画像クレジット:Paula Bronstein/Getty Images
米国テキサス州において、牛と酪農従事者への鳥インフルエンザ感染事例が新たに報告された。鳥インフルエンザのヒトへの感染について過度に恐れる必要はないが、より良い戦略を設ける必要性を浮き彫りにしている。
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
4月最初の週、テキサス州の酪農家が鳥インフルエンザの陽性反応を示した。今回の鳥インフルエンザの新たなヒト感染は、米国で報告された2例目だが、パニックになるようなものではない。症状は軽く、目の感染症であり、すでに回復している。ウイルスがヒトからヒトへと広がっているという証拠はまだない。テキサスで感染した人は、おそらく働いている農場の感染した牛か家禽からウイルスを拾ったのだろう。
しかし、最近家畜の間で鳥インフルエンザの感染が頻発しているのは不安だ。3月にはミネソタ州のヤギが陽性反応を示した。そして現在、テキサス、ミシガン、カンザス、ニューメキシコ、アイダホの乳牛で感染が確認されている。その中には、牛の間でウイルスが伝播したケースもあるようだ。この記事では、この新たな感染拡大について判明していること、さらなる感染拡大に備えるために人々がしていることについて見ていこう。
乳牛に感染した「H5N1」株は高病原性鳥インフルエンザだ。パンデミック(世界的な流行)を引き起こす可能性があるため、科学者たちは1990年代からこれらのウイルスを監視してきた。1997年、鳥インフルエンザは初めてヒトに感染した。香港で18人が感染し、6人が死亡した。
これらのウイルスについては、哺乳類への小規模な波及は、近年では特に珍しいことではない。いくつか例を挙げるとすれば、鳥インフルエンザはミンク、スカンク、アライグマ、コヨーテ、アザラシ、アシカ、クマなどで報告されている。しかし、人間と頻繁に接触する家畜化された哺乳類にウイルスが感染するというのは、新領域だ。「鳥インフルエンザ・ウイルスが牛の体内で複製され、牛から牛へ感染する可能性がある場合、いったい何が起こるのか、実はまったくわかっていないのです」と、鳥インフルエンザを研究するセントジュード小児研究病院(St. Jude Children’s Research Hospital )のウイルス学者、リチャード・ウェビー博士は言う。
良い知らせがある。ウイルスが乳牛に感染し、現在は酪農家1人にも感染しているにもかかわらず、「これはまだ鳥のウイルス」(ウェビー博士)だということだ。米国農務省と疾病予防管理センター(CDC)による遺伝子配列の解析から、これらの新たな感染症は、野鳥で蔓延しているウイルスとほぼ同一のインフルエンザ株によって引き起こされている可能性が示されている。哺乳類に感染しやすくなるような変化はほとんど確認されていない。
牛で鳥インフルエンザが蔓延するのは心配だが、インフルエンザ・ウイルスの理想的な混合容器である豚に感染した場合ほど心配する必要はない。豚は豚インフルエンザ、鳥インフルエンザ、そしてヒトのインフルエンザに感染しやすい。2009年は、このようにして豚インフルエンザが発生した。つまり、豚に感染した複数のウイルスが遺伝子を交換し、最終的にヒトに感染するウイルスを生み出したのだ。
哺乳類が鳥インフルエンザに感染するのは、ほとんどが一度きりだとウェビー博士は言う。哺乳類は死んだ鳥を食べたり、鳥の糞を摂取することで感染するが、感染は広がらない。注目すべき1つの例外が、2022年に発生したもので、スペインのミンク農場でH5N1が発生し、瞬く間に小屋から小屋へと感染が広がった。科学者たちはまた、まれに家族間でウイルスが拡散したケースもあるのではないかと疑っている。
牛から牛への感染は確認されていないが、感染した群の牛が到着した後に何頭かの牛が感染するという事実は、感染が起こっている可能性を示唆している。感染経路は、従来のインフルエンザが伝播してきた咳やくしゃみではないかもしれない。間接的な感染かもしれない。「感染した牛が水の桶から水を飲んで、次の牛も同じ桶から水を飲むような場合です」とウェビー博士は言う。
