●「種子法廃止」で日本の公共財が侵される
種子法。正式な名称は、主要農作物種子法(以下、種子法)になる。
種子法は、
『第一条 主要農作物の優良な種子の生産及び普及を促進するため、種子の生産についてほ場審査その他助成の措置を行うことを目的とする。』
という一文から始まる。
種子法は日本政府に対し、稲、大麦、はだか麦、小麦という主要農作物について、地域に合った良質な種子が農家に行き渡るよう、農業試験場の運営などに必要な予算をつける際の根拠法である。
種子法に基づき、日本政府は地方交付税として各都道府県に、優良な種子の安定生産と普及の予算を提供する。都道府県は、政府の予算を用い、
●優良品種(奨励品種)指定
●原種と原原種の生産
●種子生産ほ場の指定
●種子の審査
といった一連の行政サービスを提供し、日本各地で多種多様かつ優良な種子を「安価」に提供する業務を執り行なっているのだ。
日本各地において、多種多様かつ「美味しい米」の生産を可能にしている種子法が、なぜ「廃止」などという事態になったのか。
発端は、政府の規制改革推進会議の提言だ。2016年10月6日、規制改革推進会議の農業ワーキンググループは、信じがたい内容の提言をしたのである。ポイントのみ、引用しよう。
『2.施策具体化の基本的な方向
(1)生産資材価格の引下げ
関連産業の合理化・効率化等を進め、資材価格
⑩ 戦略物資である種子・種苗については、国は、国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を構築する。
そうした体制整備に資するため、地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発意欲を阻害している主要農作物種子法は廃止する。』
規制改革推進会議は「生産資材を引き下げる」ための提言において、種子法の廃止を言い出したのである。これは、実に不思議な話だ。何しろ、我が国は種子法の存在のおかげで、一般に流通している種の価格が安く維持されている。
種とは、公共財だ。特定の「ビジネス」のネタにしてはならない。
国民の食料安全保障の基本として、税金を使い、安く、優良で、多種多様な種子を農家に提供しなければならない。
上記の考え方で種子が生産されている以上、当たり前だが各都道府県が供給している日本の種は安い。「税金を用いることで種の価格を抑えている」と表現すれば分かりやすいだろうか。
現時点で、日本には米だけで300品種近くもの品種が存在している。税金を用いなければ、これだけの種類の種を安価に供給することは不可能だ。あまりにもコストがかかってしまい、民間のビジネスとしては絶対にペイしないのである。
例えば、民間企業である三井化学アグロ株式会社は、ハイブリッドライス品種である米の種「みつひかり」を販売している。
みつひかりは、安定的な多収による生産者の収益確保が可能になると売り込みをしているのだが、売れない。理由はシンプルで、都道府県の米の種と比較すると、価格が4倍から5倍なのである。
繰り返すが、税金を投入している我が国の公共財としての種は、安い。しかも、極めて優良な種子が供給されている。
それが、問題なのであろう。種子法が存在し、都道府県から種が提供され続ける限り、民間企業の「ビジネス」としての種は、日本国内では売れない。
断言するが、安い種子を維持するための予算の根拠法である種子法が廃止されると、やがて種の価格は高騰していく。何しろ、都道府県に予算がつかないのでは、現在のほ場における種子生産の仕組みが維持不可能になってしまうのだ。
そうなって初めて、世界のアグロバイオ企業の「ビジネスとしての種子」が日本で売れはじめることになる。