2023年5月、世界で最も古い広告デザインの国際賞である「NY ADC賞」のArtificial Intelligence部門で、「電通」のリアルタイム実況生成AI「Voice Watch」が部門最高賞を受賞した。大きな栄誉を手にした「Voice Watch」だが、スポーツの未来においてどのような可能性を秘めているのだろうか。
視覚障がい者でもスポーツ観戦が楽しめる
視覚障がい者がスポーツ観戦を楽しむためのリアルタイム実況生成AIである「Voice Watch」は、「カメラAI」、「未来予測AI」、「発話AI」という3つのAIで構成されている。
まず、視覚障がい者の目の代わりとなる「カメラAI」は、目の前で何が起こっているのかをカメラ映像を通して把握する。次に、「未来予測AI」が、各車のラップタイムや順位の変動などの走行データから、今後どのようなことが起こるのかを予測。これらの情報を基に生成された音声データを、「発話AI」がユーザーに伝えるという形だ。
「Voice Watch」の最大の特徴は、「聞いて楽しい実況」をユーザーに届けられる点だ。例えば、実際のスポーツ中継を見ると分かるように、アナウンサーは単に目の前の情報を伝えるだけでなく、選手の情報やバックボーンなど、実況を盛り上げるための要素を取り入れている。
「Voice Watch」では、過去の実況音声データの分析やプロの実況データの学習を行ない、状況に応じた実況のパターンや実況が盛り上がるフレーズなどを取得。単に状況を伝えるだけでなく、聞いている側が「わくわくするような実況」を届けられるようになっている。
視覚障がい者をスポーツ観戦の熱狂から取り残さない
「Voice Watch」のクリエイティブ・ディレクターである電通の志村和広氏は、「視覚障がい者の方のスポーツ観戦において、最大の壁となるのが情報の格差だった。この壁をなんとかしたいと思ったのが『Voice Watch』の開発をスタートしたきっかけ」と話す。
志村氏によると、実際にスポーツ観戦を体験した視覚障がい者にヒアリングした際、「周りは盛り上がっているが、なぜ盛り上がっているのか自分は分からない」、「友人など周りに聞いたり説明したりしてもらうのも申し訳ない」、「気後れするので現地に行ってまでスポーツ観戦をしたいと思わなくなる」という声が多く寄せられたという。
しかし、「情報の格差」という壁がなくなれば、視覚障がい者もスポーツ観戦を楽しむことができ、スポーツの熱狂の中に気後れすることく飛び込んでいける。結果的に「誰もがスポーツ観戦を楽しめる社会」の実現につながるのだ。
志村氏は「視覚障がい者をスポーツ観戦の熱狂から取り残さないようにしたい」と語っており、そのために「Voice Watch」の機能もアップデートされている。例えば、特定のチームだけにフォーカスした実況生成機能だ。好きなチームやドライバーがある人は、この機能を使うことでより熱の入った応援ができるようになるだろう。
スポーツ観戦の可能性を広げる「Voice Watch」
現在はモータースポーツシーンで利用されている「Voice Watch」だが、今後は他のスポーツでの活用も期待されている。例えば、現地での実況がないマイナースポーツや学生スポーツでは、手軽に実況が生成できる「Voice Watch」が活躍するだろう。
また、「視覚障がい者の方へのヒアリング」で挙がった中で、志村氏が「意外だった」と話すのが「子供の運動会への利用」だ。運動会に行っても、どのような状況なのか分からないことが多いため、「Voice Watch」が役立つ。「Voice Watch」があることで、「子供の運動会に行ってみよう」と思う視覚障がい者の皆さんが増えるかもしれない。
視覚障がい者も健常者も関係なくスポーツが楽しめるようになる「Voice Watch」。今後は多言語対応も検討しているとのことで、国際大会での活用も期待される。スポーツ観戦の可能性を広げる「Voice Watch」に今後も注目したい。