このページの本文へ

スペシャルトーク@プログラミング+ 第8回

さくらインターネット・田中邦裕社長1万字インタビュー

人工知能では電力を消費する。そのときに石狩だと半分の使用料になるんです

2016年11月28日 12時00分更新

文● 聞き手:遠藤諭(角川アスキー総研)

  • この記事をはてなブックマークに追加
  • 本文印刷

株式会社さくらインターネット代表取締役社長

 どうしてもクラウドというとアマゾンやグーグルといった米国企業を連想してしまう。サイバー空間という領域を日本は持てていないのかというと、人工知能やIoTの取り組みを矢継ぎ早に提供して注目されているのが、さくらインターネットだ。同社は、10月5日に発表した「さくらのIoT Platform β」では、“さくらの通信モジュール”というハードウェアの販売にも踏み切っている。

 プログラミング+では、同社を含む4社で展開している「KidsVenture」による小学生向けのプログラミング教室のようすを3回にわたってレポートしてきた。さくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕氏に、大胆ともいえる同社の戦略やプログラミング教育、IT人材について聞いた。ここ5年ほどで大きく変化してきたデジタルの世界と、人材やプログラミング教育のことは共通の事柄の上にあるように感じた。

さくらは“3つ目の立場”の新しいコンピューティングの会社

―― どんなお考えでさくらインターネットという会社をやっていらっしゃるのかから教えていただけますか?

田中 当社は、国内では上位に入る大きなデータセンターを持ち、インターネットインフラサービスを提供しています。ホスティングを20年間にわたって中心事業としてきたある意味珍しい会社ですが、いまコンピューティングパワーがどんどん必要とされてきてるというのはビジネスチャンスだと捉えています。コンピューティングというのは、「プロセッシング」、「ネットワーク」、「ストレージ」の3つに分解できますが、そのすべてが課金ポイントになりますし、それが広がれば弊社も成長するというモデルでやってきました。ただそれらを分離してクラウドで提供するようになってきましたので、我々も時代に合わせて変えているところです。「高火力コンピューティング」でAI系なら、性能の高いGPUを用意することだったり、最近はじめたCDN(コンテンツデリバリーネットワーク)なら、とにかく大容量のデータを転送するのを他社より安くできるようにといった取り組みです。それは、高付加価値を目指さずに、基本的なコンピューティングの価値を届けていくという戦略です。基本的なコンピューティングの価値というのは、資本集約的なところがあったり、運用の卓越性が求められたり、すごく持続的なノウハウが必要なんです。

―― 石狩のデータセンターで超伝導を使われるという話は驚きました。

田中 行かれましたか?

―― 石狩は行ってないんですけど、あそこで使われた超伝導直流伝送の技術は、中部大学に取材に出かけました。あのガチガチに凍った実験設備も見せていただいたのですが、あれを早々と採用されたのには本当に驚きました。10年はかかると勝手に思っていましたから。

データセンター外観

サーバールームのようす

見学会

見学会を案内する田中社長

田中 実験プラットホームとしての石狩でもあります。テクノロジーは日々進化するので、一番新しいテクノロジーを枯れる前に事業化していく必要があります。日本のIT企業さんはネット系は違いますけど、むかしながらのレガシーなIT事業者が多いですよね。判断に1年、2年、3年とかかっているうちにパラダイムが変わってしまったりする。石狩は、そんなことないように最新技術で作っています。ただ、ハードウェアなんで10年、20年で陳腐化するため、古いデータセンターは閉めたり、石狩も一部リノベーションしています。

―― PCサーバーでもそんなに早く陳腐化するんですか?

田中 そうですね。そういう意味でスピードとサイクルで、新しい技術をつねに基本的価値の部分で充実させている会社って少ないと思います。ネット系の会社はハードウェアはまったくやりませんし、SIerはどちらかというとコンサルとか人を投入するやり方になりますから。我々は、サーバー1台やるのに1人必要というようなことではないので、基本的に労働集約型じゃないんです。そうすることで、基本的な価値を低価格でお届けするということなんです。

―― 具体的にどうやるとそうなるんですか?

