パートナーシップは互いのメリットが出ないとやらない
大谷:ベンダー協業だけでなく、パートナー制度の拡充もここ数年の動きですよね。
田中:日立公共システムさんとか、オービックオフィスオートメーション(OBA)さんなどは、自社のサービスはあるんだけど、自社でハードウェアの運用はしたくないというパートナーです。付加価値を標榜している他社だと組みにくいので、ベアメタル的な素のインフラが欲しいというニーズで、さくらに行き着いています。われわれの垂直統合インフラと先方の思惑が一致して、パートナーシップに至っています。
大谷:お互いの強みが出るところで、パートナーシップになっていると。
田中:そうです。だから、単なる再販パートナーは受付していないです。さくらは代理店をはさまないで、産地直送で売っているから安い。だから、当社のサービスと、パートナーのソリューションが組み合わさって、お客様に新たな価値が提供できるものに限っています。余計な販売コストではなく、ソリューションというSIerの本質的な価値が載せられるところをパートナーとして開拓しています。社数が少ないのはそういう理由ですし、当社が素のインフラで勝負するための施策です。

「パートナーシップは当社が素のインフラで勝負するための施策です」(田中)
当社はすべて自社でサービスを作っているので、柔軟性があります。お客様にあわせてサービスはおろか、インフラ自体を変えることができます。たとえば、お客様によっては、このハードウェア使ってくれないかという指定があります。普通のクラウド事業者はこういうニーズには対応できません。当社は専用サーバーだけど、カスタマイズのハードウェアというサービスも可能ですし、さくらが他社に勝てる理由の1つでもあります。
大谷:日本ラッドさんの事業統合とかもありましたね。私もFacebookで中小のISPを大手が巻き取っていった10年前を思い出すとか書きましたけど、さくらさんが意図的に事業統合しているところもあるんでしょうか?
田中:能動的に巻き取っているというところは確かにあります。この現状は2~3年くらい前には予想していて、それに対して準備しないといけないと思っていました。なので、3年くらい前にM&Aの部隊を立ち上げ、営業部門でも事業譲渡の話を受け付けるようになりました。
とはいえ、統合がすべてにおいてよいとは思っていません。たとえば、地方プロバイダーっていまだに元気なところは元気。回線事業だけではなく、地元企業のコンサルティングやWeb制作など、いろいろやることで生き残っているんですが、こうした会社があると地方でもきちんとITの仕事が残るんです。それを排除するのはやはりよくない。地域でがんばってやっている仕事を東京に持ってくるような行為は、われわれのポリシーに反します。だから、今後はインフラをOEMで提供して、地方プロバイダーが運用管理するというモデルもありえます。
その点、われわれは東京や大阪などで統合した方がエンジニアのやりがいにもつながる場合に事業を統合しています。集まることでメリットを得られた方がいい。5人で50台管理するより、5人で何万台を管理した方が効率的だし、投資があるので、エンジニアも楽しい。むしろその目線ですね。
大谷:事業譲渡の意図は、ビジネス目線だけではなく、エンジニア目線もあるんですね。買収した会社はさくらとどう統合されるんですか?
