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通信会社からDX会社への脱皮を目指した3年半の新規事業を振り返る

社会課題の解決に真正面から取り組む ソフトバンクのDX戦略

2021年09月17日 09時00分更新

文● 大谷イビサ 編集●ASCII

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 通信会社からDX会社へのシフトを進めているソフトバンク 法人事業統括 デジタルトランスフォーメーション本部 本部長の河西慎太郎氏にDX戦略を聞いた。「日本をDX先進国に」というテーマを掲げた同社のDX戦略のキーワードは、「社会課題」「共創」「データ連携基盤」だ。

ソフトバンク 法人事業統括 デジタルトランスフォーメーション本部 本部長の河西慎太郎氏

次のソフトバンクの主力事業を新規事業として立ち上げる

 ソフトバンクは、自らがDXを進めるとともに、顧客のDXを推進する立場でもある。近年のソフトバンクは、スマホやネットワークを基軸に据えた既存の通信単体事業から脱却し、業務自動化、コミュニケーション、デジタルマーケティング、セキュリティなどの領域で企業のDXを支援するサービスプロバイダーに進化を遂げてきた。そして、生活や社会に当たり前のようにデジタルが実装されるようになった昨今、企業の枠を超え、多くの社会課題をデジタルソリューションで解決していくというのが同社の方向性だ。

通信事業から企業のDX、そして社会のDXを目指す(ソフトバンクより提供)

 通信事業者としての基盤、幅広い法人・個人のチャネルや、グループ企業を含めて2万5000人規模の営業およびエンジニア人材、約4700万人の携帯電話の加入者(2021年3月時点)に加え、Yahoo! JapanやPayPay、LINEなどの多くの顧客接点を持つソフトバンクだけに、そのビジョンは現実味を帯びている。

 そんな同社のデジタルトランスフォーメーション本部(DX本部)は、「デジタルトランスフォーメーション」や「DX」といった言葉になじみがなかった2017年10月に設立され、次のソフトバンクを担う新規事業の立ち上げを進めている。社内のハイパフォーマー120名でスタートし、約3年半で規模を400名まで拡大。人材も企画主体のメンバーからエンジニア中心になっているという。

 ミッションとして掲げるのは少子高齢化から派生するさまざまな社会課題の解決だ。「ニッチな市場には行かず、大きな社会課題の解決を掲げました。日本は先進国の中でも課題先進国と言えるので、これらを解決できれば、世界に出て行くときもおおいなる武器になると考えました」とDX本部の河西慎太郎氏は語る。

 そして、こうしたソフトバンクのミッションを完遂すべく、選択した戦略は他者との共創だ。「業界のリーディングカンパニーや尖った考えを持つ企業と組んで、新しいビジネスモデルで社会課題を解決していこうと考えました」と河西氏は語る。コンサルティングなども含めて、特定の業種に深く入り込み、バリューチェーン自体を大きく革新した新しいビジネスモデルを立ち上げるというのが、ソフトバンクのDX戦略と言える。

3年半で17の事業を立ち上げ 医療や水の問題にどう立ち向うのか?

 2021年3月の時点で立ち上げの済んだ新規事業は全部で17で、現在は40程度のプロジェクトが動いているという。これらも約500あったプロジェクトから絞り込んだ結果として生き残った事業で、ヘルスケア、小売、不動産、建設といった業界ごとのソリューションのみならず、業界をまたいだECやFinTech(金融)、InsureTech(保険)、物流、社会インフラなど横断的なアプローチで、社会課題の解決に向けた取り組みを進めている。

2021年3月時点で17の新規事業が立ち上げ済み(ソフトバンクより提供)

 どういった条件でフォーカスエリアを絞り込んだのか? 「多くの就労人口を使っていて、GDPへのインパクトが大きい。かつアナログで、旧来型のビジネスモデルを続けているところ。こういうところに課題があるのではないかと考えた」と河西氏は語る。ロジックは非常に明確だ。

 たとえば、医療業界に関しては、13%の就労人口を使っているが、GDPとしては全体の6%しかないため、生産性は高いとは言えない。また、小売・流通業界に関しても、17%の就労人口でありながら、GDPの占める割合は11%で、生産性に難を抱える。両者とも紙も多く、口頭での指示も一般的で、デジタル化の余地は大きいのが実態だ。

 一方で製造業は、就労人口のうちの15%を使っていて、GDPの32%を占める日本で強い産業と言える。「工場の自動化やロボット化なんて、製造業にしてみたら、ビジネスの本丸のようなもの。われわれがあとから入っていっても知識レベルは追いつかなかったと思う」(河西氏)とのことで、あえてフォーカスから外したという。

 選択されたフォーカスエリアの1つがヘルスケア分野だ。河西氏は、「日本の医療システムは世界に誇れるレベル。人口1000人当たりの病床数は世界一多いし、一人ひとりの医療負担も小さい。乳児の死亡率も低い。でも、国や自治体の負担で成り立っているのは事実なので、高齢化が進むこの先はもはや立ちゆかない」と指摘する。

 国の医療費は16兆円を超える規模に拡大し、お医者さんの7割以上は過重労働で、医療サービスは崩壊寸前。コロナ禍で医療現場の崩壊が叫ばれている中、この課題は非常にリアルに感じられる。そして、高齢者の人口がピークを迎える2040年には、就労人口の5人に1人がこの業界で働かないと、医療や介護自体が成り立たないと言われる。

 こうした課題に解決すべく、セルフメデュケーションを推進するサービスが昨年リリースされた「HELPO」だ。チャット形式での健康医療相談のほか、市販薬を最短3時間(東京23区内)で配送してくれるヘルスモール、全国を網羅した病院検索、唾液PCR検査まで幅広いサービスを提供する。「紙での手続きが必要だったPCR検査も、申し込みから検査、結果通知までフルデジタルで提供します。検査数はすでに50万件を超えました」と語る。

HELPOによるワンストップでのオンライン診療(ソフトバンクより提供)

 HELPOも今までは健康医療相談だったが、医師によるオンライン診療や服薬指導にも対応。さらに、連携医療機関5000を数えるMICINのオンライン診療サービス「curon」との連携も実現し、共創によるヘルスケアDXを推進する。

 もう1つ社会インフラの課題として挙げられたのは、実は「水」だ。日本は上下水道の普及率が98%となっており、優れた水処理技術によって、蛇口をひねれば水を飲めるという世界で珍しい国だ。しかし、日本においても地方や過疎地では水道インフラが維持できず、過疎地域の1/3が赤字経営になっているという。

 こうした課題を解決すべく、ソフトバンクは循環型の浄水システムを手がける東大ベンチャーのWOTA(ウォータ)と資本業務提携した。WOTAのポータブル手洗い器や浄水器では、AIやIoTを用いて水質を自動判断し、浄水を実現する超節水技術を売りにする。「管を通して供給される都市ガスに対してのプロパンガスのような存在が、今まで水の分野ではなかった」とのことで、広域に管路を接続した大規模な水循環システムではなく、水道管に依存しない分散的な水循環システムを推進し、過疎地での維持コストの削減や災害時の水供給を実現する。

ソフトバンクとWOTAが構想する分散型の水循環システム(ソフトバンクより提供)

 WOTAとソフトバンクの提携は、地方や過疎地の水問題の解消のみならず、世界にも目を向けている。ご存じの通り、水問題は世界の方が深刻で、世界人口の1/3は水不足に直面し、30億人には清潔な手洗い環境がない。「過疎地域や離島の水問題を解決するためのソリューションとして将来的には世界にも輸出していきたい」(河西氏)。

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