田中 我々の場合は、お客さまから「この機械を使ってやりたい」という案件はほとんどなくて、こちらでたくさんマシンを用意して大量にラッキングして提供しています。なので、ウェブで申し込むとオンラインでそれが納品されるんですね。納期も最短10分と早いです。それでコストが安くもなる。ということで、そもそも非常に多く用意していますので大量に必要な方々に支持されていて、SIerさんとはまるで違った切り口でやっているとういことですね。

―― なるほどシンプルかつ大量が特徴なんですね。

田中 はい。最近は、SIerが間に入ることも増えてきています。大手のSIerはデータセンターを持っていらっしゃいますけど、うちのほうが新しい技術でやっていますし、大きく作っているので安いんです。

―― そうすると、新しい技術に対する感度やどのタイミングでそれを採用するかというバランス感覚が、御社のコアだといえますね。

田中 それこそ、人工知能で使う場合にどのGPUが最適であるとか、次はこれが流行りそうだという目利きをすることです。ネット系の会社のようにスピードは速いですけど、ハードウェアに寄った部分も多いので、SIerでもネット系でもない“3つ目の立場”の会社というのがうちの特色だと思っています。

―― なるほど、“3つ目の立場”の新しいコンピューティングの会社ということですね。梅田望夫さんの『ウェブ進化論』に対しては、いろんな意見がありましたけど、私がいちばんショックだったのは「グーグルの本質は新時代のコンピュータ・メーカー」という見出しだったんですよ。検索エンジンでも、クラウドでもなくて、新しいコンピューターを作っているのと同じだということです。実際、彼らは自作のすごいサーバーから始まってもいますけど。同じようにコンピューター・メーカーの新しい形としては、その前はデル・モデルとなりますが。

田中 それでいうと、いまハードウェアとソフトウェアの有り方が変わってきていますよね。90年代前半くらいまではハードウェア全盛の時代だったので、ソフトウェアはそのオマケみたいな存在だった。90年代後半から2001年くらいまでは、ソフトウェアの会社がすごい勢いで伸びてきました。それが、ここ5年、10年くらいの動きでいうと、ソフトウェアやサービスを売るためにハードウェアが重要という風に逆転したと思います。

―― いまはハードウェアが重要だと?

田中 ハードウェアがブレイクスルーのために重要なんですけど、ハードウェアを売っているわけではない。グーグルは、すごくハードウェアに投資しています。我々もそうです。ただ、売るのはソフトウェアでありサービスです。なので、90年代まではハードウェアを作ってハードウェアを売っていた。その後のインターネットの成長期はソフトウェアサービスだけの会社の商売がうまくいった。でも、ここに来てソフトウェアサービスを中心にしていた会社がハードウェアまで手を出して、もともとハードウェアに強かった会社をどんどん駆逐してきている。

―― Uberですらタクシーを作ると言っていますからね。

田中 そうなんです。それが象徴的で、タクシー会社がソフトウェアを使うんじゃなくて、ソフトウェアの会社がタクシーというハードウェアを作るんです。我々は、サービスの会社を自認していて、ハードウェアを売ったのは最初の2、3年くらいで、その後の20年間ずっとサービスを提供してきました。ハードウェアも売らない、人月でも商売しない、別な商売もやりません。基本的に容量いくらという、サービスしかやっていないわけですが、その手段としてデータセンターというハードウェア寄りのところにいます。いま伸びようとしている会社は、ハードウェアにすごく強みを持ったサービスの会社なのではないでしょうか。

―― なるほど、そういう時代の転機に来ている。

田中 最近ソフトウェア会社も、ハードウェアに強みのない会社ってちょっと弱い。結局、アップルもハードウェアに強みのあるIT企業です。

―― アマゾンも、ネット通販の会社が「エコー」もそうですが、むしろ誰もやってなかったような新しいハードウェアに野心的に取り組んでいる。

田中 そうですね。自社のサービスのためにハードウェアを持たざるをえない時代になってるんだと思います。

「さくらのIoT Platform」のSIMモジュールを出した理由

―― なぜそうなったんですかね?

