「柏の葉スマートシティ」をはじめとした多角的なDX施策を進める三井不動産。新規事業としてスタートした会員制BCPサービス「&Resilience」のサービス概要や事業立ち上げの背景、DXチームとの連携などについて聞いた。
「BCPは難しい」という先入観を打破する訓練主体のサービス
会員制BCPサービス「&Resilience」登場の背景には、地震や水害などの自然災害、感染症、セキュリティ侵害、不祥事など、企業を取り巻くさまざまな脅威とBCPの不在がある。自然災害としては、南海トラフ地震が40年以内に90%程度、首都圏直下型地震も30年以内に70%の確率で起こると言われている。50mm以上の大雨も過去30年で発生は1.4倍になっており、大雨や水害は毎年のように起こっている。そして、今回のコロナウイルスのような新型感染症も企業活動を停止する大きな理由だ。
さまざまなリスクが企業活動に影響を与える中、BCPの策定は全然進んでいない。世の中的に「BCPは難しい」という先入観が醸成され、「作るのに、すごく手間とコストがかかると思われている」というのが、策定の進まない大きな理由だ。また、文書の作成自体が目的化し、作成した段階で終わりになっているということも多いという。&Resilienceを手がける三井不動産 伏木宏之氏は、「時間と労力を費やして、電話帳のようなマニュアルが作成され、結局は使われずにしまわれています。災害時にも役に立ちません」と指摘する。
前述の通り、首都圏直下型の地震は30年以内に70%の確率で起こるとされている。つまり、30年の間でいつ起こるかわからないわけで、備え続けるためには効率的な運用が必要になる。伏木氏は、「電話帳のような巨大なマニュアルよりも、継続的に備え続ける方が重要。30年間備え続けるためには、改善サイクルをシンプルにする必要があります」と指摘する。こうして生まれたのが日本初を謳う定額・会員制のBCPサービスである&Resilienceになる。
&Resilienceの会員になると、年2回の「気づき訓練」と「経験値拡大訓練」が受けられる。訓練もさまざまなシナリオが用意されており、平日に震度6の地震が起こった場合、大型の台風が直撃した場合などを疑似体験する。いわゆるシミュレーション型の「気づき訓練」も実施し、どのように動けばよいかをユーザー自身に考えてもらう。「フロアが壊れていたり、エレベーターが動かないみたいなことを実感してもらうと、社員の取り組みに対する納得感、腹落ち感が生まれます。こうした腹落ち感が危機感を生み出し、課題管理や経験値の習得といったサイクルが回り始めます」と伏木氏は語る。
課題の管理に関しても棚に収まってしまう巨大なマニュアルではなく、ツールを利用し、訓練結果に基づく継続的な課題管理を実現する。これが同社が提唱するBCP2.0だ。「システム側からせっつくようなことをやらないと、BCPって普段はどうしても忘れてしまいますから」と伏木氏は指摘する。BCP関連のサービスは数あれど、&Resilienceのような訓練にフォーカスしたサービスでは少ないという。
建物が堅牢でも、中の人が右往左往してしまったら意味がない
もともと&Resilienceは三井不動産の事業提案制度「MAGIC」で生まれたサービス。2019年に採択され、その後2年近くの試行錯誤の末、2022年3月にサービスを正式リリース。三井不動産が抱えるテナント以外にも、会員は徐々に増えているという。
伏木氏がこのサービスでMAGICに応募したのは、奥様が極度な地震恐怖症だったのがきっかけだという。「地震が起こると、人って頭が真っ白になり、『失見当』という判断能力がない状態になります。こうなると救える命も救えなくなってしまうので、なんとかできないかなあと考えました」とのことだ。
当初は災害時にユーザーに人命救護や避難の指示を出してくれるアプリをイメージしていたが、ビジネスにつながりにくいと判断し、幾多の寄り道の末、BCPというカテゴリにたどり着いた。サービス構築の過程でBCPや防災の担当者にインタビューをしたのですが、「BCPに取り組んでますか?」と聞くと皆さんなぜかバツの悪そうな顔をするんです(笑)。なぜかというと、やらなければならないけど、やってないというコンプレックスがあるからです」(伏木氏)。
潜在的なニーズを感じる一方で、BCPはコストや手間がかかるというイメージが強すぎる。実際にユーザーに話を聞くと、やはりBCPに対してとっつきにくいという答えが返ってきた。これに対して、サービスとしてBCPを提供するのが&Resilienceのコンセプトだ。伏木氏は、「不動産会社として、建物は堅牢に造ってきましたが、中にいるテナント様が適切な対応できずに結果として被害が出てしまったら、本当の安全ではありません。だったら、『テナント様の本当の安全のためにBCPサービスを提供するのは、不動産会社のわれわれがやる意義あるのでは?』という提案をしました。これに対して、ハード(建物)とソフトを組み合わせる『Real Estate as a Service』を掲げる経営陣がOKを出してくれたんです」は振り返る。
