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「100年先も持続可能な農業」を目指すスタートアップが思い描く、データとAI、デジタルツインで変える世界

やがては“ワンクリックで就農”も!? 農業ロボのAGRISTが見据える「未来の農業」の姿

2023年03月23日 11時00分更新

文● 大塚昭彦/TECH.ASCII.jp 写真● 曽根田元 製品写真提供● AGRIST

提供: ゼンアーキテクツ

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 「100年先も続く持続可能な農業の実現を目指す」を企業ミッションに掲げるAGRIST(アグリスト、本社:宮崎県新富町)は、テクノロジーによって農業課題の解決を目指すスタートアップだ。

 AGRISTが開発、提供する農業用ピーマン自動収穫ロボット「L(エル)」は、今年の米国「CES 2023」でイノベーションアワードを受賞したり、マイクロソフト会長兼CEOのサティア・ナデラ氏が講演の中で紹介したりするなど、すでに国内外で高い評価を受けている。

 ただし、AGRISTが見据える未来の農業ビジネスは農業用ロボットの開発だけにはとどまらない。農業というビジネスを取り巻く状況そのものをテクノロジーで変革し、「ワンクリックで農業が始められる」ような、まったく新しい世界の実現を目指しているという。

 AGRISTでは、それを実現するためのデータプラットフォーム「Agriss(アグリス)」の構築を、ゼンアーキテクツの内製化支援サービス「Azure Light-up」を活用しながら、Microsoft Azureクラウドを利用して進めている。今回はAzure Light-upのディスカッションの場を訪れて、AGRISTが考えるデータを活用した農業の未来像や、プラットフォームの進化について詳しく聞いた。

AGRIST 共同代表取締役CTOの秦 裕貴氏

AGRIST AIエンジニア/プロジェクトマネージャーの清水秀樹氏(中央左)と、ゼンアーキテクツ 代表取締役の三宅和之氏(左)、同社 Distinguished Engineerの芝村達郎氏(中央右)、同社 Cloud & DevOps Specialistの横浜篤氏(右)。Azure Light-upが行われた日本マイクロソフト本社にて

一度は就農の夢をあきらめたロボットエンジニアが起業、自社農場も展開

 AGRISTは2019年に創業した、まだ4年目のスタートアップだ。創業メンバーであり、現在は共同代表取締役CTOを務める秦 裕貴氏は、創業に至った背景を次のように説明する。

 「わたしはもともと農業に興味を持っていて、高専(北九州高専)卒業のタイミングでは新規就農することも検討しました。しかし、農業の収益性や自分の知識範囲を考えると就農のハードルは高く、あきらめざるを得ませんでした。その後は高専内に立ち上がったロボットベンチャーで働いていたのですが、そこで現在AGRISTの共同代表を務める齋藤(共同代表取締役CEOの齋藤潤一氏)と出会う機会がありました」(秦氏)

 齋藤氏は宮崎県新富町の地域商社、こゆ財団の代表理事を務めており、2017年に学生向け講演会で北九州高専を訪れた。このとき高専内ベンチャーを視察し、農業に興味を持っていた秦氏と意気投合。その数週間後には秦氏が新富町を訪れ、スマート農業の実現を目指す農家が集う「儲かる農業研究会」に出席することになった。

 この研究会の場で「ピーマン収穫の担い手がいない。自動収穫ロボットが必要だ」という農家の声を聞いたのが、AGRIST創業のきっかけになったという。「新富町は農家の方々も新しい取り組みに積極的で、ここでなら農業のより良い未来を作ることができるのではないかと思いました」(秦氏)。

 新富町で起業したAGRISTは、地域のピーマン農家からのアドバイスも受けながら、自動収穫ロボットを開発してきた。たとえば地面が整地されていないビニールハウスにも設置できる吊り下げ式を採用し、ロボットが揺れても確実に収穫できるベルト巻き取り方式の収穫ハンドを考案するなど、まさに現場視点に立った開発を進めている。農業ロボット市場では数千万円クラスの製品が多いが、AGRISTならば数百万円から導入できる点も特徴だ。