田中 昔は、“パーソナルコンピューター”という名前のとおり、みんながそれぞれ自分のコンピューターを使っていました。やがて、それがインターネットで繋がったんですが、いまは“クラウド”+“インターネット”になりました。するとクラウドがどんどん大きくなってコンピューターをたくさん持っている一部のプレイヤーがどうしても大きな存在になってくるのです。

―― ネット的な一局集中ですね。

田中 そのように集約が続いていくと、ハードウェアまで一気通貫でやるという話になります。グーグルが1個データセンターを開設するというだけで大手サーバーメーカの何カ月分もの売り上げに相当しますから。サプライチェーンに対するクラウドの比率が大きくなると、それだったらサーバーメーカー、ベンダーに任せる必要ないということになってきます。だから、コンピューターを設置するラックなども、むかしは電算機室で100ラック、200ラックあったら大きかったと思いますが、我々は一棟で何千ラックも使います。全体では1社で相当な数のラックを買うわけです。そこで、私どもからこんな規格で作ってくださいという話になります。同じようなことは、CPUについても言えます。インテルも、サーバーメーカーに売るよりも直接クラウドに売るほうがいいというので、弊社に直接いらっしゃいます。

―― フェイスブックが言い出して自分たちでサーバーを再設計しようという「Open Compute Project」が、まさにそういう感じでした。あの動きはその後どうなったのですか?

田中 ありますよ。サーバーメーカーも台湾系はあれに沿ってサーバー作ってたりします。むしろ、あれを商機にのし上がろうというハードウェアベンダーもあれば、対抗して独自のものを作るベンダーもあります。でも、正直クラウドの方が強いんでサーバーベンダーは厳しいと思います。基本的に、ハードウェアを売ってるIT企業はここ20年間伸びなかった。それに対して、ハードウェアを持っているクラウドが台頭してきたんです。だから、ハードウェアが重要であることは間違いないと思うんですけど、ハードウェアで稼ぐことが難しくなっている。

―― 一方、Raspberry PiやArduinoといった、ホビー用のワンボードマイコンなど全然違うものがものすごく化けてきた。スマホばかりが話題になっていたけど、実際は、スマホはある意味アプリケーションに過ぎなくて、この10年間で進んだのはそうした小さなコンピューターでした。それが、ここにきてIoTというものに飛び火するというカードが全部裏返るみたいな展開になっている。まさに、KidsVentureで使われている福野さんの作られたIchigoJamもそうしたものの1つですけど、気が付くと本当に10年でガラッと変わった感じです。

田中 はい。そこで共通しているのがハードウェアのコミディティ化です。ハードウェアで特色を出すのはなかなか難しくて、ハードウェアを作るハードルがとても下がってるんです。ちょっとハンダ付けができればできちゃうって時代になった。20年前、10年前と全く違う状況です。

―― ハードウェアって特殊な施設とノウハウと販路がないと売れないものだったのが全部いらなくなった。

田中 そうなんですよ。ハードウェアは無料で配ってもよくて、その分アプリで課金すればいいんです。ハードウェアを買うときに、1900円の製品か、2000円のか悩んでいたのが、いまはアプリのゲームで気軽に500円、1000円とかでガチャをひくわけですよ。たった1ビット、データベースの内容が変わるくらいのことにお金を払っている。

―― いいですね1ビットにいくら。

田中 そういう意味でいうとハードウェアで我々がやっているのはIoTです。Raspberry Piなどでハードウェアはすごく簡単に作れるようになって、ソフトウェアもすぐにできるようになりました。ところが、通信の部分に関してはまだ民主化されていないんです。MVNOが定着したりだとか、ソラコムさんが出てきたというあたりは1つのブレークスルーではあります。ただ、あれは既存のハードウェアに入るのであって、新しくハードウェアを作りたい人にはまだハードルが高いのが通信の部分なんです。

