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プラットフォーム学~先端事例から学ぶ、社会実装の現在点

自然という巨大なシステムを社会に接続する 参加型プラットフォームが生み出す生物多様性の保全

2026年03月07日 09時00分更新

文● ASCII

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学生たちとのディスカッション

 京都大学 プラットフォーム学卓越大学院プログラムの学生向けイベントでは毎回登壇者と学生たちによるコミュニケーションを図る目的で、講演の後に質疑応答の時間が設けられている。今回のセミナーにおいても学生たちから多数の質問が寄せられ、藤木氏がそれに答えている。その一部分を紹介しよう。

生物研究をビジネスにするということ

学生からの質問:生物系の研究をしていると、それをどうお金に変えていくのか難しいと感じます。バイオームを立ち上げたとき、どこに可能性を見出したのでしょうか。

藤木氏:正直に言うと、僕も最初はよく分かっていませんでした。生態学や生物多様性がビジネスになるという思いはあったものの、具体的にどう収益化できるのかは見えていなかったんです。

そこで僕が考えたのは、とにかく裾野を広くすることでした。分からないなら可能性を狭めない方がいいと思ったんです。起業当初は「魚に絞って釣りアプリを作ったらどうか」などのアドバイスも受けましたが、僕は絞ったら負けると感じました。

そこで生き物全体を対象にしたデータプラットフォームを作ることにしました。もちろんその分コストはかかりますが、市民参加型でデータを集める仕組みを作ることで、コストを抑えながら広い領域をカバーできるようにしました。

その結果、現在ではグリーンインフラやエコツーリズム、外来種対策、密猟・盗掘対策など、さまざまな分野でデータが活用されるようになっています。もし最初に釣りアプリに絞っていたら、こうした展開はできなかったと思います。

最初から「これなら必ず勝てる」というビジネスが見えることはほとんどありません。だからこそ、さまざまな可能性を受け止められるプラットフォームを作ることが重要だと考えています。

企業・行政・市民、それぞれの役割

学生からの質問:企業として生物多様性の取り組みを進める中で、行政でないとできないことや、企業の限界を感じる場面はありますか。

藤木氏:それはたくさんあります。どうしても収益性が立たない領域というのは存在します。例えば環境省が行っている植生図の作成は、日本全国の植生パターンを現地調査してデータベース化し、10年や15年の単位で更新し続けるという非常に大規模な取り組みです。

もし同じことを企業がやれと言われても、採算はまず合いません。おそらく何十億円という費用がかかる一方で、直接的な収益はほとんど見込めないからです。しかしそのデータは日本にとって非常に重要な基盤になっています。

その意味では、企業が担うべき領域、行政が担うべき領域、そしてボランティアやNPO、NGOが担うべき領域がそれぞれあると思っています。地域の生物保全は、実際にはこうした市民活動によって支えられている部分も大きいです。

だからこそ、生物多様性の分野では産官学民が連携しながら役割分担していくことが不可欠だと感じています。

生き物アプリはどうやって広がったのか

学生からの質問:アプリ「Biome」は現在多くの人に使われていますが、そこに至るまでにどのような工夫をしてきたのでしょうか。

藤木氏:テクニカルなものから哲学的なものまで、いろいろあります。まず大きいのは、ユーザーにとってこのアプリを使うことで人生が少し豊かになる、楽しいと感じてもらえるものにするという考え方です。そうした体験をどう作るかということを、最初から意識していました。

もう一つ意識していたのは、人の「可処分時間」です。休日に余った時間があったとき、人は映画を見に行くかもしれないし、アニメを見るかもしれないし、釣りに行くかもしれない。その中に「Biomeを使う」という選択肢を入れてもらわないといけません。

そこで僕たちは「マイクロアウトドア」というコンセプトを作りました。例えば釣りをしているときや散歩しているときなど、別の活動をしながらでも使えるようにすることで、他の趣味と競合しない形でアプリを使ってもらえるようにしたんです。

技術的な面では、アプリをリリースするタイミングでランキングに載ることも意識しました。ランキングに一度入るとダウンロードが増え、さらにランキングに入り続けるという好循環が生まれます。リリース当日は知り合いにも協力してもらい、とにかくダウンロードを集めてランキングに入ることを目標にしました。

またスタートアップなので広告費を大きくかけられないため、企業とのコラボレーションも積極的に行いました。大企業とのキャンペーンなどを実施することで、パートナー企業にアプリを紹介してもらい、広く知ってもらう仕組みを作っていきました。

スタートアップと投資家の関係

学生からの質問:資金調達をすると投資家など多くのステークホルダーが関わってくると思います。IPOを急ぐようなプレッシャーなどはあるのでしょうか。

藤木氏:スタートアップでは、IPOを急げという圧力がかかることはよくあります。ただバイオームの場合は、ほとんどそういうプレッシャーはありません。

というのも、投資を受ける段階で、僕たちはかなり丁寧に説明をしてきました。生物多様性という分野は短期的に大きな利益が出るビジネスではありません。その前提を理解したうえで投資してもらっているので、短期の収益を強く求める投資家はあまりいないんです。

もちろんファンドには期限があるので、株式を他の投資家に移すセカンダリー取引が行われることはあります。ただバイオームの場合は会社が成長して株価も上がっているので、投資家側としても利益が出ています。そうなると特に不満が出ることもありません。

結局のところ、会社が着実に成長している限り、強いプレッシャーを受けることはあまりないというのが実感です。

 藤木氏に今回の講演と学生たちとの質疑応答について尋ねたところ、「生物から起業まで幅広い質問で、興味関心の広さに驚きました。広く世の中のことに関心を持てることは素晴らしい資質ですので、その感性をこれからも大切にしてください」と言い、「核心を突く質問ばかりで、少しでも自分の糧になる情報を得ようという意思が伝わり、とても頼もしく感じました」とコメント。そして「世の中に残されている様々な課題を解決できるよう、私自身も頑張りますし、皆様もぜひためらわずにチャレンジしていってくれれば嬉しいです。これから社会に出て、仕事をする中でぜひ何かでご一緒できることを願っています」と感想を述べた。

 自然情報を社会の基盤として再構築するバイオームの取り組みは、研究者、市民、企業、行政が同じデータ基盤上で関わり合う新たなプラットフォームと見ることもできる。生物多様性を可視化し、意思決定に組み込むためには、技術だけでなく、様々なレベルの参加者が継続的に接続する構造が必要だろう。

 新たなプラットフォームの構築を学ぶ学生が、必要とされる技術やユースケースのひとつとしてバイオームの事例を知ることは有益な点が多いのではないだろうか。

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