AGRISTの自動収穫ロボット「L」。ワイヤー吊り下げ式でビニールハウス内を移動し、内蔵カメラとAIでピーマンの位置を把握、ベルト巻き取り式で確実に収穫する。長時間稼働できるのもロボットならではのメリットだ

 このピーマン自動収穫ロボットはすでに高い評価を得ている。前述したCES 2023のほか、国内外のスタートアップ、スマート農業のコンテストで多数の受賞歴を持つ。さらに農業の担い手不足に悩む地方自治体からも注目を集めており、現在は鹿児島県や大分県などと自動収穫の実証実験にも取り組んでいる。

 そして2021年10月には、子会社として農業法人「AGRIST FARM(アグリストファーム)」を立ち上げ、新富町に自ら農地を取得してピーマンの営農に乗り出した。自動収穫ロボットを使ったピーマンの収穫効率、収穫量、収益向上効果を実証、公開していくことがその狙いだ。

 「AGRISTの農場では、自動収穫ロボットに最適化されたビニールハウスを設置して、収穫量を平均より30%程度向上させる想定です。ロボットだけでなく、それに最適化されたビニールハウスと農法をパッケージ化して、農業に新規参入される方に販売していくビジネスも進めています」(秦氏)

ロボットによる自動収穫に最適化されたビニールハウスや農法の研究開発も行っている

データとAIの活用で「誰もが再現できる農業」の実現を目指す

 これまで主に収穫作業の課題にフォーカスしてきたAGRISTだが、自社でも営農を始めた中で、農業が抱えるより大きな課題にも向き合わざるを得なくなったという。日本の農業を“持続不可能”にしている課題とは、いったい何なのだろうか。

 「平たく言えば、『日本の農業はヒト・モノ・カネの流動性が低すぎる』という課題です。そのマクロの原因を突き詰めて考えると、これまでの農業には『再現性が不足している』という事実に行き着きます」(秦氏)

 「再現性が不足している」とはどういうことか。これまでの農業では、「収穫量は栽培を手がける人の“経験と勘”に左右される」「その年の天候次第で収穫量が決まる」といったことが当たり前とされてきた。つまり、ほかの産業と比べて再現性が著しく低く、「誰がやっても」「どんな年でも」確実に収穫量=収益を上げることが難しいということだ。その結果、新規就農や異業種参入のハードルが高く、外部からの融資や投資も難しいビジネスになってしまっている。

 農業の再現性を高めるうえで効果的なのが、データの活用だ。AGRISTでは、自動巡回する収穫ロボットから作物の生育状況や収穫量のデータを、またビニールハウス内のセンサーから環境データを収集し、蓄積する仕組みも開発している。

 「これまで農業分野のセンシングは、ビニールハウス内の温度や湿度、土の水分量など環境データを測るものが主でした。実は、収穫量のデータをきちんと集める仕組みはなかったんです。しかしAGRISTのロボットを導入すれば、収穫したピーマンの個数をロボット単位で正確に把握し、記録できます。ここに環境データをかけあわせて分析することで、『こういう環境条件で育成すれば、これだけの収穫量が見込める』という再現性が生まれます」(秦氏)

 実際、AGRISTでは2022年から、自社のビニールハウスにおけるピーマン生育データ収集の取り組みを開始している。データに基づく「誰もが再現可能な農業」を実現しようとしているのだ。

 AGRISTの収穫ロボットそのものはスタンドアロンで動作する仕組みだが、ロボットが自動収集したさまざまなデータはAzureクラウドに送られる。毎日の収穫量をLINEで通知するだけならば複雑な仕組みは必要ないが、収集したデータをデータ分析やAI開発にも活用することを見越したアーキテクチャを採用している。

