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遠藤諭のプログラミング+日記 第58回

アポロ計画のはじまった年の米国の科学雑誌の広告が楽しすぎる

2019年02月27日 09時00分更新

文● 遠藤諭(角川アスキー総合研究所)

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超伝導コンピューターの回路が表紙の7月号と1961年の『Scientific American』。

ロケットとミサイルとコンピューターの広告ばっかり

 米国では割とポピュラーで日本ではあまり馴染みのないコレクションの分野が雑誌の広告ページだ。ネットオークションのeBayで「AD 1961」などと検索すると、1961年に『Life』や『TIME』などの雑誌に掲載されたクルマやファッションはもちろん、生活雑貨や食品などの広告ページまでが出てくる。

 昨年5月、私は『Scientific American』(日本版は『日経サイエンス』)の1961年の12冊をまとめて入手した。上野の森美術館でエッシャー展をやるというので、M・C・エッシャーの「空飛ぶガチョウ」が表紙の1961年4月号が欲しくなって、たまたまeBayに出てたやつを落札したのだ(「M・C・エッシャー展とでんぐりでんぐりの話」参照)。

 その12冊を眺めていたら7月号の表紙が「集積回路」 のように見える写真である。「1961年に《集積回路》というのはちょっと早すぎるのではないか?」とも思えたが、キルビーやノイスの特許が出た時期なので雑誌記事ならありうるのではあるが。もっとも、目次ページの囲み記事を読むと、これは「フィルム・クライオトロン」という超伝導コンピューターのための素子だそうだ(写真は4倍拡大)。ジョセフソン素子が話題になるのは、1960年代も半ばだが、こんなふうに時代の生の感覚を知ることができる。

 しかし、個人的に「おお~っ」と何度もため息をついたのは、記事ページではなく広告ページである。全体で200ページほどある雑誌に1ページまるまる使った広告が20ページはあるのだが、どれもがとにかくカッコいい! 『Life』や『TIME』と異なり、クルマや生活用品などではなくて、これが、宇宙ロケットやミサイルやコンピューターなのである。

 ちなみに、1961年は、どんな時代だったかのかというと、『トワイライト・ゾーン』(1959~1964年に放送された米国のSFテレビドラマ=ウルトラQに影響を与えたとされる)が放送されていた時代である。

 そしてまた、スプートニクショック(ソ連が先に人工衛星を軌道にのせた)の時代。1961年5月には、当時のジョン・F・ケネディ大統領が、1960年代のうちに人類を月に送り込むとブチあげた「アポロ計画」の始まった年でもある。

 要するに、『トワイライト・ゾーン』のフィクションの世界が、国をあげて宇宙やらコンピューターやらの世界に突入して、あっという間に人類月着陸という現実のニュースになってきた。国をあげて航空宇宙・コンピューターへと突き進んでいた時代ということですね。

 本当に、私のような小学生の頃は科学記事の新聞切り抜きマニアだったロケット好き、コンピューターの歴史は専門のつもりでいる人間にとっては、ヨダレが出るほど楽しいものばかりなのだ。モノクロページの広告が多いのだが、逆にスミ(印刷業界が黒色をさす呼び名)を生かしたデザインとインクの“ノリ”がいい感じでもある。

モトローラのMilitary Electronics DivisionのAN/MRC-66広告。かなり綺麗な印刷だが記事ページは活版で表組の裏ページに表の罫線が浮き出している部分があった。

 私の大好きなブランドである「モトローラ」の広告は(現在もMOTO Z2 Playがふだん使いのスマホ)、Military Electronics DivisionのAN/MRC-66という移動通信基地局の広告だった。『コンバット』(60年代の米TV番組)は、初期にはケーブルをカラカラと引きながらパリ侵攻までの森の中を進むシーンが多かった(通信機には黒電話みたいな受話器がついていた)。それが、途中から大型のトランシーバーに切り替わった、まさにその流れのモトローラの製品群の広告である。

IBM(左)、SCOCH(右)。コンピューター系の広告はちょっとお硬い感じだ(このあとのやんちゃともいえる夢に溢れたロケットの広告と比較あれ)。

 1961年といえば、IBMのSystem/360が1964年だからまだ世界のコンピューター市場はいくらか混沌としていた時期である。そこで、GE、スペリー(UNIVAC)、NCRなどの初期の米国の主要コンピューターメーカーの広告も入ってくる。

 「おやっ?」と思ったのはスコッチの磁気テープの広告だ。私も、プログラマー時代に同社の1/2インチのオープンリールの磁気テープにさんざんお世話になった。コンピューターといえば、かつてはスチールロッカーほどもある磁気テープ装置がずらりと並んで、意味深長にクルリ、クルリと回っているというものだった(よくそんなシーンが映画で出てきた)。私の時代の『月刊アスキー』もフロッピーディスクの広告をさんざんいただいたが、それも思い出した。