―― SIMを必要とする通信はRaspberry Piのような電子工作の延長のフィールドではない。

田中 なので我々が作ったハードウェアは、お客さまの作ったハードウェアにのせて使える通信モジュールなんです。それで、データの転送ができるようになる。あとのデータ蓄積から先のサービスの部分もぜんぶ我々で提供します。

LTEモジュール

―― いままでは、サーバーまでしかやられてなかった御社が、そこから手を差し伸べるような感じで、通信の部分もインフラだろうということですね。それが、今月提供を開始された「さくらのIoT Platform β」のさくらの通信モジュールですね。

田中 おっしゃる通りです。そこからの出口は、リクエストAPIとか、httpでも取れる。あるいは、Raspberry Piとhttpリクエストの知識があればIoTデバイスを作れるという言い方もできます。これが、我々のハードウェアでサービスを売る会社という立ち位置に立てるのかなと思っています。

―― これもいち早くやられたのが驚きだったのですが、反応はどうですか?

田中 多いですよ。モジュールもだいぶ売れていますね。大量に使いたいというメーカーからの問い合わせも多いみたいです。

―― 自動販売機とかそういう世界ですか?

田中 そうですね。自動販売機は、1台で300万円、400万円とハードウェア自体のお値段が高いので、まだ既存の5万円、10万円の高い通信機器でも大丈夫ですし、月額何百円の課金でいいんですが。個人向けのデバイスとか農場に大量に設置したいとなると1個何万円でしか売れません。全体で何万円のものに通信モジュールが何万円というのは組み込めません。いままでは、特定小電力だったり、Wi-Fiであったりしたわけですが、室内はいいけど広い屋外は使えないなどもあります。あるいは、ビルなどに設置する場合も、自社のビルならいいですけど、そうでない場合は難しいことがいろいろあります。ところが、そこを解決しようとするとネットワークに関係する部分のエンジニアのコストが凄く高い。我々は、ネットワークエンジニアも抱えていて、クラウドやハードウェアのエンジニアもいる、我々だったら埋没コストで、いまあるノウハウの中でできるなっていうのがあるわけです。まさに、IchigoJamに我々の通信モジュールをのせてやると、ピピッとクラウドのデータを書き換えられるんですね。

―― 小学生が使うために作ったIchigoJamが、そうした業務的な用途に使われる事例が出てきたと福野さんもおっしゃっていました。

石狩で電気の使用料が半分となると、アジアの域内だと圧倒的に競争力を持ってきます

―― 人工知能についてはどうですか?

田中 人工知能については、先日、コンピューター将棋の電王トーナメントでPonanzaが勝ちました。機械学習が「来たな」という感じはあります。あれも石狩の高火力コンピューティングで動いています。で、Ponanzaが動くとうちの消費電力がクッと上がるとわかるくらい電気を使うんですね。高火力サービスは9月からから始めましたがすごく引きがあります。 AIは、GPUの搭載量によって性能は決まるといってもよいくらいですから、それがいかに早く手に入るかということがあります。それと消費電力ということになりますが、石狩でやると電気代安いんですよ。

―― 電気代そんなに違うんですか?

田中 石狩でやると通常の半分で済んでいます。石狩は平均気温が東京などに比べて低いですから、冷やすコストがかかりません。アメリカは、電気代が安いと言いますが、日本は確かにそれに比べると高いです。ただ、世界的に見ると日本の電気代ってそんなに高いわけじゃないんですよ。石狩で冷房にあまり使わなくてよくて電気の使用料が半分で済むってなると、結果的に、アジアの域内だと圧倒的に競争力を持ってきます。

―― だいたいのアジアの地域より日本の北海道のほうが寒いから。

田中 そういう意味で、人工知能を基軸にしたいわゆるたくさんGPU、電気を使うサービスについてはアジアの中でもチャンスがあると思っています。

―― 電力は搬送すると相当ロスが出るけど、データ通信はデジタルだから関係ない。エネルギーは運ぶのが大変だけど、情報は軽いですからね。みんなそうすればいいのにと思いますけど。

田中 そうですね。そこはやっぱり体感が必要なようです。石狩に行ってみたらいいと感じるんですけど、まず、私がそうだったように北海道にデータセンターを作るっていうのは、奇抜過ぎてあんまりアイデアとして出てこない。

―― 石狩のセンターはどなたが考えたんですか?

