いつも机の上にピクセルを
最初にDivoomの製品を意識したのは香港の警察宿舎の建物を改築したアート施設PMQの「ご当地メーカー品コーナー」だった。「TIME BOX」という8ビットコンピューター時代のピクセル画を表示できるデジタルガジェットや「TIVOO」というテレビ型ガジェットで、日本でも話題になったのでご存じの方も多いでしょう。
同社の公式サイトを見ると「9%の愛、17%の美、13%のファッション、5%の狂気、17%のパワー、8%の土壇場のゴール(!)、6%のアドレナリン、25%のハートとソウル」が、すなわちDivoomだと書かれている。いまデジタルの世界を楽しくしてくれている会社の1つだが、今回、発売した「DITOO」は、そのものコンピューター心をくすぐってくれる製品だ。
写真を見ていただくのがいちばん早いのだが、コンピューターへの愛を90×113.8×121.2mmという机の上にちょこんとのるサイズに凝縮・結実した、ブルーツーススピーカーに分類される商品である。これが、なんともその大きさもさることながら意外にズッシリとした重みや丸みも含めてとてもかわいい。別にしゃべるわけでもないのだが。
同社の「TIME BOX」以降のピクセルシリーズの特徴として、16×16ドットのアニメーションを、SNSなどに反応して表示できる。ちょうど、スマートフォンの告知エリアのように机の上のDIVOOが、それを知らせてくれる。Bluetoothスピーカー、インターネットラジオ、アラーム時計、タイマー、ストップウォッチ、スコアボード、ノイズメーター、ボイスメモなど、さまざまな用途に使える(詳しくはプロダクト紹介ページを見てほしい)。
このシリーズの特徴として楽しいのは、ピクセルグラフィックを自分でオリジナルのものを作ってプレイさせることができることだ。これだけでも、ちょっとコンピューター的な楽しさがあるのだが、DITOOでは、パソコンを思わせる全体のデザインもさることながらチョコレートの山のようなキーボードがちゃんとついている。
わずか6個だけだがパソコンそっくりのキーボードは涙ものである。これは、パソコンのキーの形を真似たダミーではない。ちゃんと叩いて操作できる! それに加えてスロットマシンのようなレバーがついていて、これはパソコン登場以前の1960年代に小松崎茂が描いた未来の端末のような雰囲気がある。これらの本格的な入出力を使って、DITOOでは、前述の基本機能のほかにゲームまでプレイできる!
DITOOで遊ぶ。音楽中心のデバイスなのでデモもカッコいい音楽が鳴るのだがあえてPCっぽく音を消しています。
これはもう、手の平にのるコンピューターが登場してしまったと確信的に錯覚してもよいのではないか! これほどまでに、コンピューターへの愛を形にしたガジェットがかつてあっただろうか! この際、これで自分で書いたプログラムを走らせてみたいという人も出てきそうだが、iPhoneだって初代は最初から入っているアプリしか使えなっかたのだ。
それにしても、「9%の愛、17%の美、13%のファッション、5%の狂気・・・・」は、たしかにそのとおりなのだが、本当は、少なくみつもっても55%の8ビット時代のコンピューターへの憧憬がこのブランドにはあるのだと思う。机の上にいつも70~80年代のよき時代のコンピューターをめでいていたい方へのプレゼントとしてDITOOなどいかが?
ピクセルへの愛はフォントにも
ピクセルといえば、『Arcade Game Typography: The Art of Pixel Type』という本が10月に発売されてすぐに買った。この本、タイトルのとおりアーケードゲームで使われてきた「書体」についての本である。著者は、フォントではあまりにも有名なMonotype社の書体デザイナーである大曲都市氏。序文を『ピクセル百景 現代ピクセルアートの世界』の室賀清徳氏が寄せている。
コンピューターに親しんできた人なら、どこかでピクセルフォント(ビットマップフォント)と出会っているはずだ。いまのように画面の解像度が上がり滑らかな文字が表現できるようになる前の時代は、文字は8×8とか、16×16とか、ドット(点)の集まりで表現するのが当たり前だった。そうでなくても、いまの世代ならファミコン画面の文字に親しんでいたでしょう。
私の場合は、紙テープでデータやソースコードを出力するときにファイル名を人が一目でわかるようにテープに穿孔する穴で表現するためにフォントを試行錯誤した(みんなやっていたことだが、8単位テープ=穴が1列で8個あるテープで英数文字を表現するもので「花文字」と当時は呼んでいたがほかでもないピクセルフォントといえる)。8ビットでゲームを書いていたような人なら同じように自分でフォントデータを作ったという人もいるでしょう。
正直なところこの本を読むまで「Atari Font」というもの自体を知らなかった。アーケードゲームの元祖がアタリならフォントもアタリというわけだ。ドット数が限られるからだろう、これをほぼそのまま活用したフォントが日本のアーケードゲームでも使われる。そのあたりから始まるゲームで使われたフォントが本文272ページの本として紹介されている。しかも、「このドットは作成時のミスだろう」などと緻密な検証もされている。フォントのプロフェッショナルが見るゲームフォントの世界、これだけでもちょっとしたスペクタクルな構造だ。
2016年に日本科学未来館で『GAME ON ~ゲームってなんでおもしろい?~』という企画展が開催された。私は、その企画・監修を未来館の内田まほろさんと一緒にやらせてもらったが、これは英国バービカンセンターでの展示を元にしている。つまり、文化的デザイン的遊びの研究的な内容のはずである。たとえば、ゲーム機の試遊展示でApple IIの画面の滲みで読めるフォントなんかは見てもらえたかもしれない。しかし、フォントについての言及はまるでなかった。
ひたすらピクセルが並ぶ本書を手にとってニヤニヤしながらパラパラめくっていると、なぜか仏典に出会ったような奥行きを持った印象が残る。というのは、アーケードゲームが、宗教的ともいえる聖と俗の境目にあるものだからかもしれない。大曲都市氏のツイッターによると日本語版『アーケードゲーム・タイポグラフィ ビットマップ書体の世界』はグラフィック社さんから1月に発売されるとのこと。
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。雑誌編集のかたわらミリオンセラーとなった『マーフィーの法則』など書籍の企画も手掛ける。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。著書に、『近代プログラマの夕』(ホーテンス・S・エンドウ名義、アスキー)、『計算機屋かく戦えり』など。
Twitter:@hortense667Facebook:https://www.facebook.com/satoshi.endo.773
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