まつもとあつしの「メディア維新を行く」 第65回
1週間で15カット上げる人材を育てるために必要なこと
ついにアニメスタジオでも働き方改革が始まった!~P.A.WORKS堀川社長に聞く〈前編〉
2019年12月26日 12時00分更新
今夏、生産性向上計画が発動
―― そして今後は、内製の比重をさらに増やしていくと。
堀川 アニメーションのスケジュール管理は年々大変になっていて、どんどん作りづらくなっています。まあ極端な人材不足ですね。やはり内製率を上げて作品専従のスタッフで回せるようにしようと思います。
たとえばTVシリーズ1本に対して作画期間10週を確保してくれとプロデューサーに話をするんですけど――これ、TVではまず取れませんが――専属契約ではないフリーランスのスタッフに作画期間10週を確保して発注したとしても、作品を掛け持ちで請けていることが多いので、10週間がまるまる有効に使われることはないんです。そこを作品に専従してもらうために、業界ではスタッフの囲い込みがどんどんエスカレートしています。
うちもここ数年スタッフ確保と管理に時間がとられて、どんどんタイトなスケジュールになっているので、これを立て直す計画を2018年から続けています。作画期間10週を確保できないのは、企画を成立させるまでの期間と、そこから絵コンテアップまでのプリプロのコントロールが弱かったんです。
とにかくそこを立て直して、原画マンが完成させるために火を噴きながら短期間の人海戦術で描くのではなく、作画期間10週間を取って少人数でしっかり作る。「『自分はこの作品に、この話数に参加したんだ』『やりがいがあった』と思えるような作り方をさせてやってくれ。じゃないと、みんないいように使われていると感じて離職していっちゃうよ」と。それと並行してどんどんアニメーターを社員採用して内製でできるようにする。
―― 『SHIROBAKO』の絵コンテのエピソードって割と実話なんですね……。
堀川 そうです。EDテロップを見ればわかりますが、今は1本に対してフリーランスの原画マンが20人くらい関わっていることが多いです。これを、1本に対して5人の原画マンで作れるようにするのが目標です。1人が50~60カットを専従で担当する計算です。すでにその方法で制作を始めている作品もいくつかあります。
作画以降のスケジュール管理は、初期の立ち上げが最も肝心です。作画打ち合わせが終わりました。次の日から作業に入れます。レイアウトを短期で上げます。遅れずに総作監チェックまで通します。そして原画マンが原画作業に入るときまでにはレイアウトの戻しが積まれています。原画の締切がこの日です……と制作工程をスムーズに進めるには、日々スタッフ間の綿密なやりとりが必要です。
今はトライアル期間で、どうしたらスケジュールを崩すことなく生産性を上げられるか、ということも含めて学びながらね。
とにかく、やりがいがある創作の現場の成功体験をつくるんだ、ということを2018年10月に大きくビジョンとして掲げました。それを計画に落とし込んで進めてきて、ようやく成果が現われ始めたところです。
アニメ制作の働き方改革は進行管理が肝
目標はまず10週で原画50~60カット
―― 生産性に関してサンジゲンの松浦さんにお話を伺ったことがありますが、フル3DCGということもあり、進行管理をガチガチにやることで生産性を安定させていました。一方で、手描きの世界で進捗状況の管理はなかなか見えにくいのかなと思ったりします。他のスタジオでも試行錯誤されているでしょうが、P.A.WORKSさんではどのように管理されているんですか?
堀川 進行管理は今進めている働き方改革ともつながっています。そして働き方改革を考えるなら、やっぱり生産性を上げる方向しかないなぁと思っているんですよ。
全社一斉に始めるのではなくトライアルからということで、今年の1月にトライアル班の8人で作画チームを1班だけ作って、まずはチーム内でどう生産性を上げるか話をしながら7月まで進めました。その後、8月からトライアル班を5人のチームと4人のチームの2班に増やしました。このチームで1年間試行錯誤を繰り返すつもりなんです。
現時点でうちが組めるのは原画マンだと5班が限界。だから、現在も養成所で育成もしているし、アニメーターを社員採用して増員する。来年は6チームを組めればいいなと思っています。再来年には目標の8チーム体制を目指すつもりです。トライアル班を中心にして、これから3、4年くらいかけてノウハウを少しずつ溜めていこうと思って。
―― トライアルに参加しているのは社員だけですか?