 こうした取り組みを通じて、2021年にはマイクロソフトのスタートアップ支援プログラム「Microsoft for Startups」に採択されたほか、2022年にはマイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏が、同社イベントの講演において、将来性の高いAzureのAIサービス活用事例としてAGRISTを紹介している。

 クラウドを介してロボットの遠隔操作ができる仕組みも開発し、農福連携(農業と福祉の連携)の取り組みにも挑戦している。AGRISTのロボットはAIがカメラ映像からピーマンの位置を自動認識して収穫する仕組みだが、身体の不自由な人がピーマンの探索や認識を補助してAIの“教師”となることで、その精度をさらに高められる。2022年6月にはGMOドリームウェーブと提携し、農福連携の取り組みを進めることを発表している。

「絶対に外注したくなかった」開発担当者が選んだ内製化の方法

 上述したAzure上のデータプラットフォームは、ゼンアーキテクツのAzure Light-upを利用しながら、AGRIST自身の手で構築してきたものだ。

 Azure Light-upは、ゼンアーキテクツのAzureスペシャリストと顧客企業のエンジニアがチームを組み、2~3日間のハッカソンを行う内製化支援サービスである。顧客のビジネス目標に応じたアーキテクチャ設計を検討し、内製化に向けたスキルアップ支援も行う。クラウドネイティブなアーキテクチャ設計を採用し、Azureの最新テクノロジーやクラウドのメリットを最大限に生かす点も特徴だ。

 AGRISTにおける1回目のAzure-Light up(2022年4月)は、ピーマン収穫量のデータをロボットから収集/蓄積するクラウドシステムの開発がテーマだった。AGRISTからはAIエンジニアでプロジェクトマネージャーを務める清水秀樹氏が参加し、ゼンアーキテクツのエンジニアと共にアーキテクチャを設計。さらに、Azureのサービスを利用してシステム開発を行うスキルも習得した。その後は清水氏がほぼ1人でシステムを内製してきた。

1回目のAzure-Light upで設計したデータプラットフォームのアーキテクチャ概要図。「収穫量をLINE通知するだけならもっとシンプルにできますが、将来的にデータを分析/活用していく方向性であることを考え、このアーキテクチャを提案しました」(ゼンアーキテクツ 三宅氏)

 AGRISTはもともとロボットエンジニア中心の会社である。データ蓄積/分析のためのシステムを外注せず、あえて内製する道を選んだのはなぜか。この点について、清水氏は「データ収集は、AGRISTにとって“会社の命”とも言える仕組み。ここだけは絶対に外注したくなかったんです」と強調する。

 「収穫量のデータは、収穫ロボットを持つAGRISTにしか収集できない、価値の高いデータです。したがって、ここのシステムだけは絶対に外注してはいけないと考えていました。すべて自分だけで構築するのは無理だとしても、最低限の仕組みは知っておかないと、次に何か新しいことをやりたくてもすぐに切り替えられないリスクになります」(清水氏)

 特にAGRISTのように、まったく新しい取り組みを進めるうえでは「収集すべきデータはどれか」「データをどう分析すれば価値が生まれるのか」といったトライアンドエラーを繰り返すことになる。その都度システムも柔軟に改修しなければならないが、外注で「データソースを1つ追加したいだけなのに、2カ月も3カ月も待たされるのでは開発がなかなか進まない」(清水氏)。

 とは言え当時の清水氏は、まだAzureについての知識や経験が乏しかった。何か良い内製化支援サービスがないか、マイクロソフトのスタートアップ担当者に相談したところ、紹介されたのがAzure-Light upだったという。

「ワンクリックで農業」を実現するためにプラットフォームを拡張していく

 筆者が取材に訪れた2回目のAzure Light-up(2023年2月)では、およそ1年前(1回目)に設計し、実装してきたアーキテクチャの細かな改善策に加えて、AGRISTが目指す今後のビジネス展開に合わせたアーキテクチャの拡張についてのディスカッションが行われていた。