田中 北海道庁の方が、うちに「やりませんか?」と誘致しに来られたんです。北海道に行ってみたら、土地は安いし広いし変電所もいっぱいある。それから、石狩は光ファイバーの陸揚げ地でもあるんです。だからKDDIの光ファイバーが直接入れられる。それが、震災前までは仙台まで直接通っていたんですが、いまは秋田までだと思いますが、札幌市内を通らずに石狩から国内に出ていくんです。それと、石狩は、都心でもめずらしい4キャリアの導入をしていて、KDDI、NTTコミュニケーションズ、NTT東日本、HOTnetの4社が全部地下を掘って光ファイバーを入れているんですよ。実は、NTTコミュニケーションズの陸揚げ局も後で分かったんですけど、ロシアに向かうためのものがあります。ということで、やっぱり体感するというのが大事ですね。北海道にデータセンターを作ろうっていうコンソーシアムがあるんですよ。

―― なるほど、北海道といえばかつてはマイコンの本拠地の1つでしたからね。ハドソンやBUGもある。私は面識はないですけど、北海道大学の青木由直先生が有名ですね。

田中 いまは青木先生の後輩の人たちで、北大の山本先生とかBUGの服部さんです。そういう方々が名前を連ねてコンソーシアムをやられているんです。それで、北海道知事の高橋はるみさんとか、石狩の田岡克介市長とかが「やろっか」という感じになっていたんですが、民主党政権に変わったときに国の誘致に失敗したんです。で、どうしようということになって民間に営業に行こうということで、北海道庁が必死で全国を回って、うちの大阪の事務所にも来られたんです。後にも先にもうちしか出てないですけど(笑)。経営判断ができるところがほかにないということです。アジアの他国の方など、北海道に視察に来られるとすごく喜ばれますよ。

―― アジアの人は北海道大好きだから(笑)。

田中 そうそう。視察に行くのをみんな喜んでくれて、で、来たら「お、これはいいな」って体感してもらえてユーザーになっていただけるという。

社員の半分は社長にするとかいいかもしれないですね、起業のための資金を会社がプレゼントする

―― 今日は、KidsVentureの記事を作らせてもらった流れもあって、プログラミング教育や日本のIT人材についてもうかがいたいのですが。

田中 そうですね。まず、私は最近「コンピューターソフトウェア協会」(CSAJ)のプログラミング教育委員会の委員長になり、プログラミング教育を考えています。

―― それはどの年齢やレベルのプログラミング教育ですか?

田中 ひとことでいうと子供たちから裾野を広げたいんです。職業訓練としてはやりたくないんですよ。というのも、私はいま38歳で小学校の頃からプログラミングやってますけれども、30年前はあんまりプログラミングができても英雄視されなかったんですよ。どっちかというと暗い趣味として受け取られた。

