自然という巨大なシステムを社会に接続する 参加型プラットフォームが生み出す生物多様性の保全
2026年03月07日 09時00分更新
「様々なアプリケーションが依存・共存する基盤」であるプラットフォーム。プラットフォーム学ではこうしたプラットフォームの構築に携われる人材を育成する観点からも、ケーススタディーの提供に力を入れている。
京都大学 プラットフォーム学卓越大学院プログラムでは2026年3月に「生物多様性をビジネスに -市民科学プラットフォームの構築-」と題した学生向けのイベントを開催。生物多様性分野に15年携わり、ボルネオ島の熱帯林にて2年以上野宿生活をする中で、環境保全を事業化することを決意して設立したバイオームの代表取締役 藤木庄五郎氏を講師に迎え、学生たちとコミュニケーションを取りながら、生物多様性とその保全の現況や市民参加による自然のインフラ化について議論した。
生物多様性の現実と、ボルネオで見えた研究の限界
セミナーに登壇した藤木氏はバイオームを起業した当初、投資家から「京都に生き物好きのバカがいる」と揶揄されるほどのいきもの好きで、本人も「生物多様性にしか関心がなく、いきものが織りなす生物多様性は究極のシステムと思っていて、人生をかけて生物多様性喪失の問題に取り組んできた」と語る。その研究は京都大学大学院時代から始まり、実務としてすでに15年間、生物多様性分野に携わっている。
その藤木氏からまず語られたのは、地球規模で進行している生物多様性喪失の現状だ。2019年に国連のIPBESが発表した報告書では、約100万種の生物が絶滅の危機にあると指摘されている。また、脊椎動物の個体群は過去数十年で73%減少したというWWFの報告もあり、「完新世大量絶滅」とも呼ばれる急速な種の減少は、地球の生態系そのものの持続性が問われる段階に入っていると藤木氏は訴える。
国際社会で進めてきた対策はもちろんある。2010年には愛知県で開催されたCOP10(生物多様性条約 第10回 締約国会議)で「愛知ターゲット」と呼ばれる20の目標が設定されたが、10年後、完全達成は0、達成度が一定程度認められたものもわずかで、ほとんど成果が上がらなかったという。2022年のCOP15で新たな国際目標も定められたが、会議では「この10年が最後のチャンスになる」と、強い危機感が共有されていたという。
藤木氏がこうした生物多様性喪失の問題に取り組むことになったターニングポイントは、京都大学大学院時代に行ったボルネオ島でのフィールドワークだという。ボルネオ島は世界有数の生物多様性ホットスポットとして知られているが、その一方で森林破壊が急速に進んでいる。藤木氏はこの地域で生物の分布を調査するため、累計2年以上にわたって現地に滞在し、ほぼ野宿に近い生活を送りながら調査を続けた。
道のない森林を歩き続け、船で河川を移動し、簡易なテントを張って生活する調査は過酷な環境で、食料の確保も容易ではなく、現地の人々とともに狩猟をしながら調査した。その過酷さに、雇った作業員が耐えきれず夜逃げしたり、マラリアやデング熱で離脱者が出たり、最初は10人ほどで行っていた調査が、気がつくと3人だけになっていたという。藤木氏自身も熱病にかかり、ハエにたかられても体が動かせないほどの危険な状況に陥ったり、巨大なヘビや毒を持つ生物など、命の危険と隣り合わせだったという藤木氏の生々しい体験談はとても印象的だった。
このフィールドワークでは、森林のどの場所にどのような種が生息しているのかを現地調査で記録し、それを衛星画像の情報と組み合わせて生物多様性の分布を地図として可視化する「衛星リモートセンシング」による技術を開発した。データを衛星画像と組み合わせることで、生物多様性が高い地域と低い地域を比較可能な形で評価することができる仕組みで、数値化(デジタル化)が難しかった生態系の状態を数値として表現することが可能になった。
「壊すと儲かる」という社会構造
衛星リモートセンシングによる生物多様性の定量化という研究成果を得た藤木氏は、一つの壁にぶつかる。それは、生物多様性の問題の本質が、単にデータや知見の不足ではないという点だ。ボルネオの森林が、わずか数年の間に景観が一変するほど森林伐採が進み、鬱蒼と生い茂っていた熱帯林が、地平線まで見渡せる草地へと変わった現地の様子を目の当たりにした藤木氏は「なぜここまで徹底して森林が伐採されるのか」と強く考えるようになったと語る。
この自然破壊の原因は、木を伐って売ることによる利益。森林を伐採し、土地を農地やプランテーションなど別の用途に転換すれば経済的利益が生まれる。藤木氏は、現在の社会構造では「環境を壊すと儲かる力」が強く働いており、生物多様性保全が進まない根本的な理由だと感じたという。
研究が進み、科学的知見が蓄積されても、経済的なインセンティブが逆方向に働いている限り、森林破壊は止まらない。研究者として自然の状態を正確に記録するだけでは、この問題を解決することはできないのではないかと考え、「環境を壊すと儲かる」という構造を逆転させるという発想にたどりつく。
もし、環境を守ることで利益が生まれる仕組みを作ることができれば、生物多様性の保全は一気に進む可能性がある。破壊のスピードが速いのであれば、その力を逆向きに働かせればよい。環境保全を営利事業として成立させるモデルが作れれば、同じ仕組みを真似する企業が現れて広がっていく。その連鎖を生み出すことで、社会全体の構造を変えるという発想から生まれたのが、藤木氏が設立した生物多様性データプラットフォームを運営するバイオームだ。
インターネットではGAFAと呼ばれる巨大なプラットフォームが構築されている。その成り立ちは、Facebookは人間関係をデジタル化し、Xは社会の議論や意見をデジタル空間に集約し、Amazonは商品流通をデジタル化した。そしてGoogleは、それら膨大な情報を検索可能な形で整理することで巨大なプラットフォームを築いてきたと藤木氏は語る。
このプラットフォームに共通しているのは、現実世界に存在していたものをデジタル化し、社会の中で活用できる基盤へと変換したことだ。藤木氏は、生物多様性や自然環境も同じようにデジタル化することで、新たな価値を生み出す基盤になるのではないかと考えた。もし自然資本の情報をデータとして蓄積し、誰もが参照できる形で社会に提供できれば、その情報は企業活動や政策判断の中にも組み込まれていく。この発想から「自然資本のデジタルプラットフォーム」を構築するために生まれたのが、いきものコレクションアプリ「Biome」だ。

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