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生成AIの旅行コンシェルジュ「AI Trip Planner」、開発の理由を同社幹部が語る

“人間らしい旅”はテクノロジーでこそ実現する Booking.comの考える新たな旅行体験

2025年02月04日 16時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真● 曽根田元

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Booking.comが提供する「AI Trip Planner」(デモ動画より)

 「Booking.comの掲げる企業理念は、『すべての人に、世界をより身近に体験できる自由を』というものです。この理念を実現するために、われわれはデジタルテクノロジーを活用して、全体が丸ごとパーソナライズされた旅行体験をご提供したいと考えています」(Booking.com CBOのジェームズ・ウォータース氏)

 世界最大規模の旅行ECサイト(OTA:Online Travel Agent)であるBooking.com(ブッキング・ドットコム)。現在は、ホテルなどの宿泊施設だけでなく、航空券、レンタカー/タクシー、アクティビティ(旅行先での体験プログラム)などの予約サービスも提供している。

 そのBooking.comが、生成AIを組み込んだ「AI Trip Planner」の提供を、米国、英国、オーストラリアなど一部の国でスタートしている(日本語版は未提供)。ユーザーが生成AIの“コンシェルジュ”と会話することで、「丸ごとパーソナライズされた旅行体験」のプランニングを支援するサービスだ。

 同社 CBOのジェームズ・ウォータース氏は、「もともとBooking.comでは『データ重視』のアプローチを取り、機械学習やAI(予測AI)についても古くから取り組んで来ました」と語る。ウォータース氏に、Booking.comのテクノロジー企業としての側面や、AI Trip Plannerを通じて実現したい新たな旅行体験の姿、これからの課題などを聞いた。

Booking.com CBO(最高業務責任者)のジェームズ・ウォータース(James Waters)氏

旅に関する膨大なデータを持つ、テクノロジー企業としてのBooking.com

 Booking.comがオランダで創業したのは、今をさかのぼること29年前の1996年。当時大学生だったヘールト=ヤン・ブラインスマ(Geert-Jan Bruinsma)氏が、オンラインホテル予約サイトという新しいビジネスを思いつき、1997年にサービスをスタートさせた。創業当時、宿泊施設の掲載件数はわずか10件だったが、現在では2900万件を超える。サービスは45言語で展開しており、2010年以降、45億人以上がBooking.com経由で宿泊したという。

 ウォータース氏は、Booking.comでこれまで17年間、社内のほぼすべての部門で幹部職を歴任してきた人物だ。その彼が昨年(2024年)就任したCBO職は、宿泊施設、移動手段、アクティビティなどのサービスに関する、プロダクト開発、テクノロジー、顧客サービスのすべてを陣頭指揮する役職として新設されたものだ。

 「われわれは、宿泊、フライト、タクシー、アクティビティ――といった(これまで個別に扱われていた)旅行の要素をつなぎ合わせ、パーソナライズされたひとつながりの旅行体験の提供を目指しています。そのために、それらすべてを見渡せるCBO職が必要となりました」

 Booking.comは、宿泊予約だけでなく、移動手段(レンタカー、タクシーなど)の予約、アクティビティの予約などにも対応している。ただしこれまでは、それらを個別に予約し、ひとつの旅行として“つなぎ合わせる”のは顧客(ユーザー)側の役目だった。

 こうしたこれまでの旅行体験を、“コンシェルジュがすべて手配してくれる”ような新しい体験に変えたいのだと、ウォータース氏は説明する。

 「皆さんが『旅行に行く』と言うときは、単に『ホテルに泊まる』ことだけを指すわけではありませんよね。どこかを観光する、誰かに会う、何かのアクティビティをするといった目的があるはずですし、移動する手段も必要です。こうした一連の旅行体験を、皆さんがデジタルの力で発見し、自分に合わせてパーソナライズし、実行する手段(サービス)までを提供したいのです」

 その実現のために必要なのがデジタルテクノロジーだ。ウォータース氏は、Booking.comには製品開発、テクノロジー、データ、AI/機械学習といった分野で数千人規模の従業員がおり、機械学習専門の研究開発センターもあると説明する。

 ただし、こうしたテクノロジーの研究開発は、あくまでも「顧客の旅行体験をより良いものにすること」が目的であり、OpenAIやGoogleのようなテック専業企業を目指しているわけではないと強調する。むしろ、そうしたテック企業とはパートナーとして協業していく方針だ。

 「そのために、Booking.comでは『(技術動向を)予測すること』を重視しています。顧客にとってこれから何が重要になるのか、さまざまなテクノロジーのどれがコモディティ化されていくのか。そうしたことを予測したうえで、独自の強みが持てる分野は自分たちで手がけ、非競争分野であればパートナー(他のテクノロジー企業)と提携する、そういった判断をしています」

AI Trip Planner:パーソナライズされた旅行体験の実現を目指す

 ウォータース氏が語る“新たな旅行体験”を実現するサービスとして、Booking.comが開発を続けているのが、AI Trip Plannerだ。2023年6月に米国のユーザー向けにベータ版提供を開始し、2024年10月までには英国、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポールにも提供を拡大している。

