8月10日に行なわれたオラクルのIoT勉強会の後半、Qiitaのプロダクトマネージャーを務める及川卓也氏が登壇。Qiitaのサービス概要を紹介すると共に、なぜQiitaがエンジニアに資するサービスなのか、エンジニアの成長にまつわる持論と共に解説した。
開発者のモチベーションを高められる「Qiita」
「DEC時代はデータベースで競合していたし、マイクロソフトはSQL Serverでオラクルとバチバチやってた。グーグルなら関係ないかと思いきや、数年前から裁判し始めてしまった(笑)。そんな私がオラクルのこういう場所に立てて、とても光栄」と語り、会場を沸かす及川氏。「ソフトウェア開発を良くすることで 世界の進化を加速させる」というミッションに心動かされた及川氏は、昨年末にIncrementsにジョインし、現在は同社のプロダクトマネージャーとしてQiitaの開発プロジェクトを統括している。
Incrementsはソフトウェア開発のナレッジを共有できるご存じ「Qiita」や、社内での共有に向いた「Qiita Team」、そして開発者に親しみやすいマークダウンでドキュメントを記述できる「Kobito」の3つのサービスを展開している。
同社の代名詞ともいえるQiitaは開発者向けのブログサービスで、マークダウンでの記述、検索やタグでの記事ブラウズ、開発者同士のコミュニケーション機能を備えており、開発者の中では最近非常に人気が高い。こうしたQiitaのメリットは、やはり複数の開発者で記事を投稿し合うコミュニティになっている点だ。「基本的には個人のブログツールと同じだが、普通の方が記事を書いても、あまり読まれない。アクセスやコメントがないと、モチベーションに関わる。その点、Qiitaではちょっとした記事でもビューがあるので、モチベーションが維持しやすく、承認欲求も満たせる」と及川氏は語る。
Qiitaのもう1つのメリットは、ユーザー同士で情報をアップデートできる点だという。QiitaではGitHubのPull Requestのようにユーザーが記事を直接編集し、それを変更提案として作者に送ることができる。「情報の正確さやアップデートを個人の責任で行なうのではなく、コミュニティで育てていける」(及川氏)というメリットだ。さらに「Contribution(貢献度)」という仕組みも用意されている。記事のストック数だけでなく、編集リクエストの受け入れでも、Contributionの値が上がるという。「貢献度だけではなく、その人がどのトピックに明るいかもある程度見えるようになっている」と及川氏は語る。
SECIモデル、動機付けのためのアウトプット
続いて、及川氏はナレッジマネジメントの大家である野中郁次郎氏らが提唱した「SECIモデル」をひもときつつ、エンジニアの成長について持論を述べる。
SECIモデルは知識を「暗黙知」と「形式知」の2つに分類し、それを個人と集団が相互に交換することで、新しい知識が生み出されるというモデル。及川氏は、「今まで町工場の匠の技は、何十年も職人の背中を見て学ぶモノだった。これが暗黙知をソーシャライズするプロセス。しかし、他社と共有するためには、それを言語化するための表出化というプロセスが走り、さらにそれぞれの形式知と形式知が組み合わせられ、新たな知識が生み出される」と及川氏は説明する。こうして形式化した知識は、個人の実践によって血肉化(内面化)され、得られた暗黙知を共有化することで、知識はさらに育っていく。これがSECIモデルの概要だ。
このサイクルを実現するため、及川氏は「アウトプットから成長を考える」ことが開発者にとって必要だと力説する。「SECIモデルでの共同化、表出化、連結化を回すのは、自分の持っているモノを外にはき出すアウトプットそのもの。これを行うことで、知識が拡がっていく」(及川氏)。
そして、及川氏は成長を促すためには、いわゆる外発的な動機付けと内発的な動機付けをうまく組み合わせた成長が必要だと指摘する。外発的動機付けはいわゆる賞罰のような外部的な成長要因、内発的動機付けは向上心や知的好奇心などの内部的な成長要因を指す。これらが両輪としてかみ合うことで、エンジニアは成長を得ることができるという。
過去、及川氏も外資系企業で必須の英語を上達するため、職場を変え、英語を使わざるを得ないようなプロジェクトに自ら入ったという。これも両者を組み合わせた成長の一例だ。及川氏は、「エンジニアであれば、最近流行っている関数型言語を学びたいというのが内発的動機付けと、勉強会でLTに申し込んだり、学んだことをブログやQiitaに書いてみるといった外発的動機付けを組み合わせるとよい」と語る。
