「いま、お客さまには1ヵ月以上お待ちいただき、商品の出荷をしている状態。大変なご迷惑をおかけしています」
そう言って頭を下げたのは、国産腕時計を製造・販売するベンチャー企業Knot(ノット)の遠藤弘満代表だ。設立は2014年3月。7月に腕時計に発売すると、秋ごろからクチコミが広がり、初年度生産分の5000本は4ヵ月足らずで完売した。
Knotが扱っているのはApple Watchのようなスマートウォッチではなく、いまでは珍しくなった完全な国産アナログウォッチ。しかも1万円台と破壊的に安い。直販モデルを中心に展開して実現した。ざっくりファクトリーブランドと言ってもいい。
「今までなら3倍程度してもおかしくない」と遠藤代表。「腕時計は高すぎた。われわれは流通を変え、メード・イン・ジャパンのデザインと品質に優れた腕時計のエントリーモデルを作る」
今までの腕時計は高すぎた
「ある有名カジュアルウォッチの製造原価は1500円程度だった。それをブランドによっては2万円以上で売っている」と遠藤代表は言う。
値段が高くなる理由の1つは中間流通だ。たとえば海外展開をしているファッションブランドの場合、部品メーカー・組み立て工場・本社・ライセンス元の4社が絡む。輸入代理店は仕入れコストに3割ほどの利益をのせ、小売店に5~6掛けで卸すのが常だ。
「一方、Knotの製造原価は他社の3倍強かけている。メッシュベルト1つをとっても厚みが倍ほどはある。ガラスもスイス製の高額時計などに使われる頑丈なサファイアガラスを使っている。同価格帯の製品はミネラルガラスで傷がつきやすい」
だが、国内工場は、ほぼ国内3大手の寡占状態。製造体制はどうしているのか。
代表いわく、かつて月産100万個超の生産体制を誇った国内の腕時計製造業は、いまや壊滅状態にある。機械や職人が残る数少ない工場を一軒一軒訪ね歩き、メード・イン・ジャパン・ウォッチの復活を訴え、製造を再開してもらっているのだそうだ。
昨年は半年で5000本の生産本数を確保したが、今年は月産1万本の増産を目指している。目標とするのは世界戦略だ。「メード・イン・ジャパン・ウォッチを100ドル台からカスタムオーダーで提供したい」と遠藤代表は意気込んでいる。
ビジネスモデルとしては、いわゆるユニクロ式の製造小売(SPA)の腕時計メーカーというわけである。
国内の腕時計業界で、SPA形式をとったのは同社がほぼ初めて。製品の企画、製造ラインの確保、流通・カスタマーサポートに至るまで、業界をよく知っていなければ実現不可能な仕組みだ。
おまけにKnot旗揚げにあたっては、セイコーの高級腕時計ブランド『グランドセイコー』企画者だった沼尾保秀氏を取締役アドバイザーとして招聘している。
遠藤代表はいったい何者なのか。
ルミノックス、スカーゲンの火つけ役
遠藤代表の前歴はじつに多彩だ。
初めは通販会社。その後、海外のレア物商品を紹介するテレビ番組でバイヤーを初体験。番組で製品を紹介すると瞬く間に話題となった。
そんなとき、テレビ番組側からのオファーでドイツに向かい、ある雑誌出版社の海外支社にいたN社長に出会う。当時、その会社が販売代理店になっていた時計を有名俳優との別注モデルにしたいと交渉した。
が、商談はあえなく決裂。
そのうえ「おまえは時計業界について何もわかっていない」と3時間以上の説教を受けた。しかし、そこでN社長に気に入られたのが腕時計業界への入り口だった。
N社長の指導を受けたのち、腕時計業界について本格的に勉強をはじめた遠藤代表。時計産業の難しさと面白さに惹かれ、最初に輸入代理を手がけたのはルミノックスだ。
ミリタリーウォッチでありながらデザインは抜群。放射性物質トリチウムが入っているため輸入は難しいと言われていたが、科学技術庁と交渉を重ねて、なんとか輸入に成功。見事に大ヒットした。
その後に手がけたのがデンマークの腕時計スカーゲンだ。シンプルなデザイン、こなれた価格はアジアでヒットする素地があると踏んだ。日本人の腕回りに合わせた独自ライン“Jモデル”を展開したところ、これまた当たった。