田中:たとえば過去に統合したJoe'sクラウドコンピューティングも買収したからといって、ブランドを変えることもなく、投資もしています。データセンターもIDCフロンティアを使っており、今のところうちに統合する予定もない。さくらにはデータセンターの運用に長けた人が多いので、IDCFのデータセンターでラックやサーバー整備を行なっています(笑)。
一方で、無駄な回線や広告はやめました。無駄な投資がなくなるだけで、利益率は上がるんです。Joe'sに関しては買収時点では債務超過だったのが、利益を出せるようになりました。
北の大地の研究開発はやっぱり「やりたいから」
大谷:最後に新しい技術への取り組みを聞きたいです。超伝導や太陽光発電、直流給電などの技術が、そろそろ北の大地に芽吹いて来ているのかなと。
田中:IT業界で当社が特殊なところは固定費比率が高いところ。エンジニアも、回線も、データセンターもすべて自社で抱えています。だからこの固定費内で埋没させられることっていっぱいあるんです。ラックいくら使っても、電気代くらいしかかからないし、お客様が来たら、実験機器どかせばいいので。埋没コストの中で自由にできるというメリットはあります。石狩データセンターの超伝導の実験も空いている土地でやっているので、コストかからないです。
大谷:東京だとそもそも空いている土地自体がないです。こういう施策はR&Dという範疇に入るんですよね。
田中:弊社のR&Dは2つあります。1つは専門の研究者がやっていくもの。こちらはKVMや100GbEなど特定のテーマを抱えてやっています。もう1つは各事業部が余剰の時間を活かしてチャレンジしてみようというもの。超伝導も元ネタは私が持っていきましたが、今は基盤戦略部に業務として実験してもらっています。
大谷:先日、サイボウズの新オフィスに取材行ってきて、投資の効果を聞いたら、「働き方をアピールする広告宣伝費と考えれば安いもの」みたいな答えが返ってきました。御社のR&Dも短期的なリターンを求めるものではないと思いますが、意図としてはどういったものなんですか?
田中:確かに「広告宣伝費と考えれば安いもの」というのが、社内的なエクスキューズです。実際、いろいろなところから取材もいただけましたし。でも、(サイボウズの)青野さんも本当はやりたいからやっているだけだと思いますよ(笑)。こんな場所に会社があったら、こんな人が集まってみたいなイメージがあるんでしょう。
大谷:私もそう思います(笑)。青野さんは「利益を考えつつ、男のロマンを追い続ける」タイプなのではないかと。
田中:企業なので、利益を出さなければならないのは事実です。でも、大いなる目的が利益というわけでもないです。だから、自分たちでやりたいことをやって、プラスαできちんとベネフィット(利益や便益)を出すことが重要です。受託開発だと、こういう研究開発やコミュニティに割ける時間はできない。当社は自社で社員を抱えているし、1時間多く働いたからといって、その分収益が増える仕事でもないので。
研究開発に関しては、将来役に立つ“かも”、10のうち1つが当たる“かも”でしかない。でも、こうした研究開発がサービスの立ち上げに役立っている実績あります。VPSに関しても、もともとKVMのカーネルチューニングをやってましたし、私が仮想化反対していても、部門は勝手に仮想化の研究すでにしてましたからね(笑)。さくらのクラウドに関しても、UIの研究者がコンソール作ったし、ストレージで失敗した後も、研究やっていた人間がいたので、1年以内に自社ストレージで復活できました。
寛容じゃないサービスは生き残れない
大谷:ユーザーグループもそうですが、直近だとクラウド事業者がスタートアップを囲い込む活動が活発化しています。御社もスタートアップ支援は積極的ですね。
田中:それに関しては、そもそもスタートアップは囲い込むものじゃないというのが意見ですね。先日、あるスタートアッププログラムに入ったら、他社のクラウドは解約しろと言われたというタイムラインありましたね。
寛容でないサービスは生き残れないと思うんですよ。「自由」「寛容」「多様」「オープン」という4つのキーワードは、企業においても、サービスにおいても重要。その点、囲い込みは寛容ではないですよね。うちはスタートアップを支援した結果、抜けられることも多い。もちろん無料期間を超えても使ってもらいたいとは思いますが、抜けられるのを阻むことはしませんし、そもそもできません。
大谷:AWSの人とか、Azureの人とか決まってしまって、壁ができるとつまらないですしね。
田中:JAWS-UGの成功を見て始まった最近のユーザーグループは、マーケティング的で、排他的なところも多い。でも、私は本来的にコミュニティは「ファイル」ではダメで、「タグ」であるべきという話をします。フォルダはファイルを囲い込むけど、タグってフォルダだってまたぐことができる。
大谷:田中さんっぽい表現ですね。
田中:鹿児島で立ち上がったさくらクラブは「さくら」というタグではなく、「鹿児島」というタグを付けたかったんです。さくらのコミュニティは排他的なものではなく、AWSなり、Azureなり、さくらなりのいろんなタグが付いた人が参加できるという認知を拡げたいと思います。