また、及川氏はこのうち外発的な動機付けが日本ではまだまだ弱いと指摘する。「日本ではプログラミング教育が注目を集めているが、実際に使わなければあっという間に忘れる。その点、米国ではプログラミング教育と学んだことを活かせる仕事が付いてくる。実際使わなければならない状況を作ってしまうのが重要」(及川氏)。
正しい情報でなくても、コミュニティに育ててもらえばいい
続いて及川氏は、組織内でのエンジニアのアウトプットには限界があると指摘する。「組織内での情報発信は重要だが、ホモジニアスで、多様性に乏しい。うちのようなスタートアップは組織が小さいので、他に対するタッチポイントを作らないと刺激も受けないし、新しい情報が入ってこない。こうした危機感は、組織が大きくても持たなければならない。組織が大きくても、ヘテロジニアスで、ダイバシティのある環境に身を置かなければ、成長は得られないのではないか」と及川氏は語る。
大きな組織ではこうした情報発信が難しいというイメージもあるが、Webが普及して以来、多くの情報は実は組織の外にある。さまざまな情報も組織の中に留める必要がなくなっていると言えよう。「私のいたグーグルも『Share Everything You Can』という考え方で、共有できない理由があるもの以外は共有されていたので、基本社内の情報はすべて見られるようになっていた」(及川氏)。
こうしたオープンなソフトウェア開発の世界の中で、オープンソースや勉強会、そしてQiitaのようなコミュニティはますます成長に資する存在となっている。どんな小さな情報や学びでもQiitaにアウトプットすることで、成長につながり、誰かの役に立つかも知れない。投稿が大変なのであれば、コメントや変更リクエストでも貢献になるというのが及川氏の考えるQiitaの使い方だ。
技術者であれば、自身が投稿する内容が正しいかどうか気になるところだが、必ずしも正確である必要はない。「インターネットで正しい回答を得るために最善な方法とは、質問することではなく、間違った投稿をすることだ」というWiki創設者のカニンガム氏のコメントを引き合いに、及川氏は「最初から完成したモノを投稿するのではなく、間違いを前提にコミュニティに育ててもらえばよい」と指摘する。
日本オラクルでのQiita採用は情報が循環する風土のため
Qiitaは基本的にエンジニアが個人として投稿するものだが、組織としてQiitaの投稿を束ねる「Qiita Organization」という機能も持っている。投稿内容の簡単な統計をチェックでき、組織としてどのような知識やノウハウを集積しているのか、外からでも把握できるというメリットがある。
日本オラクルもQiita Oraganizationを活用している会社の1つだ。及川氏のセッション終了後にコメントした日本オラクル PaaSエバンジェリストの中嶋一樹氏は、「情報を外に出さなければならないという点は特に強く共感する。日本オラクルは優秀なエンジニアも多いけど、情報が中で閉じている。いい資料がいっぱいあるのに、外に公開できていない現状がある。これはもったいないなと思い、Qiitaに書いていくことにした」と語る。
Qiitaのメリットとしては、「マークダウンで書けるのも大きいけど、スライドのようにかっちり作らなくてよいので、障壁が低い。検証して成功したとか、失敗したという話でもメモ代わりに書いてほしいと社内では話している」と語る。また、前職のときからWebで調べ物すると、Qiitaに引っかかることが増えたという経験もあった。そのため、市場で今なにが起こっているか、プログラマーがなにを考えているかをつかむためにもQiitaは有益だという。「できる限り、外の風を中に入れて、中の人も外に出て、情報が循環する風土を作りたいなと思ったのが、Qiitaを使おうと思った最大の理由」と中嶋氏は語る。
会場からの「誰かに止められたわけでもないのに、情報を外に出すことにどうしても抵抗感がある」という意見に対して、及川氏は「エンジニアってもはや1つの組織に人生を費やしているわけではない。会社も中途採用を増やしている中で、エンジニアが業界で優秀であり続けてくれなければ、組織も強くなれない。情報を外に出すことによって個人が成長し、それによって企業がメリットを得られる方が多いと思う」と答える。
エンジニアの成長に対する及川氏の血肉の通った理論武装により、ますます成長を続けていきそうなQiitaと組織に風穴を開けるツールとしてQiitaを導入している日本オラクル。両者の意外な接点が垣間見えたユニークなセッション に、背広組の多い参加者もうなずいていた。