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生成AIがもたらすプロジェクトマネジメントの未来 PMIソヒュン・カン氏が語るAI時代のマネジメント論

2025年10月06日 11時00分更新

文● MOVIEW 清水 編集●清水/ASCII

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PMIのアジア太平洋地域リージョナル マネージング ディレクター ソヒュン・カン氏

 コロナ禍が終息し、生成AIが急速に普及する、世界的に大きな社会変化を迎えている現在。その影響はプロジェクトマネジメントの現場にも大きな変化をもたらしている。これまでプロジェクトの成功基準とされてきた「スコープ・予算・期間」は、「社会や顧客に価値を届けること」へと変化し、その成功へのアプローチから見直す必要に迫られている。

 今回、プロジェクトマネジメントの国際的標準の策定、国際資格の認定などを行っているPMI(プロジェクトマネジメント協会)のアジア太平洋地域リージョナル マネージング ディレクター ソヒュン・カン氏が来日。日本におけるプロジェクトマネジメントの現状や、生成AI時代を迎えた、これからのプロジェクトマネジメントについてお話しを伺った。

グローバルな社会変化と日本のプロジェクトマネジメント

変化の波は日本だけでなく世界的な傾向

――まずプロジェクトマネジメントの実情についてお伺いします。新型コロナウイルス感染症の拡大が終息をむかえ、社会そのものや働き方自体も変化していますが、プロジェクトマネジメントにおいて変化はありましたか

カン:新型コロナウイルス感染症の影響で最も大きかったのは、多くの企業がリモートワークを導入したことです。そのことがプロジェクトマネジメントに与えた影響は二つあります。

 第一に、コロナ以前からプロジェクトチームはリモートワークに慣れていたという点です。プロジェクトチームは一時的に編成されるため、異なる場所から人材を確保して協働する必要がありました。そのため、コロナ禍における働き方の変化も比較的スムーズに移行できました。

 もう一つは、コロナ禍をきっかけにデジタルトランスフォーメーションが急速に進んだことです。人々が職場に出勤できなくなり、企業はデジタル時代において競争力を維持するために、新たな技術を様々な事業領域に導入・統合し、ビジネスモデルの再構築、それに応じてプロセス、サービス、製品を変更せざるを得なくなりました。デジタル化が不可欠となったため、それまで遠隔化に消極的だった業界も大きく変化しました。例えば建設業界、特に大規模プロジェクトではリモートワークが困難で現場常駐が必要ですが、それでも変化の波は押し寄せています。業界ごとに事情は異なりますが、これは日本だけでなく世界的な傾向だといえます。

――日本はアジアの中でも働き方やプロジェクトの進め方が独特だと思うのですが、どのように捉えられていますか

カン:プロジェクト管理手法には大きく二つの流れがあります。一つは従来型、いわゆる「ウォーターフォール」と呼ばれる方法で、計画から実行、モニタリングへと順を追って進める予測型アプローチです。これは非常にプロセス志向のアプローチで、特に日本の製造業では長く採用されてきました。他のアジア企業と比べても、日本企業は予測型アプローチの導入に非常に長けていたといえるでしょう。

 もう一つはアジャイル型アプローチや適応型ワークスタイルで、その組み合わせも存在します。トヨタが確立したかんばん方式はその代表例で、かんばん方式自体は完全なプロセス志向ではなく、むしろアジャイルや反復型の性質を持っています。日本はこの分野でも最先端を走っており、特にデジタルトランスフォーメーションの中で導入が加速しました。新しい働き方、とりわけアジャイル手法の普及において、日本はとても印象的な成果を上げています。

――プロジェクトマネジメントにおいて日本と他国の違いはありますか

カン:日本国内のプロジェクトチームでは、どんな手法を組み合わせても「プロセス」に対する共通認識があることが他の国々との大きな違いです。しかし、日本企業がグローバルに展開すると事情は変わります。例えばベトナムでは柔軟すぎる文化がある一方で、日本は硬直的だと指摘されることもあります。文化的要素が影響するため、グローバルに活動する際には新たな基準やプロセスの調整が必要となります。

 PMIが提供するPMP認定資格は世界的に有名で、会員数は年率5~10%で安定的に成長しています。特にコロナ禍では、日本市場が世界最高レベルの成長率を記録しました。日本は当社にとって最も重要な市場の一つであり、他の先進国経済圏よりも高い成長率を維持しています。

社会変化に伴って大きく変わった「成功」の定義

「成功」の定義はプロジェクトから価値を提供できたかどうか

――プロジェクトマネジメントにおける「成功」の定義とは何でしょうか。

カン:従来はプロジェクトがスコープ、つまり「何を行い」「何をしないか」を管理し、予算と期間内に収まれば「成功」とされていました。これはいわゆる「トリプル・コンストレイント」、スコープ・予算・期間を満たすことです。これが昔の成功定義でした。

 現代では、プロジェクトは非常に複雑化し、種類によって大きく異なります。例えばITプロジェクトなら3ヵ月で完了することもありますが、インフラや国家規模のプロジェクトは5年、10年とかかることもあります。そのため、プロジェクト開始前や1年後の目標を正確に予測するのは難しく、成果提供までの期間は長期化し、関与するステークホルダーも拡大しています。昔は小規模チームで、上司やクライアントだけがステークホルダーでしたが、現在では政府、さらには複数の国が関与する、大規模かつ複雑なプロジェクトも存在します。

――これまでとは「成功」を定義するものが変わったということですね

カン:昨年、プロジェクト成功の定義について最大規模の調査が行われました。その調査報告書によると、新たな定義は「投入した労力と費用に見合う価値を提供したプロジェクト」です。つまり、努力や費用を上回る価値を提供することが求められています。

 ここで重要なのは、製品や成果はステークホルダーにとって価値として認識される必要があるという点です。スコープや予算、納期を満たしていても、最終的にステークホルダーが価値を感じなければ、それは成功とはいえません。逆に、スケジュール変更があったとしても「結果的に大きな価値をもたらした」とステークホルダーが認識すれば、それは失敗ではなく「変更」として受け止められます。

 予算が変わらない場合もあれば、新しい技術導入で資材費やスコープが変化することもあります。重要なのは、最終的に価値を提供できるかどうかです。最終顧客やステークホルダーに価値を届けられれば、それが「成功したプロジェクト」だといえます。

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