 AI Trip Plannerは、言わば“旅行専門の生成AIコンシェルジュ”として、ユーザーとチャットで対話しながら、旅行プラン作りや予約手配をサポートするサービスである。

 「たとえば、『学校が休みの時期に、2歳と4歳の子どもたちを連れて、どこか気候の良い場所に旅行したい』『子どもたちは動物が好きなので、何か楽しめるアクティビティも考えてほしい』『ホテルの寝室は3つ必要で、予算は○○ドルまで』といったリクエストを出すことができます」

AI Trip Plannerのデモ動画より。「子ども連れの家族旅行がしたい」「もっと観光客が少ない場所がいい」といったリクエストに応えて旅行先を提案。1泊あたりの平均予算も表示している

 このAI Trip Plannerは、新たに「2つのこと」を可能にしようとしていると、ウォータース氏は説明する。

 ひとつめは、ユーザーがあらかじめ考えた計画に沿って予約を進めるのではなく、AIとの対話を通じて「発見」したものも旅行計画に組み込み、予約できること。もうひとつが、ユーザー自身が思いつかないような旅行先も「開拓」できることだ。

  「たとえば、欧州の人が日本に旅行するときには、どうしても『東京や大阪、京都に行こう』となりがちですよね。しかし、AI Trip Plannerを使えば、ユーザーの希望や好みをふまえながら、それ以外の魅力的な都市も開拓できるのです」

 そうした多様な旅行先の提案を通じて、特定の都市だけに旅行者が殺到する「オーバーツーリズム」の問題も緩和しうると、Booking.comでは考えているという。

 ユーザー個々人にパーソナライズされた旅行計画を提案するためには、細かなユーザープロフィールや、宿泊施設、アクティビティ、世界中の観光地や見どころといったデータベースも必要になる。宿泊施設やアクティビティのデータは多く持っているが、ユーザー個々人のプロフィールや趣味嗜好はどうなのか。

 その点を質問すると、ウォータース氏は、Booking.comでは会員制度の「Geniusロイヤルティプログラム」を通じて、顧客個人について「かなり多くのことを知っている」と述べた。加えて、仮に蓄積されたプロフィール情報が少ない場合でも、生成AIが「子ども連れの旅行ならば、こういうニーズもあるはず」などと統計的に推測し、明示的なリクエストなしでも適切な提案につなげられるだろうと付け加えた。

 もうひとつ、生成AIを使って「ユーザーレビューの要約」機能も提供している。Booking.comのユーザーレビューには、たとえば「実際の駐車場の空き状況」や「車椅子でのアクセスの容易さ」といった、カタログ情報には含まれないような有益な情報が含まれることも多い。ただし、膨大な量のレビューを1つずつ読んでいくわけにもいかないため、生成AIによる要約機能が活躍するわけだ。要約だけでなく、質問への回答にもレビューの情報が参照されるという。

デモ動画より。(左)AIが数日間のアクティビティスケジュールを提案、(右)生成AIがレビューや画像も分析し、ユーザーの「プールと駐車場があり、レストランも近い民家」というニッチなリクエストにも対応している

 ウォータース氏は、Booking.comに入社した17年前は「(掲載件数などの)選択肢が多いことがメリットだった」が、現在はその選択肢が膨大なものになり、もはやユーザー自身では選びきれない状態になっていると語る。そのことからも、プランニングや検索、判断を支援するAI Trip Plannerのようなツールは必要なのだ。

 「ただし、Booking.comでは『ユーザーが常にコントロールできること』も大切にしています。生成AIのLLMは、実際には人間のような知性や感性を持つわけではありません。そのため、AI Plannerの提案に対して『これは望んでいたものとは違う』『この情報は役に立たない』と言える手段を用意し、人間の意向がきちんと反映できることが重要だと考えます」

* * *

 AI Trip Plannerはまだ初期段階のサービスであり、現時点では宿泊施設の発見と予約にフォーカスしている。ウォータース氏に「これから強化したいこと」を尋ねると、「旅行体験に含まれるそのほかの要素(移動手段、アクティビティ、観光スポットなど)にも、それを拡大していきたい」と語った。そのためには、Booking.comが持つデータベースだけでは足りず、幅広いパートナーとの連携も重要になるだろう。

 もうひとつ、これから取り組みたいこととしてウォータース氏が挙げたのが、「宿泊施設が最高のホスピタリティを提供するためのサポート」だ。Booking.comを通じて宿泊予約したゲストがどんな旅を望んでいるのか、宿泊施設側で把握することができれば、パーソナライズされたより良いサービスの提供につなげられる。そうした手段もきっと提供できるはずだと、ウォータース氏は今後への期待を語った。

 「いつもとは違う場所に行き、ふだんとは違うことをし、誰かと出会って、何かを感じる――。デジタルで旅の計画や予約が効率化されても、旅行そのものの体験は根本的に“人間的なもの”だと思います。これからもテクノロジーという道具を使って、旅行体験をより簡単に、より良くしていきます」

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