どうすれば動物間での感染を防げるのだろうか? それは現在進行中の議論である。少なくとも家禽に対しては、ワクチンは選択肢の1つだ。中国、メキシコ、そして他の数ヵ国では一般的に実施されている。予防接種では感染を防ぐことはできないが、症状を軽減することはできる。ワクチンは群れへの影響を抑えられるかもしれないが、専門家の中には、群れにワクチンを接種することで、ウイルス感染が見つからないまま拡散する可能性を懸念する者もいる。ワクチン接種は貿易にも影響を与えるだろう。各国は感染している可能性のある鳥を輸入したくないのだ。フランスは昨年、アヒルにワクチン接種を開始することを決定し、米国農務省は直ちにフランスとその貿易相手国からの家禽類の輸入を制限すると発表した。米国では、感染した群れを殺処分するのが現在の慣例だ。しかし、ワクチン接種の可能性がなくなっているわけではないことを示す兆候もある。米国農務省は昨年、世界中の家禽に影響を及ぼしている現在のアウトブレイク(集団発生)を引き起こしている特定のH5N1株に対する4種類のワクチン候補の試験を開始した。
より長期的な解決策として、研究者たちは鳥インフルエンザに耐性を持つ遺伝子組み換え動物の作成にも取り組んでいる。昨年、研究者たちは遺伝子編集ツール「CRISPR(クリスパー)」を使って1つの遺伝子を改変することで、遺伝子組み換えニワトリを作り出した。
牛の場合、感染を抑えるために現在取りうる選択肢は限られている。牛はニワトリよりもはるかに価値があるため、殺処分はより難しい選択肢になるだろう。また、鳥インフルエンザに対する牛のワクチンは、比較的作成が容易とはいえ、まだ存在しない。
鳥インフルエンザは20年以上にわたって公衆衛生当局の監視対象になっており、まだ人への感染には至っていない。「この特殊なウイルスがヒトに感染するようになるには、かなり高いハードルがあると思います」とウェビー博士は言う。しかし、これまでそうなっていないからと言って、これからもそうならないとは限らない。「簡単には起こらないことだと少し安心することはできますが、まったく起こりえないとは断言できません」。
幸いなことに、仮にウイルスが突然ヒトに感染する能力を獲得したとしても、ワクチンを開発するのは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)用のワクチン開発よりもはるかに簡単である。H5N1に対するワクチンはすでに存在する。そのワクチンは国内に備蓄されている。「今回のケースは、我々が知っている病原体なので、少し幸運でした。言ってみれば、これが何であるのか、そして冷凍庫の中に何があるのか、我々は把握できているのです。少なくとも初動対応では先手を打てます」と、米国食品医薬品局(FDA)のワクチン規制当局トップであるポール・マークスは、先日開催された世界ワクチン会議で記者にこう語った。
これらのワクチンが現在のH5N1株に対してどの程度効果があるかは不明である。しかし、多くの企業がすでに改良型ワクチンの開発に取り組んでいる。モデルナは、現在のアウトブレイクを発生させているH5N1株に対するmRNAワクチンのテストを計画している。mRNA技術は、卵の中でウイルスを増殖させる従来のインフルエンザワクチンの製造方法よりも大きな利点がある。鳥インフルエンザが大流行した場合、卵が不足する可能性がある。仮に十分な卵が入手できたとしても、ワクチン開発には半年はかかるだろう。しかしmRNAのテクノロジーなら、その期間を劇的に短縮できる可能性がある。
これは朗報だ。鳥インフルエンザが世界中で急増している今、ウイルスがヒトに感染しやすい遺伝子の組み合わせを獲得する機会は、かつてないほど増えている。
MITテクノロジーレビューの関連記事
本誌のジェシカ・ヘンゼロー記者は鳥インフルエンザがヒトに感染するためには何が必要か、そして我々がパニックになる必要がない理由を以前の記事で説明した。とにかく、今のところはパニックになる必要はない。
グーグル・アースは、科学者たちがH5N1の動きを視覚化するのに役立つ可能性があり、恐らく流行がどこで発生するかを予測する能力も向上するだろう。2007年にレイチェル・ロスが記事にしている(リンク先は米国版)。
アーカイブを深く掘り下げると、MITテクノロジーレビューは20年近くにわたって鳥インフルエンザがヒトに感染するかどうかを問い続けてきたことがわかる。エミリー・シンガーが、2006年にこの疑問に答える取り組みを報告している。
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