画像クレジット:AP Photo/Susan Walsh
1年前に成立した画期的な気候変動対策法である「インフレ抑制法」によって、製造業や電気自動車、温暖化ガス排出量の状況はどう変わり、今後、どのようなことが起こりうるかを説明しよう。
この記事は米国版ニュースレターを一部再編集したものです。
この1年というもの、気候テクノロジーの話題には、米国では必ずと言っていいほど「インフレ抑制法(Inflation Reduction Act)」の話がついて回っている。
気候担当記者である私はおそらく例外的な存在だろう。気候変動について常に考えているタイプの人間だからだ。これはすべての人に当てはまるわけではない。実際、インフレ抑制法について、知らない米国人も多い。新しい世論調査によると、米国では71%の人がインフレ抑制法についてほとんど、あるいはまったく聞いたことがないという。このような人のために、同法の要点を整理しておこう。
- インフレ抑制法は、略して「IRA」(Inflation Reduction Act)と称されることが多い。
- 2022年8月16日(ほぼ1年前!)にバイデン大統領の署名を経て成立した。
- 推定3690億ドルの気候変動対策資金が含まれる。
- 補助金、融資、および多くの税額控除で構成されている。
莫大な金額である。1年以上前に初めてこの法案が発表されて以来、気候分野に携わる人々は、この法律がどういうものなのか、さまざまな憶測を巡らせてきた。
先日、インフレ抑制法成立から1年が経過した米国における気候テクノロジー政策の現状をまとめた記事を掲載した。ぜひ読んでみてほしい。以下では、この画期的な気候変動対策法で何が変わり、今後どうなるのかを考えてみよう。
製造業
1年前:本誌で気候問題を担当するジェームス・テンプル編集者と私は、2022年7月下旬に草案が発表されるとすぐに、インフレ抑制法案に関する記事を書いた。当時、同法が米国の気候変動対策にとって非常に大きな意味を持つことは明らかだった。
法案は野心的でありながら政治的に現実味のある政策で、米国の製造業を後押しし、雇用が変化しつつある諸方面を支援し、よりクリーンで近代的なエネルギー・システムへの移行に必要なインフラを構築すべく設計されている。こう説明するのは、シンクタンク「サード・ウェイ(Third Way)」で気候・エネルギー・プログラムの責任者を務めるライアン・フィッツパトリック部長だ。
「この分野としては米国史上最大の投資となるでしょう」(フィッツパトリック部長)。
現在:資金の多くはまだ実際に投入されてはいないものの、米国製造業の活性化が順調に進んでいることを示す初期兆候がある。インフレ抑制法を理由に、米国内のクリーン・テクノロジー製造施設への大規模投資を発表する企業が後を絶たないのだ。
たとえば、米国最大の太陽光パネル・メーカーであるファースト・ソーラー(First Solar)は昨年、インフレ抑制法が成立してからわずか2週間後に、米国での工場操業を拡大し、南東部に12億ドルをかけて工場を建設すると発表し、その理由としてインフレ抑制法を挙げた。数週間前、同社はさらに規模を拡大し、また新たに10億ドル規模の工場を建設する計画を発表した。
インフレ抑制法が成立して以来、企業から発表された気候テクノロジー関連製造分野への民間投資は総額760億ドルを超えている。
電気自動車
1年前:インフレ抑制法には、電気自動車(EV)の新車購入に対して最大7500ドルの税額控除を受けられる施策が含まれている。だが、税額控除の対象要件によって、結果的に対象となる車両数が制限され、その効果が制限されるのではないかとの懸念が早くからあった。
この規則では、税額控除を受けられるのは、米国(または米国と自由貿易協定を結ぶ国)製の材料と電池(バッテリー)を使用した車両に限ると定められている。税額控除に付随する規則は、バッテリーに使用される鉱物、部品、電池セルの米国での生産を促進することを目的としていた。当時は、すべてがどのように解釈されるのか、また要件が最終的にどの程度制限的なものになるのか、完全に明らかにされてはいなかった。
現在:EV税額控除の大部分について、ある程度明確になってきており、政府はより多くの車両に適用を認める方向に大きく舵を切ったようだ。しかし、現在でもこの主要プログラムには疑問がつきまとう。
具体的には、2024年から適用されるサプライチェーンに「懸念される外国企業」が関与するEVは除外されるとの条件がある。「懸念される外国企業」はまだはっきりと定義されていないが、EVサプライチェーンのいくつかの分野を支配している中国がこのカテゴリーに入る可能性はある。
この条件が、バッテリーの価格とEVの所有にどのような影響を及ぼすかについては、昨年掲載したEV税額控除に関する記事をご覧いただきたい。また、EVバッテリーが米中間の次の緊張材料になる可能性については、本誌のヤン・ズェイ記者の記事を読み返すことをお勧めする。
温室効果ガス排出量
1年前:昨年、40%という数値を何度も耳にした。専門家は、インフレ抑制法は2030年までに米国の温室効果ガス排出量を2005年比で40%削減するとしていた。この数値は、米国が達成しようとしていた目標(30%から35%削減)を超えていたが、国際的な目標(50%削減)を達成するために必要な数値を下回るものだった。
モデリングの専門家たちがどのようにして数千億ドルの資金から予想される排出削減量を導き出すかを考えてみたところ、私の頭はやや混乱した。そこでその難問を解決すべく、複数の専門家にインタビューして、昨年8月にインフレ抑制法のような経済政策の結果を予測することがいかに難しいかについてまとめた記事を発表した。
当時、専門家は、価格の低下は、EVや太陽光パネルのような製品の普及が進むことを意味し、そのような製品がどれだけ排出量を削減するかはわかっている、と説明した。しかし同時に、複雑な要因が多く残されていることも指摘した。たとえば、人は必ずしも合理的に行動するとは限らない。また、すでにかなり安価になっている新製品を導入するよう、政策がどの程度国民を後押ししているのかを見極めるのも難しいかもしれない。つまり、このような予測は少し慎重に受け止める必要があるということだ。
現在:インフレ抑制法の政策が排出量に及ぼす効果の大半は、まだ予測にすぎない。この資金がどれだけ気候変動対策に効果的に反映されるのか、しばらくは正確には分からない。しかし、製造業とEVの普及において非常にポジティブな初期兆候が見られる。
インフレ抑制法がもたらす効果や、この画期的な法律の今後についてさらに詳しく知りたい場合は、成立1周年を記念して発表した記事をご覧いただきたい。
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インフレ抑制法の内容や当時の専門家の見解についてさらに詳しく知りたい場合は、昨年夏に発表した初報や、EV税額控除に関する続報、そして、気候変動対策にとってこの資金がどのような意味を持つのかを排出量モデリングの専門家がどのように解明したかをまとめた記事をご覧いただきたい。
昨年11月に発表されたジョナス・ナーム(現バイデン政権経済諮問委員会の上級エコノミスト)によるオピニオン記事は、インフレ抑制法が気候変動対策と経済的成功をどのように結びつけているかを説明している。
ジェームス・テンプル記者は、インフレ抑制法における二酸化炭素回収補助金の話題を取り上げた。二酸化炭素回収に投資すれば化石燃料プラントの寿命が延びるという懸念があった(その懸念は現在もある)。しかし、ジェームズは、鉄鋼業界やセメント業界など脱炭素化が難しい分野では補助金が極めて重要になる可能性があると指摘している。
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