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「覚醒プロジェクト」PMに聞く

「生成AIブームとは違う新しい挑戦求む」東工大・金崎朝子准教授

2023年10月03日 08時00分更新

文● 肥後紀子

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 産業技術総合研究所(産総研)は2023年、若手AI研究者の育成を支援する覚醒プロジェクトを立ち上げた。35歳未満の若手研究者を対象に独創的な研究テーマを募集し、採択された研究者には研究資金や計算資源、プロジェクトマネージャー(PM)による助言などの支援を提供する。応募は10月13日まで、同プロジェクトのサイトで受付中だ。
 ホットなAI分野で先端を走るプロジェクトマネージャーたちは、「覚醒」にどのような研究者を求めているのか?  東京工業大学情報理工学院の金崎朝子准教授に話を聞いた。

東京工業大学 情報理工学院 准教授
金崎 朝子氏

2008年3月東京大学工学部卒業。2010年3月同大学院情報理工学系研究科 修士課程修了。2010年4月より日本学術振興会特別研究員(DC1)。2013年3月同大学院同研究科博士課程修了、博士(情報理工学)。(株)東芝研究開発センター正規職員、同大学院同研究科助教を経て、2016年4月より産業技術総合研究所人工知能研究センター勤務。2020年4月より東京工業大学准教授、現在に至る。機械学習を用いた三次元物体認識、物体検出、ロボットビジョン、ナビゲーションの研究に従事。IEEE RAS Japan Chapter Young Award、 PRMU研究奨励賞、船井研究奨励賞、RSJ研究奨励賞を受賞。

「ロボットの目」を通して実世界の情報を集める

――今回の「覚醒」プロジェクトでは、特にAI分野での研究者を募集しています。そこで、まずはChatGPTに代表される現在のAIブームについて、先生のお考えを教えていただけますか。

金崎 AIという言葉が意味するところは、時代によって変化していると思います。10年、20年前にAIというと、機械が人間のように推論するための知識構造をどう作るのか、あるいは推論するためのアルゴリズムとは何か、といった辺りを指すことが多かった印象です。

 それに対して昨今の生成AIブームにおけるAIとは、ほとんどが機械学習のことです。インターネットから大量に集めたデータを、大規模な計算資源で学習して推論させるモデルのことを指しています。そうなると、データと計算資源をどう集めるかという競争になってしまい、私を含め「これではおもしろくない」と感じている研究者は多いのではないでしょうか。

「覚醒」プロジェクトでは、AIや知能とは何かという問いに立ち返って、新しい切り口が生まれることを期待したいですね。例えば、人間の子どもは大量に集めたデータから学習しているわけではないと考えられています。生まれて初めて見たものでも何らかの知識に結び付けているのではないか? そうした昨今のAI、機械学習の流れとは違ったところから生まれる「何か」を見てみたいという思いはあります。

――金崎先生の研究テーマには、ロボティクスやコンピュータビジョン、3Dデータ認識などがありますが、特に注力しているテーマについて教えてください。

金崎 長年取り組んできたのは「物体認識」です。ロボットが、人間のように実世界の身の回りのものを見て、人間のように世界を知覚できるような「ロボットの目」を作ることを目指しています。具体的には、物体をさまざまな角度から撮影して3次元的に捉えることでそれが何かを認識するという、3次元物体認識について研究してきました。

 学部生の頃は、ヒューマノイドロボットを動かす研究をしていましたが、当時実感したのが「ロボットは世界を全然認知できていない」ということでした。何も見えていないし、聞こえていない。ですから、ロボットが賢く動くためにはまず世界を認識しないとどうにもならないと考えて、ロボットの目を作る――現在のような認識の研究にシフトしていきました。

 最近特に力を入れているのは、「ビジュアル・ロボット・ナビゲーション」という研究です。「コップを取ってきて」や「トイレに連れて行って」のように、モノや場所を指定して、ロボットのカメラ画像を頼りに動いていくというものです。

——「IoP(インターネット・オブ・パーセプション)」という研究目標も掲げていらっしゃいます。これはどのような研究でしょうか。

金崎 IoPはもう少し長期的な研究室の目標で、認識機能を持ったロボットが、実世界を自由に動き回って現実のモノや事象に関するデータベースを作り、実世界のあらゆるものがネットワークにつながってアクセスできるようになる。そうした未来を作りたいと考えています。

 1つ例を挙げると、保育園や介護施設のような共同の施設では、普通は人が利用者から目を離さずにずっと見守っている必要があります。もし、そういった部分を、IoPによってロボットが担うことができたら、便利な世の中になるのではないかと思っています。どこまでいったら「実現」と呼べるのかは難しいところですが、5~10年後くらいには実社会に導入できたらいいですね。

IoPのコンセプト(金崎研究室の資料より)

