コイン式Wi-Fi提供システムは
安価なハードやソフトウェアの組み合わせで自作できる
というのも、Piso WiFiを含めコイン式の公衆無線LANは、特定企業によるサービスではない。回線の契約者が、コイン式公衆無線LANキットを買って自ら設置し、サービスを展開するという仕組みなのだ。データ通信をシェアして、その通信料の一部を払ってもらうモデルとも言える。誰でも設置できるので、「サリサリストア」と呼ばれる軽食も食べられる個人商店などでは副収入が得られ、場所や環境次第では日本円で月1万円以上稼げるケースもあるという。
必要なハードウェアは、Raspberry Piまたは中国のOrange Pi、それにWi-Fiルーター、コイン判別処理機、専用のコントローラーボード、そこに専用ソフトウェアを導入する。慣れている人なら簡単にシステムが完成できるだろう。
そうしたシステムはフィリピンの実店舗ほか、東南アジアで強いECサイト「Shopee」や「Lazada」でも購入が可能だ。導入されているコイン判別処理機はほぼ中国メーカーの世界市場向けに作られたもので、専用ソフトウェアの方はフィリピン・セブで設立されたAdoPiSoftが開発したものだ。
AdoPiSoftのページからは、創始者が通信が不便なことに不満を抱き、人々がインターネット接続を有料で共有できるシステムの構築を目指してプロジェクトを開始。コイン式公衆無線LANを提供するや人気となり、特に2021年以降、より多くの機能と機器メーカー向けのハードウェアキットがリリースされ、人気はさらに高まったという。
1ペソ(2.5円で)で楽しめるネットカフェも多数できた
フィリピンでのIT利用のハードルが大きく下がった
さらにフィリピンの下町商店街にはネットカフェも多数あり、こちらもコイン式で利用ができる。筆者が見たときには、ファミコン時代に駄菓子屋のアーケードゲーム台に群がる少年のように、子供ばかりが遊んでいた。
コイン式ネットカフェ端末の名前はPisonet。Piso Wifiとは関係はない。1ペソから時間制でデスクトップPCが使えるもので、Piso Wifiよりさらに10年ほど歴史が長く、2010年代初頭から広がった。これにより数百万人単位の人々がPisonet採用端末を使い、インターネットを気軽に楽しめるようになった。
こちらは誰が開発して広めたか判明していない。当時のネットカフェの利用料は高く、その対抗策として、草の根的に当時のコイン判別処理機を活用して開発したと言われている。コイン式ネットカフェ端末がウケて普及するや、冒頭に紹介した、水を供給するATMや洗濯機などに応用したコインを使った各種サービスが登場し、個人が手軽に稼げる選択肢を与えた。
フィリピンでのIT利用のハードルを下げ、副収入を提供したPisonetは、Piso Wifiより約10年早くリリースされていることから、フィリピン社会への影響についての学術論文がいくつも発表されている。コインで気軽にインターネットの影響を知りたい人はさらに掘り下げてみてほしい。
山谷剛史(やまやたけし)
フリーランスライター。中国などアジア地域を中心とした海外IT事情に強い。統計に頼らず現地人の目線で取材する手法で、一般ユーザーにもわかりやすいルポが好評。書籍では「中国のインターネット史 ワールドワイドウェブからの独立」、「中国のITは新型コロナウイルスにどのように反撃したのか? 中国式災害対策技術読本」(星海社新書)、「中国S級B級論 発展途上と最先端が混在する国」(さくら舎)などを執筆。最新著作は「移民時代の異国飯」(星海社新書、Amazon.co.jpへのリンク)

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