書籍と雑誌の売上は1997年の2兆4790億円をピークに減り続け、2012年にはピーク時の半分未満の1兆2080億円にまで縮小した(経済産業省・商業統計)。市場規模はすでに1970年代後半に近いが、2014年に1050億円の電子書籍市場が矢野経済研究所の予測どおり2017年に1910億円になったとしても、書籍と雑誌の売上が現在の水準を維持できるかどうかは定かでない。
書籍と雑誌の売上高、販売部数、書店の店舗数、総売場面積を読み解くと、アマゾンドットコムの日本上陸(2000年)に象徴的なネット環境の普及だけが原因ではないことが分かる。商業統計によれば、そもそも書店数のピークはバブル崩壊前の1988年。ただし、全国の書店の総売場面積は1970年代から2007年まで増え続けており、品ぞろえを強化した大型店舗が小型書店の商圏を飲み込み、1997年までは市場が拡大したことが分かる。
しかし、売場面積の拡大路線は2007年度を境に変質する。300坪未満の中小規模店が減少し、300坪以上の大型書店は2013年も対前年で増加したため、全国の書店数や総売場面積が減少する一方で、平均売場面積は増えているのだ。特に1000坪以上の超大型店舗は2003年の38店から2013年には88店に2.3倍も増加している。
込み入った話になってきたので整理すると、出版業界が15年間で市場規模を半分に減らした原因は2つあるのではないか、という話をしたい。
- 商店街や幹線道路沿いの郊外書店が減り、ターミナル駅近くやモール内の超大型店舗が増えたため、近所の本屋に日常的に本を買いに行きにくくなっているのではないか?
- 書籍、雑誌の2大商材だけで300坪未満の中小規模書店を新規開店、維持しにくくなっているのはないか?
もちろん、書籍や雑誌を読む年代(ほぼ生産年齢)が減ったこと、インターネットの普及で書籍・雑誌だけが情報収集、エンターテインメントの手段ではなくなったことなど、原因は他にもある。ただ、問題が明らかになれば、対策を考えればよい。そのひとつがビーコンだ。
清水誠さんの書籍『[清水式]ビジュアルWeb解析』の宣伝をかねて、ビーコンで書店の魅力を高める構想をコラムで書いたのが4月。その後、明日7月1日から東京ビッグサイトで開催される東京国際ブックフェア2015でビーコンを展示したい、専用アプリを作って欲しいという社内依頼があった。私の広げた大風呂敷そのままではないが「書店にビーコンを置くと、こういうことができる」というサンプルアプリを開発。アップルの審査が順調だったので、App Storeで「KADOKAWA東京国際ブックフェア2015」としてすでに公開されている。
アプリ開発に協力してくれたのが恵比寿のIT企業、ウェブクルーだ。子会社の小肥羊ジャパンが運営する中国火鍋専門店「小肥羊」でお客さまの在店をビーコンで確認し、アプリで注文できるサービスを展開するなど、ビーコンの利用に積極的なことで知られる。書店のIT化をビーコンで進めたいKADOKAWAの構想に、いろいろな味付けをして提案してくれた。
ただし、こういう構想は他社も考えているだろう。一番ショックが大きいのはシアトル系の巨大企業2社が手を組み「Kindleカフェ by スターバックス」のようなサービスを始めることだ。まず、ビーコンがあればどんな場所でも電子書籍を試し読んで購入できる。書店が増えるのと同じだ。さらに、美容院や銀行、病院の待合室など、かつて雑誌が置かれた場所も「Kindleカフェ」になってしまったら、リアル企業のオムニチャネル戦略は困ったことになる。ネット書店の最大の問題は全部の試し読みができないこと。ビーコンが、立ち読みという書店が本来持っていた集客機能を強化し、規約違反のブーストに頼らずアプリをインストールし、お客様が使い続ける動機を作る。マーケティングのための情報を収集(もちろん同意を得て)したり、プロモーションをしかけたりするプラットフォームになる。
既存書店も切り崩されるかもしれない。ビーコン書店をKindleカフェに指定すれば、書店は紙の本以外に、映像やゲームなどのコンテンツを販売できる。荷物の受け取り場所にもできるだろう。商品が動かないジャンルの棚を撤去し、カフェスペースに改造すれば、書店は、コーヒーやお菓子、軽食を扱うサードプレイスに変わる。ドラえもんにはマンガを立ち読みするのび太が店主にはたきで追い払われるシーンがあるが、シュリンクラップされて以来、書店は子どもに入りにくい場所になった。シャッター通りの空き店舗をKindleカフェにすれば、マンガ読み放題、辞書使い放題の子どもの居場所ができる。未来の顧客を時間をかけて育成されたら、もうかなわない。
ビーコンだけで出版業界の危機が解決できるとは思わない。だが、何かが起きそうだ。