京都大学 プラットフォーム学卓越大学院プログラムでは2026年1月に「スタートアップとプラットフォーム」と題した学生向けのイベントを開催した。
社会課題を解決するために起業するスタートアップ。2000年代からシリコンバレーを拠点にスタートアップと向き合い、世界中のスタートアップと対話してきたスタートアップエコシステム協会 代表理事の藤本あゆみ氏を講師に迎え、学生たちとコミュケーションを取りながら、スタートアップビジネスの現在地点や可能性について議論した。
世界各国のスタートアップやエコシステム関係者と対話を続ける藤本氏
セミナーに登壇した藤本氏は2000年代にGoogleに所属し、急成長する企業や起業家たちが集まる環境の中で、スタートアップがどのように生まれ、どのように成長していくのかを間近で見てきた。単にプロダクトや技術を見るのではなく、企業が次の段階へ進んでいく過程そのものに触れてきた経験は、その後の活動の基盤となった。
昨年だけで20ヵ国を訪問したという藤本氏。世界各国のスタートアップハブの関係者との対話を通じて、特定の成功モデルを外から眺めるのではなく、地域ごとに異なるスタートアップのあり方、その支援の方法、制度や文化の違い、どのような条件のもとでスタートアップが動いているのかといった見聞を広めてきた。その成果は本セミナーでも存分に披露された。
藤本氏自身はスタートアップそのものを立ち上げる立場ではなく、その成長を支える側、そしてエコシステム全体を俯瞰する立ち位置にいる。スタートアップ、企業、大学、投資家といった複数のプレイヤーが関わる中で、どこに課題があり、どこが機能していないのかを整理し、次につなげていく役割を担っている。
成長こそがスタートアップに求められる
ここで簡単にスタートアップ企業とは何かについて振り返っておこう。単に新しい会社や小規模な事業ではない。また、最初から完成された形を持つものではなく、試行錯誤を重ねながら成長の方向性をとにかく速く探り続ける存在であると藤本氏は語る。技術やアイデアの新しさそのものよりも、事業として成立させ、次の段階へと進んでいく過程そのものが重要だ。
成長とは、一時的な成功や短期的な成果を指すわけではない。一定のフェーズごとに求められる役割やスキルが変化し、その都度、組織や事業の形を変えながら進んでいくことがスタートアップである。成長の過程、すなわち創業期、拡大期、その先の段階で必要とされる要件は異なり、その連続的な変化の積み重ねこそ成長だと説明した。
しかし日本のスタートアップは、この成長のプロセスが十分に機能しているとは言えない。スタートアップ自体は増えているものの、次の段階へ進む際の経験や知識が十分に共有されていないケースも多く、結果として個別の成功や失敗が点として存在し、それが次につながりにくい構造になっているという。
特に日本において問題となるのは、成長の途中で直面する課題に対する理解や支援が限定的である点だ。事業が伸び悩んだり、方向転換が必要になったりした際に、本来必要な試行錯誤のプロセスが中断してしまうことも少なくない。それもまた成長には必要な要素なのである。藤本氏は、日本ではスタートアップ個々の挑戦が存在する一方で、それらが連続した成長の流れとして積み上がりにくい傾向があると分析していた。
各プレイヤーがそれぞれの役割を果たすことが重要なエコシステム
「エコシステム」という言葉は広く用いられているが、その意味が十分に整理されていない側面もある。産業におけるエコシステムとは、特定の企業や組織、あるいは制度そのものを指す言葉ではなく、複数の主体が相互に関係し合いながら価値を生み出していく“構造”を指す概念だが、この考え方は、まさに生態系という言葉と重なる。
日本ではスタートアップをエコシステムの中心に置いて考えがちであると藤本氏は指摘する。スタートアップが真ん中にあり、周囲がそれを支援するという構図で語られることが多いが、グローバルな視点では必ずしもそのようには捉えられていない。生態系においては、ある一種の生物を中心に物事が回るのではなく、環境や他の生物との相互作用によって全体が成立している。スタートアップのエコシステムも同様で、スタートアップ企業単体が重要なのではなく、それを取り巻く大学、研究機関、企業、投資家、行政などが有機的に関わらないと機能しないということだ。スタートアップは支援される存在であると同時に、エコシステムを構成し、更新していく側の一要素だという。
エコシステムを構成する各プレイヤーには、それぞれ異なる役割がある。大学や研究機関は、知識や技術、人材を生み出す源泉として位置づけられ、研究成果や人材がエコシステムの中に流れ込むことで、新しい事業や技術の芽が生まれる。企業は、スタートアップと単に競争する存在ではなく、連携しながら新しい価値を生み出す役割を担う。大企業とスタートアップが協力して新たな市場や事業をつくることは、エコシステムの中では自然な動きである。
エコシステムのプレイヤーの中で、投資家、とりわけベンチャーキャピタルは、金融機関とは異なる役割を持つ存在だ。成功が確約されていない段階の企業に資金(リスクマネー)を投じ、その成長に賭けることで、エコシステム全体の厚みが増していく。政府や自治体もまた、資金や制度面で関与することで、エコシステムの一部として機能する。
エコシステムと近い文脈で語られるプラットフォームは、エコシステムと完全に切り離された概念ではないとしながらも、その性質には明確な違いがあると藤本氏は語る。プラットフォームは、一定のルールや基盤を提供し、その上で他のプレイヤーが活動できる場を整える存在だ。そして、プラットフォームが比較的構造の明確な仕組みであるのに対し、エコシステムは競争と協調を繰り返しながら進化していく動的な存在である。エコシステムは、最初から設計されて完成するものではなく、結果として形成されていく。シリコンバレーも、エコシステムを意図的につくろうとして生まれたわけではなく、産業、人材、資本が長い時間をかけて循環した結果として成立した。
藤本氏は、単一のプラットフォームを整備するだけではエコシステムは成立しないといい、大学、企業、投資家、スタートアップといった各プレイヤーが、それぞれの役割を持ちながら相互に作用し続ける関係性が重要で、誰かが主導して完成させる仕組みではなく、関わる全ての主体によって更新され続ける構造がエコシステムであると定義した。

この連載の記事
-
第2回
ビジネス
全成分を資源循環させるリサイクル技術、持続可能な社会の実現に関わるプラットフォームへのヒントは? -
ビジネス
ウェルビーイング時代の経営デザイン 時代の変遷と知財がもたらすこれからの戦略 - この連載の一覧へ