―― 80年代のテレビドラマとかだと何かいけない事件があると犯人はあの子じゃないか? パソコンを使っていたからみたいな(笑)。

田中 パソコンを使っている子はちょっと暗いとか、だいたいそういうイメージでしたからね。私は、身長が188センチあってスポーツで出来そうですけど、まったくやらなくて中学校も高専もずっと吹奏楽部でしたから文科系です。基本的に、スポーツやる人って比較的チヤホヤされるじゃないですか、インターハイとか女子が「キャーッ」って。で、プログラミングの人は「ギャーッ」て感じ(笑)。それおかしいんじゃないかと。オリンピックで、日本が強いのは、競技人口として裾野が広いからだと思うんですよ。サッカーや水泳をみんなやるから、そんな中でトップ選手の技が磨かれるわけです。プログラムもみんながやるけど、みんながプロのプログラマーになる必要はないんですよ。つまり、プログラミングをみんながやっている中で伸びてくる子っていうのが絶対に出てくるはずなんです。そのきっかけを作っていきたいなと思っています。それでプログラミングをする人が広がるし、トップのレベルが相当上がるはずです。プログラマーになりなさいって親から言われたわけじゃないけど「好きだ」というふうに本人が気づくのがいいですね。トップのレベルを上げる、気づきを与える。この2つが重要です。その中で、うちに10年、20年後に就職してくれればっていう直接的な利益もあります。

―― 実は、この世界なら相当若い人でも仕事をしてもらってもいいですよね。

田中 リモートワークみたいな形で、中学生とかなら夜中やっちゃいけないとかはありますけど、親権者がOK出せばリモートワークでやってもいいですね。

―― 『サンダーパンツ』という単館でしかやらなかった映画で、凄いオナラの出る男の子と友人の天才少年の話があるんですよ。いろいろあってNASAに2人が雇われるんですが、「ここがNASAの最高機密だ」とかいって部屋を開けるとエンジニアが全員子供なんですよ。ITの世界では、昔から凄い子がいましたからね。

田中 2020年から小学校のプログラミング教育必修化という話があります。水泳はとくに将来役に立つわけでもなさそうなのに、不思議なのは全員が水泳をやりますよね。それは昔、海難事故で泳げない子が多く犠牲になったことがきっかけで、万一の場合にも大丈夫なように全国の小中学校でプールを設置することがになったそうです。

―― では、プログラミングに関してはどうですかね?

田中 みんなに「プログラミングは重要だ」と思って欲しいです。先ほどUberの話やアマゾンの話がありましたけど、タクシー会社や物流においてもITが中心になってきています。そのITの力が日本は弱い。それは、これからの日本にとってものすごくボトルネックになってくると思うんですよ。だから、英語、国語、数学と同じくらいのレベルでプログラミング力が重要なんです。IT能力、リテラシーというのを高めておかないと、すべての産業において困るという現状になってきています。

―― しかし、日本はパソコンを子供が使う比率が目を覆うような数字だという。

田中 だから、コンピューターが重要だという認識が少ないんです。

―― そのコンピューターがプログラムで動いているところがポイントですよね。

田中 そうなんですよ。ソフトウェアが大切だっていうことの価値感をみんなが持つことが重要です。

―― これからどうすればいいんですか?

田中 ハードウェアが重要な時代に、日本はモノづくりが得意なわけなので、強いていえば経営者が入れ替わればいいんじゃないかと思います。

―― なるほど、それと少し関連しますけど「KidsVenture」という名前は、“ベンチャー”ってありますけど、別に社長になる人を育てようというわけではないですよね?

田中 起業家精神は育ってほしいんですよ。いまは1人でできることがすごく増えてると思うんです。昔だったらハードウェア作るにはすごい設備が必要だったけど、いまはRaspberry Piひとつで凄い小学生なら1人で形になるものを作れるじゃないですか。センサーなどそのあたりが広がったので、いきなりそれで事業化する小中学生がいてもおかしくないわけです。起業家甲子園でも、昨年特別賞は中学生でした。

―― どんな内容なんですか?

田中 アプリなんですけど、お父さんの服がカッコ悪いからコーディネーターをつけようっていうマッチングのアプリを作り、実際に事業プランを書いたのをお母さんがブラッシュアップして、私どもがいろいろお話ししたりして、それが特別賞をとりました。で、どうやらこの間起業したそうですよ。まだ中学3年生なんですが。

