遠藤諭のプログラミング+日記 第36回
ドキドキのクラウドファンディングは"作ること"に関する何かがある
現在進行中! Kickstarter日本版をやって分かったこと
2018年01月09日 19時00分更新
ネコを歩かせていたら「Kickstarter」が出てきた
昨年9月に日本版がサービス開始された「Kickstarter」でプロジェクトを立ち上げてみた。いままでは、ひたすらデジタルガジェットを見つけては買うだけだったのだが(OUYA=ゲーム機、Pebble Time=スマートウォッチ、Narrative=ライフログデバイスなど)、自分でモノを作る側(Kickstarterではクリエイター)になってみた。
私のプロジェクトは、2010年に個人的なプロジェクトとしてデザイナーのさとうたく氏と作った「Animation Floating Pen」の新バージョンである。ペンの中でネコや人が歩いたり、このペンのために新しく独自に開発した錯視アニメーションもある。それを、1年がかりでやっていて、その試作をしていた9月にKickstarterに出そうと思ったのだった(日本版の開始とほぼ同時)。
詳しい内容は、Kickstarter の「Animation Floating Pen」のページ」を見ていただきたいのだが、スタートできたのが2017年12月28日。この原稿を書いている2018年1月上旬時点も進行中だが、おかげさまで目標額をクリアして、なんとかホッと一段落しているところである。
年末年始はKickstarterにベストタイミング?
私のまわりでも、教育用ロボットの「PETS」(for Our Kids)、クッション型セラピーロボットの「Qoobo」(ユカイ工房)など、Kickstarterのプロジェクトを走らせた例はいくつかある。しかし、これは私のいる業界でしかも話題になりやすいデジタル機器系。実際には、フィルム&ビデオをはじめ日本からのプロジェクトが多数出ているので見てみるといい。
さて、私が、Kickstarterでプロジェクトをやうとしてから何をやったかを振り返ってみることにする。
■9月27日 Floating Action Pen製作のためのフォトショデータ完成
デンマークの会社に依頼するため代理店のレトロバンクに送る
前後してKickstarterのプロジェクトにすることを考える
■10月20日 ペンの試作品が到着
Kickstarterの公式情報を中心に「はじめ方」を読みあさる
PETSの秦優さんにFBメッセージで聞いたりもする(ご迷惑おかけしました)
■11月上旬 撮影や説明文の作文をはじめる
バイリンガルプロジェクトにするため友人のYさんに翻訳の相談
(製品説明に誤解があってはいけないのでお世話になりきってしまう)
パッケージの検討・製作なども並行して行う。
■11月29日 Kickstarterに登録
しばらく放置していたらよく分からない状態とになってしまう(すいません)
■12月19日 Kickstarterに再登録してスタート
身分証明書などを登録してアカウントの審査を申請する
最大3営業日かかるとあったがすみやかに到着
郵便局で発送手段を相談(効率性・書留・追跡など)
(国内「クリックポスト」、海外「国際eパケット」に決定=ラベルの手間が違う)
複数製品なのでセットの組み合わせパズルに悩む
■12月24日 新幹線で名古屋まで行ってビデオ撮影
(Kickstarter映画祭というのがあるほどビデオ必須なのだ)
友人awabow氏の自宅でテレビクォリティのものを作ってもらうことができた
プロジェクトの審査に出すタイミングで悩む(提出後に概要を直せると知らなかった)
■12月25日 提出。審査に2-3営業日必要とのこと
制作する1本が2010年版のリバイバル版(実際は改良版だが)なのでとても心配
(既発売の作品のプロジェクトは認められないのでそこが指摘されるのではないか?)
■12月27日 承認される(超うれしい)
■12月28日 仕事納めもしたので22時過ぎにプロジェクトをローンチ!
Twitter、Facebookでつぶやくとすぐに友人が申し込みをしてくれた
Youtubeに動画アップロード
(終了画面からKickstarterに飛ばすつもりが申請等が必要とわかる=失敗)
■12月29日 「なぜ○○が出荷地域に入っていないのだ」というクレーム数件
日本・北米・ヨーロッパしか設定していなかった=>対応
30の国と地域を細かく価格設定していく(かなり時間がかかる)
ペンには、Type A、B(2月出荷)、C(4月出荷)と3種類あるのだがAとCを買いたい客登場
=>購入予約のパターンの組み合わせを増やす
「宣伝するよ」的な売り込みメールがきはじめる
インド人で代理店をやりたいという人が登場
※ローンチ後の数日間は本当に対応に追われる
■1月1日 engadget日本版で記事にしていただけた!
リリースが後手に回っていたので本当にうれしい
PR TIMESは企業しか出せないと知り断念
年賀メールに「Kickstarterはじめました」と書いたが効果あまりない
(年賀状1枚読むのにかける時間って2秒くらいですからね。なんじゃこりゃかも)
2010年版のときつぶやいた人にRTで新作伝えたがスパムっぽくなってしまう
Kickstarterでは「友人にシェアせよ」とあるが空気感がむずかしい
■1月4日 21時に1週間ちょうどで目標額(50万円)を達成!
本当にありがたい
私は、Type C>B>A押しなのに申し込み数は逆の順になっている
海外サイトにも掲載してもらえないか画策するがやや空回り
(年末年始なのとガジェット系はCESのプレ情報であふれていて難しい)
「宣伝するよ」的サービスは10個くらい誘いがくるが無料の1つのみのってみる。
■1月5日 世界一のペンコレクターと称する人物からメール
この人は2010年版でも日本人も知らない段階でかぎつけて連絡してきた人
2010年には30万本のボールペンコレクションが40万本になっている!
