デジタルに囲まれてこそのアナログ
阪神大震災のとき、意外に役に立ったのが「石油ストーブ」だったというエピソードをご存知でしょうか。鋭い読者ならご明察だと思いますが、その理由は、電源なしでも「照明になる」「温かくなる」という必要を満たしていたためだそう。
そんな石油ストーブの特性は、最近のキャンプブームでも再注目され、一部の製品はアマゾンや楽天ではプレミア価格がつくほどの人気になっています。
筆者は、防災対策もかねて、数年前から「1台は、石油ストーブが欲しいなあ」と強く思っていました。しかし、そんな物欲がムクムクと湧く12月ごろには石油ストーブが高値や品薄になることから、買うタイミングを逃し続け、ようやく今秋に手に入れたというわけです。
購入したのはトヨトミの「KS-67H」(メーカー希望小売価格は3万580円)。ストーブの中心に火が燃える部分があり、ストーブの周りすべてに熱が伝わる、いわゆる「対流型ストーブ」です。
社会にデジタルグッズが浸透するなか「なぜにアナログな機器?」と問われれば、その理由として「暖房になる」以外にも、部屋におくと鉄製のロボットのような存在感と可愛さがあることが挙げられます。中に火が灯っていることもあり、生命感すら感じるところ(「攻殻機動隊」ファンなら「ゴースト(魂)を感じる」と説明するとわかりやすいかもしれません)。
もちろん、燃料の灯油さえあれば、100V電源を使わないスタンドアローン(何も接続しない)で防災対策になることも大きな理由です。
(対流型)石油ストーブのスペック
やっと手に入れたこともあり、恋愛にたとえるなら「数年後しの恋」が成就したようです。ここまでくるまでに、各社、各製品のスペック、口コミを調べまくりました。
石油ストーブの口コミには「燃費が悪い」という表現があります。おそらく、時間あたりの灯油の消費量の意味だと想像しています。しかし、筆者は異論があり、本来の「燃費」は「エネルギー効率」のはず。多くの灯油を消費しても、多く熱を発生するのなら、燃費(エネルギー効率)は良いことになります。
ちなみに筆者が購入したKS-67Hは、出力6.66kwで、燃料消費量0.647L/h。燃料消費量は多めですが、8畳の仕事部屋なら15分ほどで19度から25度ほどに温まります。40畳のリビングなら、1時間強で同様の暖房効率(ただし、窓が壁一面なので室温が下がるのも速い)。石油ストーブは出力調整が苦手な製品が多いこともあり、1時間単位のオンオフで室温を調整しています。
購入してすぐに気がついたのは、(対流型石油ストーブは)ほとんど音がしないこと。筆者の住んでいるのが田舎で、夜はほぼ無音なせいもありますが、感動すら覚えるほどの静寂性です。
もちろん、着火時以外では、電波も発しないのでWi-FiやBluetoothなど、デジタル機器の邪魔をしません。灯油は燃焼すると、水分を放出するので、特に加湿はしていません。それほど喉が痛くはなりません。
あまり知られていない遠赤外線のマジック
KS-67Hを選んだ1番の理由は、ボディがホウロウ加工されていること。ホウロウ(琺瑯)とは、金属の表面にガラス質の釉薬を焼き付けたもの。古くからある、金属とガラスのハイブリッド製品といえるかもしれません。とくに、加熱器具に使われるホウロウは赤外線放射率が高く、身体を温める遠赤外線を効率よく放射することが知られています。
エアコンやファンヒーターが、暖かい空気を送風するのに対して、灯油ストーブが人や物を直接温められるのには秘密があります。それは、石油ストーブが、暖かい空気を循環させると同時に、波長3〜1000マイクロメートルの遠赤外線が、人や物の分子の熱振動を加速させるから。気温が低いのに太陽光を浴びると暖かくなる原理と同じです。
たまに「遠赤外線は内部から温める」という話も聞きますが、遠赤外線はほとんどが表面で吸収されてしまうため、「内部から温まる感じがする」が正解でしょう。ただし、温風を出すタイプの暖房よりも、遠赤外線を使った暖房が暖かくなるのは確かです。
新しいビジネスモデルの参考にもなる、ストーブ作りの哲学
石油ストーブのあまりの良さと楽しさと、「これからも買えるのかなあ……」という心配(物欲?)もあり、KS-67Hを造っているトヨトミに問い合わせをしてみました。そしたら、そのお返事が素敵だったので、読者の皆さまと共有することにしてみます。
石油ストーブが再び人気になっていることについて「エアコンやファンヒーターが普及するなか、その暖かさとは異なる石油ストーブの魅力を知らない20代のメンバーでチームを結成」したとのこと。そこから限定色の販売や他ブランドとのコラボレーションが生まれ、最近ではSNSを通じて話題になり、人気商品になったそう。
コラボレーションや限定品が手に入りにくい(生産数が少ない)ことについては「すべての(トヨトミの)ストーブ製品にホウロウが使われているのですが、ホウロウの加工は難しく、時間がかかることで、供給が間に合わず、大変心苦しく思っています」とのことでした。「人気を出すために、出荷を制限してる可能性もあるのかな……」なんて、ゲスな考えがよぎった筆者は深く反省しました。
「火を使う製品だからこそ、『安全、安心』はもちろん、社憲にある『当社は社会の報恩のために存在する』『製品は誠意の塊にすること』」という哲学があることも教えてもらいました。
実際にユーザーとして使ってみると、機能やスペックだけでなく、製品を作る人々の「想い」を確かに感じる気がします。時代や価値、状況が目まぐるしく変わる現代だからこそ必要なビジネスモデルの哲学だと、強く受け止めるのは筆者だけではないはずです。
「よ〜し、筆者のマジックも、社会の役に立つぞ〜」と決意してみましたが、そのモチベーションが湧いたのは、単に、次の記念モデルやコラボモデルを「予約してでも手に入れるぞ〜!」という、物欲の対流によるものかもしれません……(笑)。
前田知洋(まえだ ともひろ)
東京電機大学卒。卒業論文は人工知能(エキスパートシステム)。少人数の観客に対して至近距離で演じる“クロースアップ・マジシャン”の一人者。プライムタイムの特別番組をはじめ、100以上のテレビ番組やTVCMに出演。LVMH(モエ ヘネシー・ルイヴィトン)グループ企業から、ブランド・アンバサダーに任命されたほか、歴代の総理大臣をはじめ、各国大使、財界人にマジックを披露。海外での出演も多く、英国チャールズ皇太子もメンバーである The Magic Circle Londonのゴールドスターメンバー。
著書に『知的な距離感』(かんき出版)、『人を動かす秘密のことば』(日本実業出版社)、『芸術を創る脳』(共著、東京大学出版会)、『新入社員に贈る一冊』(共著、日本経団連出版)ほかがある。
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