評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『ザ・ウルティメイト DSD 11.2MHz Vol. 2』
Various Artists
わが国の独立系クラシックレーベル、アールアンフィニの代表曲を集めたコンピレーションアルバム。もの凄く音質にこだわったレーベルで、録音はすべてDSD 11.2MHzで行い、DAWのPyramix内部でDXDに変換し、編集、その出力を再度、DSD11.2MHzに戻し、もしくはDXDのまま、さらにリニアPCMの192kHz/24bitなどに変換し、マルチフォーマットでe-onkyo musicにて、販売している。
その傑作を集めた『ザ・ウルティメイトDSD 11.2MHz Vol. 1』は昨年夏にリリースされ、大ヒット。e-onkyo musicのダウンロードランキング一位に輝いた。その勢いに乗って組まれたのが、この第2弾、『ザ・ウルティメイトDSD11.2MHz Vol.2』だ。e-onkyo musicの特設サイトで、レーベルオーナーの武藤敏樹氏と対談した。そこから抜粋して、前半の曲の感想を述べよう。
①横山幸雄[ピアノ] / チャイコフスキー: ピアノ協奏曲第1番変ロ短調第1楽章
オーケストラもピアノもスケールが大きく、量感的にも実に堂々とした演奏だ。このピアノで面白いのは、冒頭のオケのメロディーをバックに和音で伴奏する箇所では、"シャキ、シャキ、シャキ"と尖鋭に弾く一方で、メロディーを弾く時は柔らかく、明らかにアーティキュレーションを変えている。冒頭の強靭さ、キレの良さからガラッと変わって、メロディーはたっぷりと歌わせているという、指のマジックが印象的だ。
武藤氏はこれについて、「硬質なフォルテシモの部分と、柔らかく歌うピアニッシモの対比は、横山さんならではのテクニックの素晴らしさですね。彼のピアノ・コントロールの成せる技です」と述べている。
②砂川涼子[ソプラノ] / プッチーニ:歌劇「ジャンニ・スキッキ - 私のお父さん」
ピアノと声のバランスがたいへん良い。収録会場である五反田文化センターの持っている質の良いソノリティ、音のクオリティの高さと、その響きの中でさらに浸透してくる声の力を感じた。
③久末航[ピアノ] / メンデルスゾーン:無言歌集第4巻 - 第1番 変イ長調 「浜辺で」
ピアノの盤石な安定感に加えて、ホールの響きをうまく使い、自からの音作りに活用している印象を受けた。響きは多いが、過剰なほどではなく、自然に広がる響きだ。武藤氏は「久末航さんは日本とヨーロッパの両方で活躍されているピアニストで、ヨーロッパで最難関のひとつと言われるミュンヘン国際音楽コンクールにも入賞されています。いま改めて聴くと、音色の変化やフレージング、アーティキュレーションにヨーロッパ本流の香りを感じます」と言った。
④椿三重奏団[ピアノ三重奏団] / ブラームス:ピアノ三重奏曲第1番 ロ長調 - I. アレグロ・コン・ブリオ
武藤氏が言う。「通常、ヴァイオリンとチェロとピアノのトリオのレコーディングは、ピアノの蓋がお客さんの方に開いていて、楽器の方にメインマイクを向けた形なのですが、そうするとピアノの音が遠くになり、弦楽器の音が手前に来てしまいます。それを避けるために、この録音では、ピアノの蓋を取り外し、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの3つの楽器を三角形の配置にして、三角形を覆う最上部にメインマイクを設置しています。3つの楽器の音像や距離感を、それぞれ均等に狙いたかったのです。セッション・レコーディングをする際には、このようにその編成にとって最適なマイキングを追求することがあります」
録音では、ライブを前提とした制約がない。だから、録音のために最善を尽くすことができる。本作を聴いて感じるのは「融合」だ。昔の録音だったら3つの楽器の音が、左・真ん中・右と、それぞれ個別に出てくるものだが、この録音はしっかりとセンターに広く融合している。それがこの曲の持っているコンセプトと合致している。
DSF:11.2MHz/1bit
ART INFINI、e-onkyo music
ロサンゼルスを拠点に活動する若干26歳のヴォーカリスト、TAWANDA。2021年サラ・ヴォーン・インターナショナル・ジャズ・ヴォーカル・コンペティションで優勝した、現在最も有望なジャズ・シンガーだ。デビュー・アルバムにしてこのクオリティの高さに驚かされた。スムーズで、ブリリアントな輝きを持った声。くもりのない伸びやかな高音と、クリスタルのような煌びやかさを兼ね備え、年齢を超えた成熟度で、キャリアの浅さを感じさせないヴォーカル芸だ。艶っぽすぎず、ドライすぎず、ちょうどよい温度感といえよう。