 この先のビジネス展開としてAGRISTが考えるコンセプトこそが、記事の冒頭で触れた「ワンクリックで農業を始められる」世界である。このコンセプトについて、秦氏は「電気自動車がワンクリックで買えるように、農業をワンクリックで始められたらいいんじゃないか、という発想です」と説明する。

 前述したとおり、AGRISTではこれまでの属人的な農業を、ビッグデータに基づく再現性のある農業に変えていく取り組みを進めている。再現性を高めることで、ビジネスとしての持続可能性が高まり、誰でも農家や農業法人として新規参入できるようになる。農業を支える周辺の産業でも参入障壁が下がるはずだ。

 「『この場所でこの作物を栽培すれば、これだけのリターンが見込める』という再現性の高いデータ分析ができれば、新規就農や異業種参入がしやすくなるでしょう。融資や保険のリスク判定も容易になるので、金融、不動産、保険、人材といった周辺ビジネスと連携することで、農業への参入障壁を引き下げられます」(秦氏)

AGRISTが考える次のコンセプトは「ワンクリックで農業がスタートできる世界の実現」。金融、保険、不動産など周辺ビジネスとの連携も視野に入れている

 こうした世界を実現するために、AGRISTではクラウド上のデータプラットフォームをさらに拡張していく。収穫ロボットの利用者だけでなく、幅広いステークホルダーが活用できるオープンなプラットフォームが目標だ。

 たとえば生産者がアクセスし、コミュニティを通じてさまざまな情報交換や知見提供を行う“農業版のGitHub”、あるいは特定の生育環境で作物がどう育つかのシミュレーションができるデジタルツイン=“メタバースファーム”なども実現するのではないか――。秦氏はそう期待をふくらませる。

 アーキテクチャ設計を監修するゼンアーキテクツ代表の三宅和之氏は、秦氏が語るようなビジネス展開にも対応できる、拡張性のあるかたちでAGRISTのアーキテクチャを考えてきたと語る。

 「たとえば今回はAPIゲートウェイの追加を議論したのですが、APIはまさに金融や保険などのサービスと連携させるうえで不可欠な要素です。また、デジタルツインにおけるシミュレーション結果も、現在のアーキテクチャを大きく変えることなく分析できます。一般に、SaaSビジネスが拡大していく過程ではスケーラビリティなどの課題が生じるものですが、そこについてもゼンアーキテクツの知見に基づいてアドバイスさせていただきました」(三宅氏)

 開発側の清水氏は、「ワンクリック」というコンセプトを掲げるもうひとつの理由として、「シンプルな体験を通じて感動を与える」ことを重視しているからだと答えた。

 「『高性能で高品質、だけど使いにくい』というサービスはもう売れないと思っています。あらゆる技術が民主化されて誰もがサービス開発できる世界になれば、他と差別化できるポイントは『体験』や『感動』の部分しかない。だからAGRISTでは、ひとつひとつのデザイン、体験にこだわって開発していきます。裏側では複雑で高度な仕組みが動いているけど、ユーザーはいつでもシンプルに使える、そんなサービスが理想です」(清水氏)

* * *

 取材中、秦氏も清水氏も「これまでの農業のイメージを変えたい」と熱く語っていたことが印象的だ。たしかに筆者も取材前、農業は労働集約型で属人的、言葉を選ばすに言えば「古くさい世界」なのだと思い込んでいた。しかしその世界は、データとテクノロジーの力で変えていくことができる。

 「新富町では、地元の小学生を農場に招いて『農業ってかっこいいんだよ』というイメージづくりをやっています。農業は、ロボットやデータを扱う先進的で面白い、かっこいい仕事。しかも、しっかり稼げる――。農業のイメージをそんな風に変えられたら、僕らの勝ちですよね(笑)」(清水氏)

(提供:ゼンアーキテクツ)

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