腕時計型デバイスはニーズとユーザビリティのはざまにある
EPSON RC-20といえば、1984年に発売された腕時計型のデバイス。わずか42×32ドット(7文字×4行)の液晶ながらその表面をタッチすることで操作できる。そして、その気になれば自前のソフトを走らせることもできたリストコンピューターであり、スマートウォッチの原点といえる製品。そのRC-20を、ブロックdeガジェットで作った(以下動画)。
1984年といえば、初代Macintoshが発売された年であり、Windowsはまだ登場していなかった。コンピューターが我々に何をもたらしてくれるのか? まだみんなで探っていた時代である。そこに、いきなり腕時計型デバイスが登場したのは、いかにも未来を予見させるワクワクさせる出来事だった。当時の広告をよく覚えている人も少なくないはず。
もっとも、スパイ映画やSFの世界で使われていた腕時計型デバイスに、何を盛り込みどんなふうに使うかは、この業界で長い試行錯誤の歴史がある。RC-20から、約25年、四半世紀を経過して、ようやくPebble やApple Watchによって市民権を得たと言ってもよい。以下は、以前、作成した腕時計型デバイスのリストをアップデートしたものだ。
腕時計型スマートデバイス発売年表
1984 UC-2000(セイコー電子工業・服部セイコー)
1984 RC-1000(エプソン・服部セイコー)
1984 RC-20(エプソン)
1990 RECEPTOR/米国(セイコー)
1992 プレシャス/ポケベル(NTTドコモ)
1995 DataLink(TIMEX・Microsoft)
1998 Ruputer/MP110・MP120(SII)
1998 NEXT Zi:ks/ポケベル(NTTドコモ)
1998 腕時計型PHS(NTT)
1999 SPH-WPIO(サムスン)
1999 PC-UNITE/BZX-20・BZX-20D(カシオ)
1999 Octopus Watch(Junghans)=フェリカ内蔵
2000 Chrono-Bit(セイコーエプソン)
2001 Internet Messenger(TIMEX)
2001 WatchPad(IBM・シチズン)
2002 FX2001 Wrist PDA(Fossil)
2003 WRISTOMO(SII・NTTドコモ)
2003 SPOT対応腕時計(シチズン/Fossil)
2003 Wachphone(サムスン)
2009 Fitbit Tracker(Fitbit)=クリップ
2011 Jawbone Up(Jawbone)
2012 FuelBand(Nikle)
2012 SmartWatch(ソニー)
2012 Toq(Qualcomm)
2012 G-SHOCK GB-5600AA(カシオ)
2013 Pebble(Pebble)
2013 Galaxy Gear(サムスン)
2013 TrueSmart(Omate)
2014 Activité(Withings)
2014 Asus ZenWatch/Wear OS(ASUS/Google)
2015 Apple Watch(アップル)
※個人的に購入したものや重要と思うものを中心にピックアップしたものだが誤記などあればお知らせいただきたい。
これを見ると、1984年には、RC-20以外にも同じセイコーグループから「腕コン」とうたったUC-2000、「腕ターミナル」とうたったRC-1000と、合計3つの製品が登場している! しかし、これらの中でも、EPSON RC-20は、もっともカジュアルに見えて、実は、Z80を搭載したもっともリストコンピューターというにふさわしい内容の製品だった。
EPSON RC-20
時計の基本機能であるアラーム、世界時計、スケジューラ、メモ、電卓のほか、それらと入れ替えるような形でオリジナルのソフトウェアを走らせることができる。この部分は、正直なところいささか無理のある設定だったのだが、それでも、1984年時点で開発者たちが腕時計型デバイスの未来を模索していた意気込みがうかがえるというものだ。
1980年代の日本のプロダクトデザインのよい部分をすべて体現したようなRC-20のデザインだと思うのだが、この製品には、たった1つだけ(しかし非常に大きな)問題がある。それは、ベルトが経年劣化でバラバラになってしまうのだ。私の所有するものも上の写真のとおり。ちなみに、本体色はベージュ系も用意されていた。
RC-20を探そうと荷物のなかをガサガサとやっていたら「腕コン」ことUC-2000とTV-Watch、そして、RECEPTORが出てきて楽しい時間を過ごさせてもらった。その勢いで、同じSEIKO ブランドのCalculatorを引っ張りだしてきてバッテリを交換してみたり(みんなが薦める御徒町の大樹でバッテリを交換してもらった)。
SEIKO UC-2000(腕コン)
RC-20が、当時のパソコン小僧やハイテク野郎に正面からぶつけたデザインであるのに対して、UC-2000は、どちらかというとビジネスマンを意識した大人のデザインになっている。荷物の中から2本ほど出てきたので、1本はこれにふさわしい継承者の元へ(バッテリはBR2025を裏ブタを開けて交換)。
SEIKO TV-Watch