堀川 はい。トライアル班では描く実務以外にもチームで協力してもらうことが多いので、フリーランスのクリエイターには頼めません。生産性を上げるための働き方をチームで検討しながら作画作業をするので。やはり育成や改革など長期の組織的な取り組みに大きな時間を割いてもらうのは、社員じゃないとできないと思います。
実際にトライアル班は何から始めているかというと、業務管理の基本ですが、毎日15分単位で何をしたかを記録して集計と分析をしています。作画なら実際に描いている時間がどれだけあるのか、打ち合わせの時間はどの程度か、資料探しや準備の時間はどれくらいか、食事や休憩は? ……と。
それを集計するプログラムを作って、そのデータをもとに毎週会議を開きます。制作が作成したスケジュール管理表には、各原画マンの1日単位のUP数予想が記されています。この表と照らし合わせながら、各自の進捗の確認と今後の見通しや作業上の問題点を話題にします。
みんなすごく真面目に取り組んでくれているので、制作は数週間先までシミュレーションから乖離することなく物流を先読みしやすくなります。クリエイターは自身の担当カットだけではなく、チームのメンバーの状況を把握できますし、新人アニメーターは先輩が経験から教えてくれる問題解決案を聞く場にもなります。
それと、今まで経験できなかった10週間で60カットの原画を上げるスピードとリズムを、体感として掴んで欲しいと思っています。10週間をレイアウト4週間、原画6週間の配分で考えれば、レイアウトは1週間で15カットになります。週5日間の稼働と考えて平均1日3カットです。TVシリーズであれば、まず若手が超えるべき最初のハードルだと思います。
1日の行動を記録したデータの集計から1週間の描き時間の合計がわかります。これを1週間にUPしたカット数で割れば、平均1カットを何時間かけて描いているかがわかります。逆算で1日に3カット上げるためには1カットを平均何時間で描くことを目標にするかも算出できます。1カットに3時間かかってしまうなら3カットで9時間かかります。1カット平均1時間で描くベテランなら3時間です。これは能力によって個人差が大きい。
まず1日のはじめに予定を立てます。今日はこの3カットを上げよう。このカットに何時間かかるかな、このカットは3時間はかかるだろうなと……。その予想と結果を比べてみます。作業時間がだいたい読めるようになるには何年もかかるでしょうけど、その訓練を続けなければいつまで経ってもできるようにはなりません。これは簡単なものではありません。所要時間を予測する根拠を経験のなかから見つけます。
若手は時間を縮める何をすればいいのか、チームの先輩の経験からアドバイスをもらえます。レイアウトで押さえるポイント。机に座って紙に向かうまでにやれるプランニング。作画打ち合わせまでに絵コンテを読み込んで、演出確認が必要な処理をまとめておく。理解を曖昧にしない。UPしたら指示漏れがないように確認リストを作る……などです。
そんな地味なルーティンワークでも意識して取り組むことと、先輩が若手にノウハウを継承することを育成システムに組み込むことで、チーム全員が作画期間10週間で上げられるようになる……というのがトライアルの内容です。
10週から遅れた人はそのチームの次のローテーションから外れるのではなく、メンバーの一員だという意識を持ってもらう。チームが主体的にスケジュール管理に参加することで、クリエイターも制作も働き方が劇的に改善されます。
現時点の業界にはいろいろ問題があるけど、改善に組織的に取り組んで、積極的に全員で参加していくことが重要だと思います。それにはスタッフの理解と協調性、そして大変な努力と継続を必要としますが、結果的には最短で成果につなげられるでしょう。僕にはそれ以外の方法が思いつきません。
―― チーム全体としての生産性を高めたい。
堀川 そうです。
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