ノースロップのRADIOPLANEのなかなか興味深い広告。

 たぶんページ数的にもいちばん多いのが、宇宙・軍事関連の広告。『Scientific American』はサイエンス誌とはいえ一般向けに売られている雑誌である。なので、もっとほかにNASAのロケット開発者や米軍の兵器調達部門の人が読むような専門雑誌があるでしょう! と言いたくもなるが、とにかくロケットやミサイルの広告が多い。

ダグラスの広告。これフィクションじゃなくてマジですからね。

 ダグラスのこの広告は、未来の宇宙空間を飛び交うステーションやロケットに関して、ちょっとした読み物風になっている。イラストの1つ1つを見ていくと、その後、現実のものになっているものを彷彿とさせるデザインのものもあり、そうではなくSFの世界にしか登場しなかった形もある。科学技術に関するちょっとした答え合わせができる。

ロッキードのMissile ans Space Division

 ダグラスにしろボーイングにしろ、航空機メーカーとして名前を知っている企業が、みんな宇宙関連に進出していたことが分かる(詳しい人には「いま頃なに言ってんの!」とか突っ込まれそうだが)。そして、ロッキードの広告がMissile ans Space Divisionとなっているなど、軍事分野との距離感もリアルに感じることができる。

NASAの広告は可変翼機の試験飛行やりますよという内容でした。

 航空宇宙関連企業、コンピューターメーカー、あとはGEなど総合電機メーカーの広告も目立つのだが、MITやNASAなどの大学や公的機関の広告もある。

少し浮いた感じで掲載されていたテレタイプ社の広告。とはいえ、コンピューターや航空宇宙関連で通信技術も同時に盛り上がってきていたわけなのだろう。

 そんな中で面白いなと思ったのが、「テレタイプ」の広告。広告主名は「TELETYPE Corporation」となっていて、“TELETYPE”のロゴの右上に登録商標の(R)がついている!

 テレタイプとは、無線電信の時代にこちらでタイプライターのキーを1つ押すと、遠いところでタイプライターが1つ文字打ち出すというような文字ベースの通信装置(紙テープを介在も)。初期のコンピューターにおいては、コンピューターと人の対話はもっぱらこれによって行われた。1970年頃に生まれたunixにはテレタイプを意味する“tty”というコマンドがある(標準入出力端末を表示する)。

 TELETYPE社は、1907年創業のまさにテレタイプの代名詞(というか固有名詞なんだけど)みたいな会社らしい。コンピューター業界的には「ASR-33」という、1970年代にミニコンやマイコンを触っていた人なら知らない人はいない製品がある。これを読まれている人にも、ASR-33や相当品でHITAC-10とかいじってましたなんて人がいるでしょう(余談だがあのロール紙の代わりに障子紙を使った人を知っている)。

 要するに、「テレタイプ」は「エスカレーター」なんかと同じく登録商標だったわけだ。

ASR-33はこんな端末。photo:ArnoldReinhold CC BY-SA 3.0

『コンピューターレクリエーション』を復刊(?)してほしい

 ということで、1961年の『Scientific American』は、とても刺激に満ちた内容だったのだが、同誌といえば連載コラムが好きだったという人も多いはず(私は『日経サイエンス』でずっと読んでました)。冒頭でも触れたマーチン・ガードナーの連載「数学ゲーム」や、A・K・デュードニーの「コンピューターレクリエーション」、それから「アマチュアサイエンス」といった、ちょっと肩の力を抜いた連載は、あまりにも有名。

 個人的には『コンピューターレクリエーション』(I~IV、日本サイエンス社)が版元品切れ中なのは、なんとも寂しい気分になってくる。レクリエーションとは言いながら、その内容はコンピューターサイエンスの本質に刺さっている部分がある。当時はいささか遊びや奇想天外に見えた話が、その後のウィルスや人工知能などのヒントに本当になっているからだ。コンピューターサイエンスを志望する人にはぜひ読んで欲しい本である。

 やはり有名連載の「アマチュアサイエンス」は、『アマチュア科学者―輪ゴムのエンジンから原子破砕器まで 』(C.L.ストング編、村山信彦翻訳)が出ているが、なにしろそれが1963年で、その後は邦訳されていない。もっとも、こちらは米国では2006年にその集大成版ともいえるCD-ROMが発売されている。ちなみに、『Scientific American』のバックナンバーは、eBAYなんかで探さなくても公式サイトから電子版を1冊7.9ドルでオンライン購入できる。サイエンスタイムトリップはいかが?

遠藤諭(えんどうさとし)

 株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。アスキー入社前には80年代を代表するサブカル誌の1つ『東京おとなクラブ』を主宰。現在は、ネット・スマートフォン時代のライフスタイルについて調査・コンサルティングを行っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』、『ソーシャルネイティブの時代』など。趣味は、神保町から秋葉原にあるもの・香港・台湾、文房具作り。

Twitter:@hortense667
Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667


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