2010年版についてはこのあたりご覧あれ。
米国のFloating Action Penのコレクターサイトから絶賛メール
別のコレクターサイトからおめでとうメッセージ
■1月8日 アニメ!アニメ!に掲載していただく。
海外対策としてFacebook広告を準備(4:5の縦動画に変換するのに苦労する)
開始してみるがいまのところ手ごたえがない(ターゲットの設定がまずいか?)
Kickstarter後の一般販売について頭を悩している
この原稿を書いている段階で、目標額達成率144%、全体のコストのKickstarter分ではあるがとてもうれしい。ちなみに、半分以上が国内からであることが判明(ダッシュボードできめ細かな情報が分かるようになっている=どのサイトから来たかなど)。全体に「やばい内容のプロジェクト」以外は、スタート後も作品を作る側にも支援する側にもあまり縛りがない感じだ。これは、同社が、PBC(公益法人)であることも関係しているかもしれない。
さすがに2009年からやっているだけあって、公式のサポート情報は充実している。関連の資料・Q&A・コミュニティもあり、適切なタイミングでメールによるアドバイスもある。ただし、情報は多すぎるくらいあるのだが、完全に日本語化されているわけではない。それでも、こんな感じでプロジェクトを回せているというわけだ。
「プレッジする」と「バッカーになる」の違い
私が、Kickstarterのことを知ったのは、2010年に、当時、毎週見ていたNHK BSの「ニューヨークウェーブ」という番組でだった。いま調べたら「創造性にチャンスを!1ドルからの応援サイト」という題名で、創業まもない同社を取材していたのである(番組紹介にKickstarterという社名は出てこないが=無名でしたからね)。
Kickstarterは、自分でプロジェクトを立ち上げてみると、いよいよこの番組で見たときの感覚に近いと思う。どうしても、何百万ドル集めたというような大プロジェクトが話題になりがちだが、もっと身近な感覚のものだからだ。ちなみに、これを書いているいまキャンペーン中の2,819のプロジェクトは、分野別に多い順に並べると以下のようになる。
テクノロジー 350
フィルム&ビデオ 334
パブリッシング 303
ゲーム 300
デザイン 277
ミュージック 271
ファッション 240
アート 206
フード 186
コミック 86
クラフト 79
フォトグラフィー 52
シアター 51
ジャーナリズム 34
ダンス 18
たしかに「テクノロジー」がトップだが、「フィルム&ビデオ」、「パブリッシング」、「ミュージック」、「アート」など、いままでも個人がやるには資金がネックになりがちだったテーマが多い。私のように個人で『東京おとなクラブ』(1980年代に私がプログラマをやりながら作っていた同人誌みたいな雑誌)から出版業界にまぎれ込んだような人間からすると、このしくみって素晴らしいと思う。
それで思い出したのは、東京おとなクラブ4号を作るとき、私は、消費者金融から40万円借りている。それで、たまたま予定外の収入があったので返済計画前にお金を返しに行ったら「まだ返さなくてよいです」と言われて面食らった。小さい頃から「借りたものはきちんと返す」と教えられていたのに「返さなくていい」なんて! バカみたいに聞こえるが、そんな自分の興味以外は何も考えてない若い奴が「なにかやりたい」と思っている。
作品の購入予約をすることを「プレッジ」(契約)というのだが、これは同時に「バッカー」(支援者)になることである。Kickstarterでは、よくTシャツやトートバックが、「リワード」(報酬=多くの場合製品)に追加されている。これ、実は、Kickstarterが推奨しているのである。Tシャツやトートバックと言うのは、それを手に入れた人がプロジェクトに関わっていることを象徴しているかららしい。
ちなみに、私の2010年からのプロジェクトの協力者でもあるYさんから「小さ~くプレッジしているだけでも参加している感じや、ドキドキ感があって、すごく楽しいものですね」というメールをもらってしまった。
いうまでもなく、プロジェクトを立ち上げて作品の仕上がりの心配もしながら走らせている私のほうは、もっとドキドキなのだが。これというのは、お金と“場”が介在しているという点において、コミケのようでもあり、ライブハウスのようでもある。また、世界の“工房”のハブにもなりうると思った。
クラウドファンディングに関しては、ハードウェアの生産の遅れや、そもそも作れなかったという話もあってよいことばかりではない。私もいま、「Mod Keyboard」というモトローラのスマートフォン向けの背面脱着式ミニキーボードを半年以上待っている(当初の出荷は昨年6月予定)。しかし、これは一般的な工業製品や作品行為でも見えない裏側でよく起きていることである。
むしろ、それらもすべて見えるのがクラウドファンディングだともいえる。モノや作品には、すべて作る人と使う人(楽しむ人)がいる。いちばんいいのは、「今度はボクの番」とか、「そろそろキミの番」などと主役が変わっていくことではないか? 料理などは分かりやすいが、どんな仕事にもあるはずのそんな誰かの役にたったり、喜ばせることの価値も見えるからだ。純粋にビジネス(取引き)であってもいいと思う。私の場合は、個人的にプロジェクトを走らせてみたのだが、ソニーなど企業が活用する例も出てきている。モノや作品を生み出すしくみや組織(私の場合もゆるやかなチームになっている)など、これからどうなっていくのだろう?
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 取締役主席研究員。月刊アスキー編集長などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。著書に『ソーシャルネイティブの時代』、『ジャネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄氏との共著、アスキー新書)、『NHK ITホワイトボックス 世界一やさしいネット力養成講座』(講談社)など。
Twitter:@hortense667Mastodon:https://mstdn.jp/@hortense667
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