四十八漁場で飲める限定950本の幻の酒
「トロン」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか。ASCII読者の皆さんなら、リアルタイムOSのTRONプロジェクトのことが頭をよぎったと思います。しかし今回は、OSの話ではなくコシヒカリで作られた日本酒「TORON」のお話です。
TORONは、海鮮居酒屋である四十八漁場の要望を受けて、富山県にある枡田酒造が製造した950本限定の日本酒。四十八漁場は、宮崎県や山口県などで今朝獲れたばかりの魚介類をその日のうちに都内で食べられることで有名ですね。仕入れによって品切れのこともありますが、どんこや広田つぶなどこれまで未利用魚として市場に出回っていなかった食材を生かしたメニューが豊富なこともでも知られています。最近はグランドメニューが新しくなり、メニューのバリエーションが増えました。まずはそのメニューからご紹介しましょう。
まずは、期間限定で提供中の宮城県石巻市雄勝産の岩牡蠣である「夢牡蠣」。ひと口で食べられないぐらいデカイのが特徴です。
おなじみの刺身5点盛り合わせ。その日お勧めの魚などが盛り付けられます。四十八漁場では、魚を魚種ではなく白、赤、青のジャンルで区別して仕入れるため内容は毎日変わります。
四十八漁場には2カ月ぐらい前にいった記憶があるのですが、新メニューでは「100%海老カツ」など揚げ物が以前に比べて充実していると感じました。魚介系ばっかりだと食べ足りないという印象がありますが、揚げ物のバラエティーが増えたことで満足度はかなり高いと思います。
シメに頼むなら「海鮮イカスミ石焼き飯」がイチオシです。海老やタコ、貝類などを混ぜ込んでいただきます。
そして、四十八漁場でしか飲めない日本酒「TORON」。純米大吟醸で精米歩合は50%。富山県舟橋村で栽培されたコシヒカリと酒米の山田錦を使って作られています。原料の一部がコシヒカリだけあって和食全般に合う万能さが特徴。もちろん冒頭で紹介した巨大岩牡蠣「夢牡蠣」とも相性バッチリでした。ちなみになぜTORONという名前なのかというと、魚に合う日本酒について四十八漁場や枡田酒造、酒販店、ソムリエが議論を重ね、論理を突き詰め、まさに「魚論」(とろん)から生まれた酒であることが由来だそうです。
四十八漁場ではさらに、牡蠣にあう純米吟醸酒として宮城県の山和酒造店が作った「YAMAWA for Oyster」も取りそろえています。四十八漁場では、牡蠣を食べるなら白ワインよりも断然日本酒ですね。
実は、四十八漁場の特別限定酒はTORONだけではありません。山口県宇部市の永山本家酒造場が作る純米吟醸の「貴<魚誂え> 」もその1つ。こちらもフルーティーなテイストかつ軽めなので、ゴクゴクいけちゃいます。あと、特別限定酒ではありませんが、石川県の車多酒造が作る純米酒「五凜」、高知県のアリサワ酒造が作った純米吟醸酒「文佳人 夏純吟」などなど、東京ではなかなか飲めない日本酒もそろっています。
四十八漁場の要望を受けて富山県の枡田酒造が製造
てなわけで、TORONがどのようにして作られたのかを確かめるため富山県に行ってきました。TORONを作ったのは、富山市東岩瀬町にある枡田酒造です。地元では知らない人がいないほどメジャーな酒蔵で、実際に富山市内でも多くの飲食店にメニューに載せていました。
取材した時期は、昨年に仕込んだ日本酒の出荷が終了しており、製造工程を見ることはできませんでしたが、酒蔵に案内してもらいました。
枡田酒造の満泉泉シリーズはさまざまな種類があり、原料となる米も山田錦はもちろん、H24古代米、H26富の香、奥吉川米、秋津米など多岐にわたっています。多可町や吉川町など、酒米はやはり兵庫県が強い印象です。ちなみに富の香は、富山県が開発した酒米です。
さて、実はこの東岩瀬の町は、江戸時代は北前船と取引する廻船問屋街として賑わっていた場所だそうで、現在は枡田酒造が音頭をとって当時の街並みを再現する計画が進められています。実際に大通りを歩いてみると、ところどころに当時の面影が再現されています。また、枡田酒造の社長を務める桝田隆一郎氏は、廃屋になっていた廻船問屋跡を私財を投じて買い取り、工房やレストランなどに改装して地域の活性化にも尽力しています。
日本で最も小さい自治体「舟橋村」で作られたコシヒカリを使用