仕入れた商品はことごとく当たる。彗星のごとくあらわれたヒットメーカーとして、若き遠藤代表の名は時計業界に知れわたっていた。
だが、転機は突然訪れる。
次はどんな時計を売ってみようか──遠藤代表が考えをめぐらせていたとき、突如スカーゲンの販売権を失ったのだ。スカーゲンが海外の大手に買収され、遠藤代表は日本での販売権を失ってしまう。
ヒット商品『Jライン』も展開できない。急転直下の決定に遠藤代表が困惑していたとき、同じようにスカーゲンの権利を失った他国のディストロビューター仲間から言われた一言が、遠藤代表を起業の道へと導いた。
世界展開を前提に起業
「150ドル以下で購入できる、メード・イン・ジャパン・ウォッチが作れないか」
国内大手がGPSやソーラー電波など高機能時計の開発に注力した結果、価格は高くなる一方。アジアで「メード・イン・ジャパン」品質への評価が高まる裏で、普及帯の国産メード・イン・ジャパン・ウォッチは激減した。デザインも似たようなものばかりで、若者向けと言える製品も減ってしまった。
「アジアの中でもベトナム、インドネシア、フィリピンが豊かになってきているが平均月収は5万円以下。日本で5万円する腕時計は、向こうで言えば25万円相当ということになる。誰でも愛用できる、メード・イン・ジャパンのエントリーモデルを作ろう」と遠藤代表は決意した。
一方、スマートフォンの普及で“時計離れ”したといわれる日本の若者からも「質のいい日本の時計は欲しい」という声をよく聞いたという。
「『腕時計は欲しくないの?』と聞くと、『いいのがあったら欲しい』と答える。彼らは『良い出会いがない』から買っていない。時計愛好家じゃない限り、2万円以上は出せないというのが普通の感覚ではないか」
典型的なのはリクルートスタイルだと遠藤代表。
現在、リクルートスタイルの相場は5万円という。スーツに2万円、シャツ・革靴で1万円、ベルト・ネクタイも合わせれば4万円はすぐ超える。残りの1万円で買えるビジネスウォッチと言われても難しい。
需要があるのに、日本の腕時計は値上がりする一方だ。腕時計の流通総額は上がっていても流通台数は減っていく。それはひとえに購買層が上がっているためだ。
「若い子はお金をかけたくないと言っているのに、何十万円もする腕時計のプロモーションばかりしてきた」
新興国や若者など、マーケットサイズとしては小さいものの、腕時計そのものに感心は高い顧客層を狙いにできないか。そんな考えから、誰もが気軽に買える腕時計としてKnotが動きはじめた。
世界と日本をつなぐ役割に
順風満帆に見えるKnotだが、課題はある。生産ラインの増強だ。
現在は事実上「間借り」の形でラインを確保しているが、いざ大手が圧力をかけて生産を止めさせたら事業は終わりだ。ムーブメント供給元でもある国内大手メーカーとどう渡りをつけていくかが鍵になるだろう。
難局を乗り切った先に遠藤代表が実現させたいのは、腕時計を核として日本と世界をつないでいく世界だ。
Knotが今年から展開をはじめた「MUSUBUプロジェクト」は、栃木レザーや京都の組み紐など、日本の伝統工芸とコラボレーションした腕時計やベルトをつくっていこうというプロジェクトだ。
栃木レザーの『ベジタブルタンニンレザー』は、100日以上かけてじっくり仕上げた、世界中の高級ブランドからオーダーがあるプレミアム素材。知られざる日本の職人芸を、手にとりやすい値段と形で提供する。
「今まで高級ブランドのバッグ、着物の帯などにしか使われてこなかったプレミアム素材であるシルクの組み紐を、腕時計のベルトという新たな市場で展開していく。腕時計そのものの価格を上げることなく『ベルトの着せ替え』という概念で勝負したい」
さらにはピュア・メイド・イン・ジャパンにこだわった機械式時計への開発にも着手しているという。日本と海外、伝統と革新、本格と若者──時計をベースにあらゆる二項を結びあわせたい。その意志がKnot(つなぐ)という社名に込められているそうだ。
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