近年、WebニュースやSNSなど、動画プラットフォームにおいて、国内外の報道や様々なニューストピックがテキストや写真のみならず動画を伴って掲載されていることを目にするのが当たり前になっている。ひと言に「ニュース動画」と言っても、そこに報道機関がライブ中継で記者会見や報道現場の様子を伝えるような内容から、一般ユーザーが事件や災害の現場をとっさにスマートフォンで撮影したものまで幅広くある。それら様々なアカウントから届けられるリッチな動画が媒体を越えて渾然一体となって届けられ、我々が触れている報道・ニュースの一端を担っている状況だと言えよう。
このような現状についてニュースに関するWeb動画コンテンツを中心に、これからの報道やニュースの在り方をテーマとして、日本の報道・ニュースを支える著名メディアの有識者にインタビューを実施した。今回はTikTok Japanの今井佑氏にお話をうかがった。
TikTokのニュースコンテンツについて
2017年に日本でサービス提供が開始されたショートムービープラットフォームTikTok。サービス開始当初人気だったエンタメ動画だけではなく、ユーザーがマネとアレンジを重ねて楽しみながら広がっていくミームコンテンツや、グルメ、アート、スポーツ、お笑いなどコンテンツのジャンルは多様化し、さらには「TikTok売れ」のように消費の起点になるなど重要なプラットフォームへと進化を遂げた。2020年からはTikTokが国内外の大手メディアと連携し、正確で信頼できるニュースを配信するプロジェクトを開始。ユーザー層のさらなる拡大を目指している。
ニュースはTikTokに欠けていたジャンル
――TikTokにおけるニュース動画の立ち位置、扱い方について。
TikTok今井氏(以下、今井):2020年の8月からTikTokでニュース関連のアカウント作成をサポートし、ニュースコンテンツを増やすプロジェクトを実施している。順調に成長しており、最初は大手メディアのみだったところから現在は70媒体以上になっていて1日あたりだと平均200本くらいの投稿がある。再生数も増えており月間の総再生回数は6億回ほど。しかし、TikTok全体の規模感を鑑みるとまだまだ伸びる余地が十分にあると思っている。
――TikTokでニュースを見ているのはどういった方か。
今井:もともとTikTokでニュースプロジェクトを開始した段階では、若年層は特に、あまりニュースを見ない傾向にあると考えていたので、彼らが習慣的に見てもらえる環境を作ろうとした。TikTokのおすすめフィードで流れてくるコンテンツは、各ユーザーが興味を持ちそうなコンテンツを独自のレコメンドシステムによっておすすめする仕組みになっていて、事前にこちらがターゲットを絞り込むことはできない。
――そもそもニュースプロジェクトを始めたのはメディア側からの要望があったからなのか。
今井:ユーザーにとって欠けているジャンルだと考え、私たちのほうからニュースコンテンツ拡充のために動き出したのがきっかけだ。社内には、ニュースコンテンツがだんだん伸びていくという予測とユーザーにニュースを見てもらえるのかという懐疑的な声の両方があった。私がTikTokに参画したきっかけとして、TikTokのレコメンドシステムとニュースを組み合わせるとどのようにユーザーに届くかに興味があったことが大きいが、実際やってみて成功だったと思っている。TikTokは、ニュースに特化したアプリではなくエンタメなど様々なジャンルのコンテンツがたくさん出てくる。そんな中でたまたまニュースもおすすめされるという環境が、普段ニュースを見ない層にも違和感なく届いているのだと思う。メディアの方々からしても、テレビ放送や新聞紙面など従来の方法では届けられないユーザーに接触できる場としてTikTokを活用いただいており、両者の思惑が合致して上手くまわっている。
――TikTokでニュースというのは意外に感じた。テレビ局の反応は最初どうだったか。
今井:最初は民放キー局や全国紙、通信社など歴史ある大手メディアからスタートした。その理由は、正確で信頼できるニュースを長く続けているメディア媒体の参入により、TikTok上で見られるニュースコンテンツの信頼度を底上げしたかったからだ。そして、我々の考え方に各メディアが賛同いただいて実現した。
重要なのはフォーマットよりも内容
――テレビ局のTikTok動画は、放送用動画を用いたもので上下に黒帯があったりするイメージ。今後はTikTokに合わせて縦型動画を出してほしいなどあるか。