——実現に向けて課題となっているのはどのようなことでしょうか。

金崎 現実世界の中で、ロボットが動くという部分です。データを集めて学習して認識するという一連の流れは、最近の技術ではほぼできるようになってきています。一方で、ロボットについてはシミュレーションの中での研究は進んでいますが、実際に身の回りで動かすことが難しいので、なかなかデータを集めることができていません。

 つまり、シミュレーションと実世界とのギャップがまだ相当ある状況で、そのギャップを埋めることがすべての研究者が悩んでいるところだと思います。私としては、なるべく早く現場に導入して、実際に使いながらロボットが賢くなっていって、データをどんどん集められるようになるようなシステムを作っていけたらと考えています。


東京工業大学の金崎朝子准教授(インタビューはオンラインで実施した)

「新しい」ことに挑戦してほしい

――今回が初めての実施となる「覚醒プロジェクト」ですが、応募者に対してどのようなことを期待しますか。

金崎 何か新しいことに挑戦してほしいと思っています。「新しい」といっても、必ずしも学術的に新しいとか、世界で初めての挑戦ではなくてまったく構いません。それは誰にとっても非常に難しいことですから。それよりも、応募者の方々がこれまでの人生でやったことのない、という意味での新しい挑戦ですね。さまざまな支援もあるので、これまで時間がない、資金がない、リスクが高いといった理由で踏み切れなかったことに、「覚醒プロジェクト」ではぜひ取り組んでほしいですね。

――「覚醒プロジェクト」に採択されるとさまざまな支援が受けられます。支援内容についてはどのように思われますか。

金崎 1プロジェクトあたり300万円の支援、産総研のABCI(AI橋渡しクラウド)の提供など、若手研究者にとって非常に魅力的な内容だと思います。

 支援金については、比較的使途の自由度が大きいと聞いており、その点も魅力的ではないでしょうか。また、普通なら研究費から支払うことになるABCIの使用料を、産総研が負担してくれるのもありがたいですね(編注:上限あり)。大量のGPUを並列で使えば1カ月かかる計算が1時間程度で終わるようなこともありますし、個人レベルでは時間がかかり過ぎるようなことも含め、いろいろと新しい試みができると思います。私自身もABCIはこれまで研究でかなり使っているので、必要であれば使い方についてもアドバイスができると思います。

――金崎先生はPMとして、採択された研究者をどのように支援していきたいと考えていますか。

金崎 研究を進めるにあたってディスカッションや、何をいつまでにどう決めるかといったスケジューリングの面で特に支援ができればと考えています。東工大で学生や院生を指導している経験がありますので、その経験を生かした支援ができるはずです。

「覚醒」は高専の専攻科生から応募対象ですが、研究経験の少ない人にとってスケジュール管理はとても難しいと思います。何をどこまでやれば研究と呼べるのかは、経験を重ねないとなかなかわかりません。若い人ほど細かな問題にハマってそればかりずっとやり続けてしまったり、どのように方向転換したらよいかが判断できなかったりしますし、どんどん脇道にそれてしまうこともあります。私の研究室でも定期的に進捗確認のミーティングをしていますが、そうした確認は非常に重要です。

――採択者は最終的に成果発表することになっています。どのような成果を提示することが望ましいと考えますか。

金崎 もちろん、論文はみなさん書くと思いますが、このプロジェクトならではの成果の見せ方と考えると、私としては論文だけではなく何らかの「動くもの」を見せてもらえたらと考えています。
動くといってもデモンストレーション・レベルでよく、「これは面白い」「何かに使えそうだ」と感じられるようなものを提示してもらえたらいいですね。

――最後に、「覚醒プロジェクト」への応募を検討していている方々に、改めてメッセージをお願いします。

金崎 研究とは、誰も実現していない新しい何かへの挑戦です。だから、なかなか思い通りには行かないし、苦しいこともたくさんあります。でもその分、誰もやっていないことを初めて達成できたときのうれしさは計り知れないものです。この機会にぜひ挑戦してほしいです。
 

覚醒プロジェクト概要

応募締切:2023 年 10 ⽉ 13⽇(金)23:59
募集内容:
以下の5つの分野に関する研究開発を提案してください。
・募集分野① 「空間の移動」
・募集分野② 「生産性」
・募集分野③ 「健康・医療・介護」
・募集分野④ 「安心・安全」
・募集分野⑤ 「その他の社会課題解決に資するテーマ」

募集対象:
高等専門学校専攻生、大学院生(学部生は対象外)、ポスドクなど、高専、大学、研究機関、企業等に所属する35歳未満の個人もしくはグループ(2023年4月1日時点)

応募⽅法:
公式サイトで応募を受け付けます。Webフォームに必要事項を記入のうえ、提案書や知的財産の確認書、所属組織の承諾書など、指定する必要書類をアップロードください。

研究開発支援:
採択された研究実施者には、以下の支援を行います。
・プロジェクトマネージャー(PM)の伴走・アドバイス
・1プロジェクトあたり300万円 を支援
・ABCI(AI橋渡しクラウド)等の産業技術総合研究所の共用施設の無償利用

覚醒プロジェクト公式サイト

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