「2.Out of This World」は 「1.Smile/I'm All smiles」の都会的な質感とはまったく異る、ソウルフルな歌唱。「 3.Bridges」は、かつてのローズマリー・クルーニー的な、グロッシーさ、表現の抽斗を複数持つ、歌姫と聴く。音像はセンターに大きく定位している。
DSF:5.6MHz/1bit
2xHD、e-onkyo music
クラシックシーンでもっとも刺激的なコンビネーションは、パーヴォ・ヤルヴィとドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメンだ。芸術監督に就任したの2014年にリリースしたベートーヴェン交響曲全集は鮮烈、ハイテンションだった。NHK交響楽団など他のオーケストラとの協演では聴けない、ハイエナジーとシャープネスがあった。
今回はハイドンだ。彼の60歳(2022年12月30日)を記念して、2019年からスタートしたのがハイドンの「ロンドン交響曲集」(第93番~第104番)全12曲の録音プロジェクト。まずは第2楽章のリズムの刻みが「時計」を摸した第101番、ティンパニのソロで始まる「太鼓連打」第103番だ。ハイドンのユーモア、諧謔をモダーンに、しかもピリオド的に、躍動的に語れるコンビは、まさにヤルヴィとドイツ・カンマーフィルにトドメを刺す。「時計」は文字通り時の流れが速い。ダイナミックなレガートに流れる時のリズムが快適。フレーズの終わりでのハネ上げがチャーミングだ。
音はDSDならではのライブ感と躍動、そしてホールソノリティの実存感が、素晴らしい。眼前で音楽が生まれ出る熱い雰囲気なのだ。その優しく、高品質な音調はPENTATONEのようだと思って調べてみたら、実際にPENTATONEの録音陣、ポリヒムニア・インターナショナルが制作したものだった。レコーディング・エンジニアは、ベテランのジャン=マリー・ゲイセン氏だ。さすが。2019年11月、ブレーメンで録音。
DSF:2.8MHz/1bit
Sony Music Labels Inc.、e-onkyo music
『"Four" & More (2022 Remaster)』
Miles Davis
1964年にニューヨークのフィルハーモニック・ホールで行なわれた伝説のコンサートのライブ。弱冠18歳のトニー・ウィリアムスの変幻自在の神がかり的リズムを聴く。シンバルのレガートが速く、格段のドライブ感にて、ダイナミックなフレーズが頻発する。あおったり、止めたりして挑発するトニー・ウィリアムスに煽られ、マイルス・ディヴィスを初めとする全ソリストがさらに熱く燃焼。
「1.So What 」は冒頭から超快速に飛ばす、トニー・ウィリアムスが挑発し、レガートでバンドをドライブ。そこにマイルス・デイビスのトランペット、ジョージ・コールマンのテナー・サックスがハイエナジーで乗り、ピアノのハービー・ハンコックが呼応し、さらに熱いフレーズを返すさまが、たいへんエキサイティングだ。ピアノは左、サックスが右、ドラムスは右から少し内側、トランペットは中央という位置にてサックスは超速いの連続プレイ、ピアノは徐々に熱を帯び昂奮的になり、またそれに全員が感化され、より熱を帯びる。トニー・ウィリアムスがその間、グルーブを一貫してリードしている。音質もたいへんクリヤー。
FLAC:192kHz/24bit
Columbia/Legacy、e-onkyo music
『第123回定期演奏会 2020年9月ライヴ』
紀尾井ホール室内管弦楽団
2020年9月、コロナ禍の真っ只中に開催された紀尾井ホール室内管弦楽団第123回定期演奏会のライブ収録。オクタビアレコードの「ホール音響を大切に録る」というコンセプトが明瞭に分かる音源だ。紀尾井ホールの美しく、豊かな響きがオーケストラサウンドに芳しい輝きを与えている。オーケストラから発せられた音が豊潤な響きの塊となって、音場にしっかと安定した音像を形成するプロセスが聴ける。ディテールを積み重ねることで、音の実体を形成するという方向ではなく、まずマッシブな響きを捉え、その中にディテールを形成するという行き方は、現代管弦楽録音のひとつの典型だ。ブラームスの弦楽五重奏曲は華麗にして、重厚だ。特に第1ヴァイオリンの倍音の饗宴は刮目。
FLAC:192kHz/24bit
EXTON、e-onkyo music
