2020年5月14日、Slack Japanは教育機関にフォーカスしたオンラインセミナーを開催した。500名以上の参加があったというセミナーには、Slack Japanのほか、慶應義塾大学、近畿大学、京都大学、N高等学校の担当者が登壇し、Slackの導入や課題について語りあった。事例セッションの冒頭で登壇した慶應義塾大学 インフォメーション・テクノロジー・センター(ITC)本部事務長の武内孝治氏は、大学職員や病院でのSlack導入で感じた課題と期待感を赤裸々に語った。
メッセージングプラットフォームのSlackは「デジタルキャンパス」
企業はもちろんさまざまな教育機関で採用が相次ぐSlack。学内での教職員や生徒とのコミュニケーションだけでなく、提携校や企業との情報共有にも利用でき、溜まったナレッジは全校の資産として活用できる。メッセージプラットフォームを謳うSlackだけに、メールやカレンダー、ファイル共有、人事・労務、ビデオ会議、データ分析などさまざまなアプリケーションと容易に連携できるのも大きなメリットだ。
Slack Japan エグゼクティブプログラムチームリーダーの溝口宗太郎氏は、「Slackはチャットでもあるが、メッセージングプラットフォームとして、さまざまなアプリを呼び出せる。G SuiteやOffice 365とも連携する」と説明する。
こうした特徴を持つSlackは教育機関にとって見ると「デジタル・キャンパス」と定義できるという。学生たちの学習とコミュニティ、教員たちの研究や計画、職員たちの業務効率の改善など、それぞれの課題を解決すべく、プロジェクトに関わるすべての人たちをつなぐのが教育機関でのSlackの役割だという。
3万8000人のオンライン受講者を抱えるアリゾナ州立大学において、学生たちはSlackを使って課題や目標を共有したり、授業でのコミュニケーションをとっている。一方、教員たちはクラスを運営するためのコミュニティをSlackで運営し、職員は業務改善のツールとしてSlackを活用しているとのことだ。
「大学職員の仕事は今のままでよいのか?」から始まったSlack導入
続いて登壇したのは慶應義塾大学のインフォメーション・テクノロジー・センター(ITC)本部事務長の武内孝治氏になる。慶應義塾大学に在籍して35年以上のベテランで、事務職とITを長らく担当してきたという。
10学部・14研究科で3万34000名の学生、約2300人の専任教員を抱える慶應義塾大学だが、このうち武内氏が所属するITC本部は大学事務と病院のITを管理している。約1ヶ月前の2020年4月、大学事務で200、病院で200の計400アカウントの「Slack Plusプラン」に契約した。武内氏は、「昨日、Slackで一時的なサービス障害が起こりましたが、業務ができなくて困りました。でも、Slackは相当いいなと思っています」と感想を語る。
Slack導入の背景には「大学職員の仕事は今のままでよいのか?」という疑問があった。武内氏から見ると、大学職員の働き方は現在の「働き方改革」とは無縁の世界。「経済合理性を求めるのがタブーになっていて、今のままでは10年後も変わらないだろうという感覚」と語る。また、教員と職員はそもそも利用しているネットワーク自体が異なるため、やりとりがメールに依存しており、セキュリティの関係で情報共有も難しい。さらにGoogleドライブやBoxなどは継続的な情報共有にはあまり向いていないと見て、Slackの導入に進んだという。
働き方や情報共有のみにとどまらず、大学職員の気質自体を変えたいというのもSlack導入への想いだ。大学職員は保守的で、縦割り組織に慣れ、世間ずれてしていると武内氏は指摘。「ほかの大学が新しいことをやっているのを見ても、『うち(慶應義塾大学)はいいんだよ』という議論に収束してしまう」と武内氏は語る。また、業務スタイルもメール至上主義、押印・紙文化で、管理職もこうしたスタイルを変える兆しがないという。
こうした気質や業務スタイルは、個別のシステムやワークフロー、RPAを変更しただけでは変えるのは難しい。「日常的に利用するインフラに近いものを変える。ここが重要だと思っています」(武内氏)とのことで、Slackを選定したという。
仕事は圧倒的に速くなった でもちょっと疲れる
Slack導入の効果について武内氏は「仕事は圧倒的に速くなった。メールではありえないスピード。でも、ちょっと疲れる」と感想を語る。距離や組織の壁を容易に乗り越える感覚があり、「今までの仕事はなんだったのかという疑問を感じるレベル」になるという。
特に新型コロナウイルス以降のテレワークでは大いに効果を発揮しており、実時間を消費しない点からしてWeb会議と比べても効果は高いという。「正直、Slackがなければ、どうやってテレワークするのかわからないくらいSlackが活用されている」と武内氏はコメントする。多忙な新学期の開始時期に加え、新型コロナウイルスに対応するためのオンライン授業や課題解決、大学病院内でのやりとりにも大活躍し、教員や医師、職員の距離も近くなった。
Slackを選定したのは一言で言えばユーザーインターフェイス。画面構成がわかりやすいので、教育コストを低く抑えられると考えたという。また、属性の異なる多様なユーザーをドメインで管理するための認証への対応も重要だったという。
現在、慶應義塾大学のITC本部で運用しているSlackのチャンネルはすべて申請制。業務と研究以外のチャンネルは存在しておらず、ほとんどがプライベートだ。「Slackは(オープンな)パブリックチャンネルを推奨しているが、ここに関してはやっぱり海外製なんだなあと思います。多様性の時代にナンセンスだなと自分でも思いますが、日本では(パブリックチャンネルは)響かないと思う」と武内氏は指摘する。今のところイントラネットの置き換えや統合もなく、あくまでコミュニケーションの手段として扱うことになるという。
ワープロや電話にこだわっていた人はもういない
また、Slackで連携しているサービスはZoomやWebExなどのWeb会議ツール、GoogleドライブやBox、Googleフォーム、カレンダーなどだが、高度な連携には開発チームが必要になるとのこと。「連携できると使いやすいは別の話。GoogleスケジュールとSlackが連携すると、ボットがなにをやるか教えてくれるのですが、個人的にはちょっと煩雑だなと感じます」(武内氏)。
今は試験導入というステータスだが、学内に拡がるかどうかは未知数のようだ。武内氏は、「とても優秀でいいツールだなと思う反面、30数年も働いていると組織とのギャップは埋められないだろうなとも感じます。Slackを検討している方は多いと思いますが、組織に自力がなければ十分な効果を出すのは難しいです」と指摘する。結局、個人の仕事を変えられるかどうかが成否の分かれ目。武内氏は、「これらのツールを使いこなせない個人や組織はなにができるだろうか」と警鐘を鳴らした。
全編通して「Slackはすばらしいツールなので導入したい、でも今の組織で使いこなせるのか」という逡巡が見えた武内氏のセッション。最後は「二十数年前、Windows PCがやってきたとき、当時のおじさんたちがワープロ専用機にこだわり、メールも使わないから電話で連絡してねと言っていましたが、そんな人たちはもういないですよね。そのときと同じことが起こるんだろうなと思いました」(武内氏)とSlackへの期待で締めた。