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人工知能(AI)と技術の進歩によって、犬や子アザラシなどのかわいらしい介護ロボットの開発が進んでいる。介護労働者の不足を補い生活を豊かにする存在になるのだろうか。
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
5月上旬、私はロボット犬を求めてインターネットを探し回った。最近、アルツハイマー病と診断された叔母のために、遅ればせながら誕生日プレゼントを送りたかったのだ。研究によれば、コンパニオン・アニマル(伴侶動物)を飼うことで、アルツハイマー病に伴う孤独感、不安、焦燥感を多少なりとも食い止めることができるという。叔母は本物の犬を欲しがっているが、飼うことはできない。
そこで、ジョイ・フォー・オール(Joy for All)のゴールデン・パップを見つけた。首をかしげる。粋な赤いバンダナをしている。話しかければ吠える。触ると体を揺らす。リアルな鼓動が聞こえる。アルツハイマー病や認知症の人のために設計された、数多くのロボットの1つだ。
この記事では、ロボットを使って認知症の介護を変えるという展望について見てみよう。
ロボットとしては、ゴールデン・パップは明らかにローテクだ。小売価格は140ドル。6000ドルほど出せば、日本で開発されたふわふわの子アザラシのロボット、パロを買える。パロは触覚、光、音、温度、姿勢を感知できる。メーカーによれば、パロは、飼い主がパロに注目することにつながった行動を記憶することで、独自の個性を伸ばすことができるという。
ゴールデン・パップとパロはすでに製品化されているロボットだ。だが、研究者たちは認知障害を持つ人々のために、人工知能(AI)を活用して会話をしたりゲームをしたりする、より洗練されたロボットの開発に取り組んでいる。インディアナ大学ブルーミントン校の研究チームは、QTと呼ばれる市販のロボットシステムに手を加え、認知症やアルツハイマーの人々に対応できるようにしている。研究チームが開発した高さ60センチメントールのロボットは、宇宙飛行士のスーツを着た幼児のような外見をしている。その丸い白い頭には画面があり、眉毛が2本、目が2つ、そして口が表示され、それらが合わさってさまざまな表情を作る。このロボットは会話に参加し、AIが生成した質問を投げかけて会話を続けさせる。
研究者らが使っているAIモデルは完璧ではなく、ロボットの返答も完璧ではない。ある不適切な会話では、研究参加者がロボットに妹がいると話した。ロボットは「お気の毒に」と答え、「お元気ですか?」と続けた。
しかし、大規模言語モデルが改善されるにつれて(すでに改善されつつあるが)、会話の質も向上するだろう。不適切なコメントをしたQTロボットは、2020年にリリースされたオープンAI(OpenAI)のGPT-3で動いていた。最新バージョンであるGPT-4oは5月13日にリリースされ、より高速で、よりシームレスな会話を提供する。会話を中断しても、モデルが調整してくれる。
ロボットを使って認知症患者が関係やつながりを維持するというアイデアは、必ずしも簡単に受け入れられるものではない。社会的責任の放棄だと考える人もいる。そしてプライバシーの問題もある。最高のロボット・コンパニオンはパーソナライズされている。人々の生活に関する情報を収集し、その人の好き嫌いを学習し、どのタイミングでアプローチすべきかを判断する。そのようなデータ収集は、患者だけでなく医療スタッフにとっても不安なものだ。カナダのバンクーバーにあるブリティッシュ・コロンビア大学で、認知症ケアと高齢化におけるイノベーション(IDEA)研究所を立ち上げたリリアン・ハン助教授は、ある介護施設におけるフォーカス・グループで起こった出来事について、ある記者に語った。 同助教授と同僚たちは昼食に出かけて戻ると、スタッフがロボットのプラグを抜き、頭から袋をかぶせていた。「スタッフたちは、ロボットが密かに自分たちを記録しているのではないかと心配したのです」と同助教授は話した。
一方、ロボットは認知症の人と話をする上で、人間より優れている点もある。注意が散漫にならない。何度も同じことを言わなくてはならなくても、イライラしたり怒ったりしない。ストレスを感じることもない。
さらに、認知症患者の数は増え続けているが、その介護をする人の数は少なすぎる。アルツハイマー病協会(Alzheimer’s Association)の最新の報告によると、2021〜2031年の間に、認知症患者のニーズを満たすためには、さらに100万人以上の介護労働者が必要になるという。これは、米国における単一の職業において、労働力の需要と供給の差が最も大きい仕事だ。
人手不足、あるいは十分な専門職員がいない認知症介護施設を訪れたことはあるだろうか? 私はある。患者を扱いやすくするために、鎮静剤がよく使われる。車椅子に縛り付けられ、廊下に置かれる。社会的なつながりや豊かな環境を提供することはおろか、認知症の人の身体的なニーズをケアするのに十分な介護職員が足りていないのだ。
「介護とは、単に身体的なケアをすることではなく、精神的なケアも意味します」。作家のキャット・マクゴーワンは、両親の認知症とソーシャル・ロボットの可能性について、ワイアード誌に記事を書いている。「認知症の大人とそうでない大人のニーズは、それほど変わりません。私たちは皆、帰属意識、意味、自己実現を求めているのです」。
ロボットが認知症の人の生活を少しでも豊かにし、仲間が全くいないところにロボットという仲間を提供できるのであれば、それは良いことだ。
「我々は現在、認知症患者にパーソナライズされた治療を提供するための(認知支援ロボットの)開発と展開が比較的容易で安価になりつつある転換点におり、多くの企業がこのトレンドを活用しようと競い合っています」とカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者チームは、2021年の論文に書いた。「しかし、その影響を慎重に検討することが重要です」。
より先進的なソーシャル・ロボットの多くは、一般に受け入れられるにはまだ早いかもしれないが、ローテクなゴールデン・パップはすぐに手に入る。叔母の病気は急速に進行しており、時折イライラしたり興奮したりする。ゴールデン・パップが、嬉しい(心が落ち着く)気晴らしになってくれることを期待している。叔母と叔父にとって信じられないほど混乱し、苦痛に満ちた時期に、喜びを与えてくれるかもしれないし、そうならないかもしれない。確かにロボットの子犬は万人向けではないかもしれないし、ゴールデン・パップは犬ではないかもしれない。しかし、私は友達のようなコンパニオンになることを望んでいる。
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ロボットはクールだが、AIの新たな進歩により、ついに家の周りでも役立つようになるかもしれない。本誌のAI担当であるメリッサ・ヘイッキラ上級記者は『生成AI革命の次は「ロボット革命」 夢が近づく3つの理由』で書いている。
ソーシャル・ロボットは、パーソナライズされたセラピーをより手頃な価格で、自閉症の子どもたちが利用しやすくするのに役立つかもしれない。2020年にAI担当のカーレン・ハオ記者(当時)が『自閉傾向の子どもの発達を個別支援、USCが新ロボット』で伝えている。
日本ではすでに高齢者介護のためにロボットが活用されているが、多くの場合、ロボットは手間を省くだけでなく、より多くの労力を必要とする。そしてロボットがサービスを提供する高齢者の間での反応はさまざまだ。アラン・チューリング研究所のジェームス・ライト研究員は、ロボットは「私たちの社会でどのように人を大切にし、資源を配分するかという厳しい選択から目をそらす、キラキラした、高価なもの」ではないかという考えを『高齢者介護を「自動化」する日本の長い実験』で明かしている。
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