今井:最初はコストをかけずに各メディアがすでに持っている映像をTikTokに投稿してもらえればよいというところからスタートしたが、各メディアで上下にテロップやロゴ、補足情報を入れるなど工夫していただいている。現状は、擬似的に縦画面のように見せている作りがほとんどだが、最近は最初から縦で作っている動画も出てきている。また、上にニュース映像・下にキャスターの表情を出している作り方もある。情報ボックスやスクープニュースなど、視聴者が投稿したものを使ったニュース映像だと、もともとが縦画面の場合が多くそのままTikTokでも使うといったパターンも少しずつ増えている。
――コンテンツの中身の作り方について。縦横や長さといったフォーマット、あるいはキャスターの解説や臨場感あふれる映像などユーザーに好まれるニュース動画の傾向はあるか。
今井:フォーマットについてはこれで決まりというものはないが、再生数は内容次第で変わってくると考えている。通常の地上波テレビではスタジオでキャスターが話してから現場の映像が放送される流れが多いが、TikTokでは本編の最も注目を集める映像から入ることが多い。そういったショートムービープラットフォームに合わせた作り方をした動画の方が伸びやすく、ほとんどのメディアがやっている。最近では内容重視で、たとえ長尺でも密度が濃い動画は見られるというのが分かってきている。長さや形式にこだわらず中身勝負になってきていると感じる。
TikTokがスタートしたときは15秒か1分という尺が決まっていた。ニュースプロジェクトを開始するときには3分に伸びた。そこからさらに年々伸びており、最近はユーザーによっては10分以上投稿できる。メディアによるTikTok LIVEの活用も増えていて、ショートムービーに限らないプラットフォームになってきていると感じる。
――メディアに「こういう内容のものがよく見られる」などのフィードバックはされているのか。
今井:アカウントを保有しているユーザーは、「インサイト」という機能で自分の投稿した動画がどのくらい見られているか大まかなデータを把握できる。各メディアもこれを元に戦略を立てているようだ。例えば、テレビ局はニュースコンテンツの投稿本数の8〜9割はそのまま他社も報じているようなニュースを投稿し、独自のニュースデータに基づいてTikTokでは「どんなコンテンツが多くの視聴者に見てもらえるか」を分析した上で投稿していただいていると聞いている。
――おすすめフィードに流れてくる動画はその人の興味に合わせているのか。
今井:ユーザーの好みに100%合わせたものだけをおすすめすると、ユーザー体験を制限=フィルターバブル化してしまい、セレンディピティ(偶然の出会い)が生まれづらくなるので、好みのコンテンツと同時に、多様なタイプのコンテンツを発見できるようにレコメンドする仕組みになっている。
――コロナ禍での変化はあったか。
今井:世界全体のニュースコンテンツについてお話しすると、ロイター社のデジタルニュースリポートによると、新型コロナに関するニュースを中心に意図的にニュースを忌避する「選択的ニュース回避」の状況が発生している。コロナに限らず、紛争や気候変動、ジェンダー、人種差別など、重要なトピックだが毎日聞き続けるのは辛く、メンタルヘルスに影響を及ぼしやすいニュースは避けられやすい傾向があるという結果が出ている。「選択的ニュース回避」の傾向を受けて、海外ではメディア側も取り上げるニュースを少しでもポジティブにしたり、幅広い視点を取り入れて取材したり、課題解決について示したりするような建設的ジャーナリズムに変わってきている。
各メディアの強みを生かしたコンテンツを発信していきたい
――テレビ局や新聞社の動画コンテンツの取り組みについて、どのような所感もっているか。
今井:私自身、新聞社に在籍していたことがあり、メディア業界が抱えている課題や、メディアごとの長所はある程度理解しているので、その観点からお話する。まず、民放キー局は、速報体制もライブ体制も整った映像のプロフェッショナルであり、クオリティが高いのが特徴だ。ユーザーの投稿の間にコンテンツが出てくると、違和感があるくらいだ。しかし、コミュニティやプラットフォームのテイストにマッチしているかどうかはあまり重要ではなく、コンテンツの多様性や信頼度を示す点においては、良い要素だと思う。
――ローカル局はどうか。
今井:ローカル局に関しては、そもそもコンテンツが少ないという問題がある。自社制作のニュースや生活情報はあるが「これを動画化して外部プラットフォームに流す価値がどれほどあるのか? 収益化できるか? コストをかけていいか?」という課題がある。ローカル局のビジネスモデルに対応したTikTok活用の確立が必要だと思う。
――新聞社は?