この世の憂いをすべて吹き飛ばすようなハッピージャズだ。子供のころディキシーに心を奪われた小曽根の軽快なディキシーピアノと、トランペット奏者・中川喜弘、トロンボーン奏者・中川英二郎の父子、さらにクラリネットの北村英治が名人芸を披露。渋谷に新装したジャズクラブ「BODY&SOUL」でのライブ収録だが、音場クオリティは高く、2つのスピーカーの間に確実に各楽器の音像が定位する。「4.Memories of You」のトランペットの奥行き感、「7.Tiger Rag」の躍動、「9. Body and Sou」lの抒情感が聴きどころ。特に北村のクラリネットが味わい深い。
FLAC:96kHz/24bit
Eight Islands Records、e-onkyo music
『冬木透:交響詩ウルトラセブン on Brass (96kHz/24bit)』
陸上自衛隊中央音楽隊, 森次晃嗣, 石村俊之, 樋口孝博
「ウルトラセブン」音楽の作曲家・冬木透がオーケストラ作品として書いた5楽章の「交響詩ウルトラセブン」と「交響曲ウルトラコスモ」を、吹奏楽版に編曲。50人編成の陸上自衛隊中央音楽隊の演奏でレコーディングした最新音源だ。ウルトラセブンの躍動的なテーマは吹奏楽にベストマッチ。旋律も勇壮だが、編曲もリフやコード、伴奏系など行進曲のツボを押さえている。「交響曲ウルトラコスモ」は、曲中に隠れたモチーフを探す楽しみも。冒頭の森次晃嗣のナレーションは、センター定位のテストとして使える。
FLAC:96kHz/24bit
Nippon Columbia Co., Ltd.、e-onkyo music
『Live: Cookin' with Blue Note at Montreux』
Donald Byrd
アメリカのトランペッター/シンガーのドナルド・バードが1973年7月5日に、モントルー・ジャズ・フェスティバルに出演した際のライヴ音源。当時、大ヒットしたアルバム『ブラック・バード』リリース直後の演奏だ。これまで海賊版は出ていたが、今回、ハイレゾで正式に商品化された。「1.Black Byrd」はシンセサイザーベースが、同じフレーズを繰り返す中で、ドナルド・バードのトランペットが絡み、彼の歌が読経のように流れ行く。ベース、リズムギター、トランペット、ドラムス……という編成からの音圧が大きく、音場が各楽器からの音で満たされる。音質はクリヤーで、充実度が高い。
FLAC:96kHz/24bit
Blue Note Records、e-onkyo music
『Beethoven: Piano Sonatas Opp. 101 & 106』
Maurizio Pollini
マウリツィオ・ポリーニは近年ベートーヴェンの再録音に取り組んでいる。今回はピアノ・ソナタ第28番と第29番を約45年ぶりに再録音。2020年にリリースした第30番~第32番を合わせて再度、ベートーヴェン後期ソナタを完成させた。28番第1楽章の冒頭を聴いただけで、本演奏の円熟が分かる。何ごとにも動じない安定感と、細部までの温かな眼差し、悠々としてテンポ感、そしてホールの豊かな響きを味方に付けた、響きのコントロール……まさに、大巨匠の音楽だ。ミュンヘンはヘルクレスザールにおける無観客レコーディングなので、ソノリティが豊潤にして、響きが厚く、でも同時に楽器音がクリヤーに聴ける本ホールの持ち味が、存分に発揮されている。2021年-2022年、録音。
FLAC:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon (DG)、e-onkyo music
『Radio Music Society[Deluxe Edition]』
Esperanza Spalding
2011年グラミー賞最優秀新人賞を受賞したエスペランサ・スポルディング(ジャズ・ベーシスト、歌手)の最新アルバム。ジャズをベースにしながら、ラジオ・フレンドリー(=ポップ)なアルバムを目指したという。確かにその試みは成功している。「1.Radio Song」はポップとジャズを混ぜた色気の感覚、ダブルトラックの地声と裏声のミックスが快適。快速なテンポで、ラテン系フレンチポップのジャズ版のように、おしゃれに快速に紡がれる。金管、ベース、ピアノ、ギターと音数は多いが、混濁することなく、音場にクリヤーに配置されている。「11.City Of Roses」は複雑なリズムを繰り返す伴奏をバックに、チャーミングな節回しと、早口の旋律がダイナミックに浮かび上がる。
FLAC:96kHz/24bit
Craft Recordings、e-onkyo music
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