枡田酒造で作られているTORONですが、この日本酒が特殊なのはやはりコシヒカリを使っているところ。コシヒカリは泣く子も黙る食用米のトップブランド。しかし、日本酒に使う酒米には適していません。そんなコシヒカリをあえて使った日本酒というだけで、ちょっと飲んでみたくなりますよね。そしてこのコシヒカリを作っているのが、平成の大合併を経て日本で最も面積が小さい市町村となった富山県中新川郡舟橋村です。現在の人口は3000人超で、県中心部の富山市に隣接しているため近年は子育て世帯が増えており出生率も高いそうです。特に人口は平成に入ってから倍増したとのこと。
最寄り駅から離れると見渡す限りの田園地帯が広がります。ここでTORONで使われるコシヒカリが栽培されているのです。
人口が増えているとはいえ若い住民の多くは富山市内の会社に勤めており、舟橋村の産業の1つである農業に従事する人は減っているそうです。そこで地域の農家の方が結集して農業組合を立ち上げ、現在は共同で米や野菜などを栽培しているとのこと。
TORONは四十八漁場の限定酒ですが、実は同じ舟橋村のコシヒカリで作ったその名も「ふなはし」という純米大吟醸酒もあります。こちらも希少な日本酒で販売店舗も少ないですが、ふるさと納税1万円以上の返礼品とし受け取ることができます。
ワタクシは現地で、TORONはもちろん、ふなはし、そして定番の満寿泉の純米酒などもいただきました。ふなはしは、メロンっぽいフルーティーな香りが漂いつつ、甘みや酸味もある特徴的な日本酒でした。満寿泉の純米酒のほうは、ひと言で表すなら「甘くてウマイ水」。日本酒が苦手な人でも試す価値があります。
ちなみに日本酒とマリアージュする食べ物として現地調達したのは、地元のスーパー「サンフレッシュ大井店」内の黒崎鮮魚店で売られている刺身。コスパ最高なうえに、富山湾でその日の朝に撮れたものが昼ごろには刺身で買えちゃいます。このまま居酒屋で盛り付けなおして出すだけでお金がとれそうな高いクオリティーでした。。富山を訪れたらぜひ立ち寄ってみてください。富山のスーパーは恐ろしいですね。
実は調子に乗って、東岩瀬にあるイタリアンレストランでも、日本酒と料理のマリアージュを楽しんでしまいました。赤いラベルは「満寿泉R 純米大吟醸 無濾過生」。こちらはシャンパン酵母で作られている日本酒です。大吟醸なので果実のようなフルーティーな香りが特徴。筆記体で「Masuizumi」と書かれているラベルは、満寿泉の純米大吟醸SUPECIAL。純米大吟醸を白ワインに使用した樫樽で半年間樽熟成したもので、オーク樽やナッツ系の香りとか、もう日本酒じゃない感じでした。素人だとグラスに注がれて出されたら日本酒だと思わないかも。金麹は、麹70%で仕込んだ濃醇な酒。いちおう甘口だったようですが酸が強めで独特な味わいでした。青いラベルの満寿泉は、富山県立山町の米と水で作られたの純米大吟醸酒。こちらも大吟醸らしくフルーティーな口当たりでした。実はいちばんグっときたのは「満寿泉 純米生」。口に含んだ途端、鼻から香りがふわーっと抜ける感覚に感動。土産というか自分飲み用として、この満寿泉 純米生を買いました。
枡田酒造の満寿泉は、同じ東岩瀬町にある、というか枡田酒造から歩いて1分ぐらいのところにある「酒商 田尻本店」が年代物を含めてかなり取りそろえています。富山に行ったら田尻本店も訪れる価値ありです。
地方都市ながらフリークエントサービスを提供する富山地方鉄道
さて、前述したように舟橋村は県庁所在地である富山市に隣接しており、実は富山地方鉄道を使えばたったの15分で到着します。村役場の担当者に聞いたところ、最近の景気の悪化で周辺の地価が下がっても、舟橋村だけは下がらなかったほどの人気のエリアなんだそうです。転入者が多いのも特徴で若い子育て世代の流入が顕著とのこと。駅前図書館などの舟橋村の子育て支援策はもちろんですが、この人口増加を支えている一因には富山地方鉄道の驚異的なフリークエントサービスにあると思われます。
地方都市は、通勤や通学のために朝には周辺地域から中心部へ、夕方には中心部から周辺地域へ人が移動する傾向があります。そのため、鉄道会社は朝夕の列車の数を増やすのが一般的です。しかし富山地方鉄道は、通勤・通学ラッシュの時間帯である7時台と帰宅ラッシュの17時台に1時間に6本、それ以外の日中でも1時間に4本程度の列車を運行しています。しかも、路線が多岐にわたっており、宇奈月温泉や立山に行くことも可能です。舟橋村の最寄り駅である越中舟橋駅は、複数の路線が通る駅とはいえ県中心部である電鉄富山駅行きが1時間に4本というのはかなりの本数ですね。
鉄道好きのみなさんにとっては、京阪電車や西武鉄道の過去の車両が見られるのも楽しみの1つになるでしょう。クルマ移動だったためシャッターチャンスを逃して撮れなかったのですが、元西武5000系のレッドアロー号の列車も走っていました.。