今井:新聞社は、動画での情報発信の割合は映像メディアに比べるとやはり少なく、テキスト記事に最適化されたワークフローが構築されている場合が多い。新聞社が動画で情報発信する際、写真部以外の記者が取材時にスマートフォンなどで撮影した映像を用いることがほとんどで、本格的な動画活用を行っている会社は少ない。TikTokは音声ありでの視聴がデフォルトのプラットフォームであり、ナレーションを含めた運用体制が必要になってくるので、新聞社のTikTok活用はハードルが高いように感じている。しかし彼らは、紙面に情報を客観的・体系的にまとめる力が強い。その考え方を動画に持ち込めればテレビ局とは差別化できるコンテンツづくりができるのではないかという期待がある。
――新規でTikTok運用を始めようとしていたり、映像に慣れていないメディアは、TikTokのテイストにあったコンテンツづくりをする工夫を取り入れたほうがよいのか。
今井:メディアに限らず、映像を扱うことに不慣れなユーザーでも手軽にコンテンツを制作できるように、TikTokも機能を拡充している。その一環として、静止画とテキストだけで投稿できる「フォトモード」という機能を2022年にリリースした。ユーザーは、画面を左右にスワイプすることで、自分のペースで画像をめくることができる。これにより、写真週刊誌や雑誌などが投稿をしやすくなった。マンガの1話分だけTikTokにフォトモードで投稿して、続きを自社アプリに誘導するといった使い方もできるようになった。テキストが得意なメディアがTikTokで発信しやすくなる「テキストモード」機能も拡充し、こういった機能がうまく使われると、ニュースを読む人たちにとってのTikTokの姿も変わってくるのではないかという期待感を持っている。
――プロのナレーション、読み上げソフト、テロップなど音声や文字で伝えることに取り組んだ方がよいか。
今井:TikTokのユーザー体験的には、音声がないと違和感を覚えやすい。環境音やTikTokで流行っている楽曲、ニュース内容のテーマに合わせたBGMを入れるなどの工夫もある。しかし結局は内容が大事なのは変わらない。 ナレーションなしで12分という長尺なのにたくさん再生されたドキュメンタリー動画があったが、心に迫るものがあったからだと思う。最後まで見てもらえたかを示す視聴完了率を見る限り、音声やナレーションがマストなわけではない。
――地域の行事などローカルな話題の動画コンテンツでも再生されることはあるか。
今井:ローカルの行事紹介や話題などは、その地域に住むユーザーだけでなく、都市部に住むその地域の出身やゆかりがある人から見られる可能性は十分ある。また世の中に知られていない面白い地域ネタが出てくると、新しい発見や学びにつながるので多くのユーザーに視聴されるチャンスはある。
――海外のTikTokユーザーが日本のニュースコンテンツを視聴するケースというのは起こっているのか。
今井:やはり言語やローカルの文脈を知らないと理解できないという壁はあるが、裏を返せばノンバーバルであれば海外からも興味を持って視聴される可能性はある。わかりやすい例では、テレ朝newsが渋谷のスクランブル交差点を24時間LIVE配信しているが、世界的に有名なスポットなので、たびたびコメントが盛り上がっている。定点カメラの映像がニュースコンテンツというイメージはあまりないと思うが、日本人が普通だと思っているコンテンツも海外の人からすると発見だったりする。何が誰の興味を惹くのかわからないのでいろいろな内容のコンテンツをを出してみるのがいいと思う。
――この先、TikTokのニュースコンテンツがどのような方向に進んで行ってほしいとお考えか。
今井:一見してわかりやすい事件事故のような動画は再生数が増えやすい傾向にあるものの、そういったコンテンツばかりではなく、独自のネタや調査報道などのコンテンツを拡充していきたいと思っている。熊本県民テレビが以前配信した9分ほどのドキュメンタリー動画が、100万再生を達成した。生まれて数分しか生きられなかった赤ちゃんに関する内容で、これは熊本県民テレビが新生児保護施設「こうのとりのゆりかご」をはじめとする親子や家族についての問題について長く取材を取り組んできた中で出てきたニュースだった。そういった地域に根付くニュースや、新たな発見や学び、社会課題を深堀りするニュースの配信を、しっかりフォローしていきたい。
――TikTokはドキュメンタリー、しかも9分という長い動画も見られるプラットフォームとなってきたということか。
今井:TikTokは短尺でないと見られないという誤解があるが、このように長くても情報密度があるものは多くの人に視聴されている。また、TikTokには自動字幕起こし機能があり、スマートフォンの設定言語に翻訳する機能もあるので、いろいろな国で見てもらえる可能性がある。私たちができるのはこれだけだと限定せずに、メディアの皆さんには、ぜひいろいろなジャンルのニュースコンテンツを出していってほしい。