世耕氏は語る。IT業界で流行っているツールを大学が使うことで「イケてる感」が出せるというのも、ブランディングを重んじる世耕氏にとっては重要だった。
導入メリットはとにかくスピード 今年は3万6000人にSlackアカウント配布
導入は今から4年前の2016年。まずは自らの部署から20名規模で無料版を使い、翌年からは部署全体に拡げた。「いきなり全部署に導入すると、足を引っ張られるので、とにかく自分の周りで使ってもらう。若い職員が便利さを周りに拡げてくれると導入のハードルが下がる」とは世耕氏の弁だ。2018年には東大阪キャンパスの全職員400人規模にまで利用を拡大したが、導入を発表したプレスリリースに対して好意的なコメントが多かったという。
導入効果としては、部署横断型のタスクチームの立ち上げや意思決定が速くなったことが挙げられる。「外部のニュースのリンクを入れていくことで、速くやらなければ、業界内で遅れていくという意識付けをしておき、いざ動くときには同じ方向を向いているので、意思決定が速くなる」と世耕氏は語る。カジュアルでシンプルなチャットのやりとりは、意思決定のスピードを速める効果があったという。また、Slackがあるからという理由で、固定電話・PHSからクラウドPBXへの移行も安心して進められた。
今回のコロナウイルスにおけるテレワークの実現においても、Slackは効果を発揮した。「やると決めた段階で若手は次の日からテレワークに切り替えられました。Slackがあるからなんの問題もないという認識でした」と世耕氏は語る。
具体的にはタスクチームのチャンネルを立ち上げることで、常時議論や意見発信が行なわれるようになった。そのため、フェイスツーフェイスのオンライン会議で意思決定される段階では、詳細はすでに決まっている状態だという。「入学式の中止やWeb配信をいち早く決められたのもSlackのおかげ。早く決めることでニュースでも取り上げられ、話題になった」と世耕氏は語る。学生への支援金の支給も、Slackのチャンネルを立ち上げ、4~5日で決定にまで至ったという。
オンライン授業の実施についても、トップからの号令がかかった段階で、関係者が同じ方向を向いて、物事が一気に進んだとのこと。そして、オンライン授業との関連もあり、今年はいよいよ3万6000人におよぶ教職員・学生全員にSlackアカウントが配布されることが決定。広報目線でのイメージ戦略で進んだSlack導入は、近畿大学のデジタルキャンパス化を一気に加速していきそうだ。