―― なんと、それは取材しないといけないですね!その意味では、たしかにプログラミングだけじゃないですね。

田中 それでいうと「システム」ということだと思うんですよ。そうしたことを、勉強をしておくべきものだと思うんです。

―― なるほど、システムということですか。

田中 一般教養としてシステムをちゃんと学ぶというのは僕は悪くないと思っています。あとは、起業の話で言うと、そのあたりのことを必須で学ぶようにしたほうがいい。というのも、ほとんどの人は株式会社に勤めるわけです。でも、株式会社ってどうなっているのか社会科の授業でちょっと勉強するだけだとわかんないですよね。

―― 一般にはよく理解されていませんよね。

田中 今後は兼業が認められていく社会になりますから、要は1つの会社で残業するという時代じゃもうないと思います。同人誌を売って大儲けしてる社員もいますし、手先が器用でなんか作って儲ける人もいれば、なんか具体的には知らないけどもクラウドワークする人もいると思います。実は、会社を作ったほうがメリットは大きいと思いますね。そういうことを考えていると、いま思いつきましたけど、社員の半分は社長にするとかいいかもしんないですね。そしたら起業のための資金を会社がプレゼントする。

―― それなぜですか? さくらインターネットさんの仕事はもちろんバッチリやってもらわないと困りますよね?

田中 そうですね。そういうのはもう多様性を持った人というか自分の仕事があったほうが、さくらの仕事きっちり終わらせますし、さくらの仕事がおろそかになったら給料下げればいいだけの話ですから。自分の仕事のほうがよくなったらやったらいいんだし、少なくとも同じ業務をやってて変化がないよりはいろんな仕事をして、さくらの仕事のクオリティも上がっていくほうがいいとおもいますけど。

―― なるほど、やりがいというかその人の技術的な器量も広がりますね。

田中 また逆に、独立したいから辞めるみたいな人もやはりいるんですよ。でも独立するような、自分で仕事作れる社員っていうのは結構いい人材であることが多い。そういう人は残ってほしい。あとは、逆にそのような制度があるということでそういう人が来てくれるじゃないですか。

―― 事実、さくらインターネットさんは、いまいろんな人材が集まっているイメージがありますよね。フェローになられた小笠原治さんにしても、もともと御社におられたわけですけど。

田中 自由に寛容にやればいいじゃないかっていうのが最近のテーマです。KidsVentureをやっているのも会社からやれと言われてるわけではなくてやりたいからやってる感じです。

―― そのKidsVentureやプログラミングについては、これからどうなんですか?

田中 今後は、もっとネットワークを広げたいなと思っていて、やっぱり我々だけでできることではなくて、思いを日本中に広めたい。その思いを継いでプログラミング教室やってみようだとかプログラミングは大事だとか思っている人たちのネットワークが広がっていくといいと思います。たとえば、すべての石狩市民がプログラミングできるようなことにならないかなとか。うちが、ヒト、モノ、おカネを支援をして、生涯教育としてもいいかもしれないし、子供の教育としてもいいかもしれないです。その一方、うちの全社員がプログラミングできるようにしたいなとも思いますし、だからいろんなところでソフトウェアプログラミングをみんなに知ってもらいたいなと思います。それは楽しいもので、自分を変えるものだし、実利的に言うとそのほうが生涯年収が上がる可能性あるわけです。いろんな意味でソフトウェアには可能性がある。プログラミングには可能性がある。

※お知らせ

 「KidsVenture」のレポード第3回「いちばんやさしい“ハンダづけ”と“プログラミング”講座/文系女子大生と一緒にKidsVentureと同じことをやってみよう!」では、小学生がKidsVentureでどんな体験をしているのかを再現して紹介しています。ぜひ、ご覧になってください(小学生のプログラミング教室はどうなっているか?)。

田中 邦裕(たなか くにひろ)

1978年大阪府生まれ。1996年、国立舞鶴高等専門学校在学中にさくらインターネットを創業し、レンタルサーバー事業を開始。舞鶴高専卒業後の1998年、インフォレスト設立。1999年、さくらインターネットを設立、代表取締役社長に就任。その後、最高執行責任者などを歴任し、2008年から現職。

カテゴリートップへ

この連載の記事
ピックアップ