こうして生まれた&Resilienceは、一般的に言われるPDCAサイクルではなく、DCAPというサイクルを重視する。「『Plan』を作り始めるから時間がかかるので、とにかく訓練を実施する『Do』から改善サイクルを回します。最低限の行動原則を決め、人が動く営みに変えていきます」(伏木氏)とのこと。この最低限の行動原則を決め、防災訓練を実施していくのが&Resilienceのコアサービスになる。
なぜマニュアルではなく、実際に人を動かすのか? 一言で言えば、自助力の強化だ。「地震が発生してオフィスビルの20階でキャビネットが倒れ、人が心肺停止に陥っているような状況になっても、防災センターの職員は上に上がれない。エレベーターは止まっているし、同じような事象があちこちで起きているから。倒れた人に心臓マッサージをするのは、その場にいらっしゃる同僚の方しかいないんです」と伏木氏は語る。
重要なのは検証サイクルのスピードを上げていくこと
&Resilienceのプロジェクトで、三井不動産における専任者は実は伏木氏のみ。あとは、外部のBCPのプロフェッショナル、サービス開発を支援する上流コンサルティング、そして三井不動産のDX本部のメンバーがサービスの構築・運営を支援している。
三井不動産のDX本部は、すでに100名を超えており、事業提案制度のMAGICを通過した案件のうち、ITやテクノロジーが関係する場合にメンバーがアサインされるという。「私も、もともとDXをやっている認識はないのですが、このご時世、Webやシステムをまったく使わないビジネスはないですからね(笑)」(伏木氏)ということで、二人のメンバーが&Resilienceを2年くらい担当している。
DX本部のメンバーは技術的な支援のみならず、サービス開発にも参加しているので、当事者としての意識が高い。DXメンバーの一人である岡田七峰氏は、 「ベンダーのような技術的な観点より、そもそもビジネスの進捗にあわせてなにを作るべきかを考えるところから伴走します。伏木さんからもプロジェクトメンバーとして事業の数値も出してもらっているので、それを見ながらどうサービスを成長させるかを日々頭を悩ませています」と語る。岡田氏とともにプロジェクトに関わる平出氏は、「&Resilienceはビジネスの提供価値や解決したい社会課題が明確なのでビジネス要望が多く、効果の高い領域に絞って開発することが必要です」とプロジェクトに取り組んだ感想を語る。
DX本部と工夫した例としては、顧客の脆弱性アセスメントが挙げられる。47問の問診に答えると、脆弱な部分や訓練のやり方をアドバイスしてくれるというものだが、あえてアプリ化していないのが面白い。「Google Formsをベースにしているのですが、すでにこれでお客様も獲得できています。とにかく開発を少なくし、お客様の目的にたどり着くための最低限のプロダクト(MVP)を実現すべく、DXメンバーと工夫を凝らしたというのがポイントだと思っています」と伏木氏は語る。
DX本部としては、これらの新規事業の検証サイクルをいかにスピード化していくかが大きな鍵だった。岡田氏は、「新規事業なので、作りたいものも、アイデアもいっぱいあります。拡大する場合もあるし、たたむ場合もあるし、いきなり変えて欲しいということもあります。とにかくそういったリクエストに応える体制を作るのは大変。でも、作って、検証するスピードは昔よりずいぶん上がってきました」と語る。
大手企業の新規事業ということで、資金面での不安や実行体制は充実しているが、思い通り進まない苦労もある。「&Resilienceは年間30万円のサービスですが、不動産では何十億円、何百億円という案件もあります。だから、石橋を叩いて渡るような意思決定やセキュリティ、調整が普通で、とにかく軽く、スピーディにという新規事業にあわないときもありますね」と伏木氏は語る。
とはいえ、デジタルが不動産会社の進むべき道の1つなのは間違いない。ものづくりだけでなく、ソフトサービスとの組み合わせにこそ不動産の未来はあり、そのために必要なのがデジタルなのだという。&Resilienceとしては、今まですくい取れなかったBCPのニーズにきちんと応えていくとともに、コストや人手をかけないサービスのオペレーション、新しい価値の創出にデジタルを活用していきたいとのこと。伏木氏は、「今まで訓練の知見やノウハウって、会社ごとに閉じていたのですが、今後は&Resilienceでデータを溜めて、活用していきたい」と次の打ち手を考えている。