開発開始から数年「これは出ないな」
寺尾社長が「コーヒーをやろう」と言いはじめたのは2015年。最初に試したのは社長自身が好きだったエアロプレス、空気圧でコーヒーを抽出する方法を機械化するというものでした。
「ただ機械化してもしょうがないじゃないかということで、ピストンの代わりに蒸気圧で水分を供給しながら豆にお湯を通して落とすという方式を考えたんですよ。やってみると、それはそれでとてもおいしかった。すごくこってり出たんです。ものすごくコクがある味で」(寺尾社長)
いわばスチームプレスです。たしかにおいしそうですが、3気圧ほどの高い蒸気圧をかける仕様にしていたため、安全性を確保するには「30万円で売るならできる」という設計に。「家電と呼ばれる価格」(寺尾社長)におさめるのは難しく、1年半ほどで開発は中止されてしまいました。
1年後、今度はあるコーヒー会社との共同計画が浮上。家電だけではなく豆を売るいわゆるカプセル式コーヒーメーカーにスチームプレスを使おうという話になりました。しかし今度は味が出ない。今度はクオリティ未達で、やはり開発中止になってしまいました。
そうこうしているうち、後から開発をはじめた電気ケトルやオーブンレンジが次々発表。社長はついに「これは出ないな」と思ったと言います。
いやいや自分で言い出したんでしょと思わずつっこんでしまうと「武士に二言はないんですよ」と寺尾社長。はあ、武士ですかと返すと、「二言がないというのはどういうことかというと、違うことを言わないこと。言ったことのできるかどうかはまた別の話です」だと言い切りました。
そんな武士がありますかと返しそうになりましたが、ともかく社長が開発をあきらめていたところに声をかけてきたのが、開発の中心的メンバーになった社員、太田剛平さんでした。
「(太田さんが)『ぼく、コーヒーマニアです』と。『週末にコーヒーイベントがあると、自分の車で乗り出して、ドリップコーヒーを提供してるくらい好きなんです。コーヒーメーカーを作りたいんです』と言うんですね」(寺尾社長)
社長はそれまでの経緯を説明し、一度は断りかけました。しかし、スチームプレスくらい特殊なことをするならバルミューダとしてやりがいがある。そこで、「変なことやるんだったらいいよ」という条件で太田さんにOKを出しました。
「変なこと」というオーダーを受けて太田さんが最初にやってみたのは、電子レンジのマイクロウェーブ機構だけをコーヒーメーカーに入れて、熱と振動だけでコーヒーのエキスを出すというもの。次にやってみたのはトレーにコーヒー豆と水を入れてトースターであっためるというものでした。
それはおいしいんですかと聞くと、社長は「まずいです」ときっぱり。「まずいものしかできなかったので、バルミューダとしてはもう一切やらないからやるなら自分でやれと言ったんです。そしたら、やったんですよ」
ストロングでクリアな味わい「やりこみました」
「自分でやれ」と言われた太田さんがひざの下でやったのは、ハンドドリップのコーヒー液を30mlずつ分けて飲む実験でした。味はだんだん渋くなり、最後には雑味だらけで渋いお茶のような味に。そこで4分の3ほどで抽出を止めてお湯を足すと、雑味のないクリアな味のコーヒーが作れました。
お湯割りにしたことで味は薄くなってしまいますが、「割る前のものを飲んでみると明らかにおいしかった。全量の粉で入れたものより倍くらいはおいしい。この味が最後に上がってくればいいんじゃない」(寺尾社長)いうことで、太田さんたちはバイパス注湯方式を使ったコーヒーメーカー開発をスタート。毎日、朝から夜までコーヒー浸りになりながら開発を進めました。
「9時から始めると、だんだんうるさくなってくるんですよ。ストロングなものを飲んでいるうちにハイになってくる。15時くらいに『うるさい!』と言うと、『へぇすいません、エヘヘ……』みたいな感じになって」(寺尾社長)。
ハイになりながらつきつめたのが湯温の制御。注湯口の孔の数を3個や6個に変えたり、ドリッパーの高さを1mmでも変えるだけでも味わいが変化してしまうため、様々な試作をくりかえしたといいます。結果、「一流のバリスタが世界大会で入れる渾身の一杯レベル」(寺尾社長)の味が出せるようになったということ。
その上で太田さんが「やりこみました」と熱を込めて語るのは、どんな環境であっても同じ味になるよう再現性を高めることでした。
「研究段階でひとつのもの(味の設計)を作ることはできても、実際にはお客さんがどんな電圧を使うか、どんな水を使うかといったいろんなパラメーターがある中でも同じ味を出していかなければいけない。その作り込みには本当に苦労しました。いわゆる白物家電に使われるものとしてはかなりリッチなマイコンを入れていて、コンセントの電圧を推測したり、ヒーターの温度を瞬間瞬間でセンシングしたり、シビアな計算をしています」(太田さん)
そんなシビアな調整で目指したのは「ポップな味」(寺尾社長)。
ポップとは誰もが好む王道のこと。コーヒーの味わいには豆の種類や抽出方法によって苦味、酸味、華やかさ、とろみなどに幅がありますが、人がコーヒーを好む理由は苦味とメイラード反応の香りにこそあるというのが社長の持論。そう考えると、コーヒーのまんなかにあるのは「ストロングでクリアなコーヒーなんじゃないですかというのが我々の提案」(寺尾社長)ということ。
「それにうんと言ってもらえるかは社会にお任せするしかない」としながらも、出来には自信を持っているようでした。