RC-20よりも前に、SEIKOブランドの腕時計型デバイスといえば、1982年に発売された「テレビウォッチ/TV-WATCH」にとどめをさす。私のは1983年発売の「DXA002」だが、NHK Eテレの『ITホワイトボックスⅡ』に出演させていただいたとき、お題は「ここまできた! 最新デジタルテレビ」ってことで、「そんなの持ってるなら見せましょう」とテレビウォッチも出演することになった。
テレビウォッチの初代(DXA001)が発売されたのはちょうど『モノマガジン』が創刊になった頃。創刊号の表紙がスマートウォッチ的なイラストだったのだが、すぐにそのイラストを超える製品が出てきて驚いたと次の号あたりで書かれていた。開発者は「カラーもすぐできる」と言ったそうで、人々の願望をテクノロジーが超えてしまう時代だった。
SEIKO Calculator
テレビウォッチよりも、さらに前の腕時計型デバイスの先祖といえば、1970年代に各社から発売された計算機付き腕時計時計ということになる。PulserやヒューレットパッカードのHP-01が有名だし、国産ではCitizenやCASIOももちろんあるわけだが、ここではセイコーしばりで同社のCalculatorを紹介しておく。1977年発売の製品だ。個人的には、HP-01のコレクターなのだが、SEIKO Calculatorのいかにも精工舎の歴史を背負った品行方正と表現したくなるデザインが好ましい。
SEIKO RECEPTOR
RC-20やUC-2000、RC-1000のあと、これぞスマートウォッチの先祖といえる製品が、1990年に、やはりSEIKOブランドで米国発売された「RECEPTOR」だ。“Massage Watch”を標榜しており、FM波を使って、パーソナルメッセージ、天気予報、株式市況、スポーツニュースなど腕元でみることができる。飛行機などで移動すると自動的に時間をあわせてくれる機能もあった。
私は、海外出張(といってもショウ取材とかだが)をしはじめた頃だったので米国から取り寄せて使いはじめたのだが、いまならスマートウォッチと呼んでもおかしくない内容に感動したものだ。いまではスマートフォンですべてカバーできる製品だが、忙しいビジネスマンたちに重宝されたのは、さまざまなベゼルの製品があったようすを見ても分かる。
しかし、いま見てもバランスがよいように見えると思える製品が、その後、なぜ一般的にはならなかったのか? 理由の1つは、この製品が発売された1990年の段階では、リアルタイムに情報に接触し続けないと気が済まないというメンタリティの持ち主がまだ少なかった。当時、ポケベルを会社に持たされた知り合いが「猫の首に鈴をつけられたようなもんだよ」と言っていたのを思い出す。
上記のリストを見ると、1998年のRuputerや2000年のChrono-Bitは、コンピューターユーザーの気持ちを十分に吸収しているように見えるのだが。ここで、もう1つの理由は、いまのスマートウォッチがフィットネス系の活動量トラッカーを経由して成立したのを見るべきかもしれない。音楽プレイヤーのiPodを経ることでスマートフォンのiPhoneが登場したようなことだ。身に着けることの必然性、持ち歩くことの説得力が、それぞれのデバイスを成立させたと思う。
こういうことは、その時点では誰にも見えないし10年以上経過してやっとわかるようなことだ。iPodから、iPhoneだって偶然の産物というべきだろう(たしかにiPodには誰も使わないPDAとゲームが入っていたが)。ところで、私は、だいぶ前の原稿でアマゾンECHOが腕時計になるとしつこく書いていた。しかし、これを書いている時点では少なくともアマゾン自身によっては製品化されていないように見える。ジェフ・ベゾスは、腕時計なんかしないのがいちばんだと思っているのか? 手首に巻き付いているってとってもいいポジションだと思うのだが。
■ 「ブロックdeガジェット by 遠藤諭」:https://youtu.be/2Eaj0LSY5tc
■再生リスト:https://www.youtube.com/playlist?list=PLZRpVgG187CvTxcZbuZvHA1V87Qjl2gyB
■ 「in64blocks」:https://www.instagram.com/in64blocks/
遠藤諭(えんどうさとし)
株式会社角川アスキー総合研究所 主席研究員。プログラマを経て1985年に株式会社アスキー入社。月刊アスキー編集長、株式会社アスキー取締役などを経て、2013年より現職。角川アスキー総研では、スマートフォンとネットの時代の人々のライフスタイルに関して、調査・コンサルティングを行っている。「AMSCLS」(LHAで全面的に使われている)や「親指ぴゅん」(親指シフトキーボードエミュレーター)などフリーソフトウェアの作者でもある。趣味は、カレーと錯視と文具作り。2018、2019年に日本基礎心理学会の「錯視・錯聴コンテスト」で2年連続入賞。その錯視を利用したアニメーションフローティングペンを作っている。著書に、『計算機屋かく戦えり』(アスキー)、『頭のいい人が変えた10の世界 NHK ITホワイトボックス』(共著、講談社)など。
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