評論家・麻倉怜士先生による、今月もぜひ聴いておきたい“ハイレゾ音源”集。おすすめ度に応じて「特薦」「推薦」のマークもつけています。優秀録音をまとめていますので、e-onkyo musicなどハイレゾ配信サイトをチェックして、ぜひ体験してみてください!!
この連載で紹介した曲がラジオで聴けます!
高音質衛星デジタル音楽放送、ミュージックバード(124チャンネル「The Audio」)にて、「麻倉怜士のハイレゾ真剣勝負」が放送中。毎週、日曜日の午前11時からの2時間番組だ。第一日曜日が初回で、残りの日曜日に再放送を行うというシークエンスで、毎月放送する。
『Listen to Me -1991.7.27-28 幕張メッセ Live
<2021 Lacquer Master Sound>』
中森明菜
画期的な手法で、リマスタリングされたハイレゾだ。CD音源からアップコンバートする場合の帯域拡張には、これまでさまざまな手法が開発されたが、その手があったか!と、驚いたのが、ミキサーズ・ラボが開発した「ラッカー・マスター・サウンド」だ。CD音源をD/1してラッカー盤を切り、それをカートリッジで再生、A/Dしてハイレゾファイルを作るというもの。44.1kHz/16bitからA/Dしてレコードをつくるという手法はごく当たり前だが、その先に、再生してハイレゾにするというアイデアはなかなか思いつかない。
デジタル音源をオープンリールテープレコーダーでアナログ録音、再生しADするという手法は業界では知られているが、まさかラッカー盤(レコード制作での原盤)でそれをやるとはとの驚きだ。テープの場合は同一機器での録音ヘットと再生ヘッドだから、音質的な同一性は保たれているが、「ラッカー・マスター・サウンド」の場合は、カッターヘッドとは別のカートリッジで再生するので、その点はどうかと思われるが、e-onkyo musicの特設ページでのインタビューでは、複数のカートリッジで再生して、もっともふさわしいものを選んだということだ。
それにしても、なぜラッカー盤に目をつけたか。特設ページによると、①ラッカー盤は飛び抜けてS/Nが良く、位相もいい、②新マスターとしての意義---が、その理由だ。この手法でDXDやDSDD11.2MHzにてデジタルアーカイブを作っておけば、後に多彩に活用できる。「ラッカー・マスター・サウンド」の音はインプレッションで述べるように、まことに刮目なのだが、その理由のひとつに「倍音が増える」ことが、インタビューで述べられている。
「マスターがCDスペックのものも、ラッカー盤にカットすると、40kHzくらいまで帯域が伸びるんです。元は20kHzで切れているのに、スーッと伸びてくる。『96kHzで録ったの?』」って思うくらいの波形になるんです。これもラッカーマスターサウンドをやりたいと思った理由の一つでした。ミックスを変えたわけでもないのに、非常に深みのある音に生まれ変わる」(ミキサーズラボ副会長・菊地功氏)。なぜという理由は、正確にはわからないようだ。
ラッカーマスターサウンドの第1弾は中森明菜の「isten to Me -1991.7.27-28 幕張メッセ Live<2021年30周年リマスター>」。44.1kHz/16bitのCD音源と、ラッカーマスターサウンドでアップコンバートされた96kHz/24bitを比較した。「スローモーション」のCDははっきり、くっきりで、音像が大きい。ヴォーカル、ベース、ドラムス、キーボードの全部が主張するよう。すべての音が前に出てくる。高域が硬く、音の粒が粗い。その分、迫力がある。
ラッカーマスターサウンドの96kHz/24bitはまったく違う。質感が圧倒的に良い。ヴォーカルが丁寧で、粒子が細かくなつた。ヴォーカルや楽器のバランスが整い、前にせり出すことがなく、舞台にフラットに横に並ぶ。音色も端正でアナログ的なすべらかさも感じられる。
「 セカンド・ラブ」はどうか。CDは派手で前にどんどん出てくる。ヴォーカル音像がきわめて大きいし、ベースも大きく、粒子が粗い。迫力は充分すぎるほと。シンセ、ドラムス、ベースの楽器がせり出す。バランス的には、要素が全員自己主張しているようで、まとまりがいまひとつ。96kHz/24bitは楽器とヴォーカルのバランスが格段によく、ヴォーカルにもしっとりした歌心が強く感じられる。ヴォーカルをバンドが支える構図になった。
音色も滑らかさ、すべらかさ、粒子の細かさ……など、まったく違う。ステージからの距離も感じられる。ヒューマンな人肌感覚が耳に心地よい。「ラッカーマスターサウンド」は実に効果的なデジタル/アナログ手法といえよう。
FLAC:192kz/24bit、MQA Studio:96kHz/24bit
WM Japan、e-onkyo music
『Beethoven: Complete Piano Concertos』
Krystian Zimerman、London Symphony Orchestra、Simon Rattle
ツィメルマンの2度目のベートーヴェン:ピアノ協奏曲全曲。旧録音は巨匠レナード・バーンスタイン指揮ウィーン・フィルとの共演。晩年のバーンスタインが1989年にウィーン・フィルを指揮した演奏会でのライヴ録音の第3番、第4番、第5番と、その2年後、バーンスタイン亡き後、ツィマーマンがウィーン・フィルを弾き振った第1番、第2番---だった。約30年ぶりの再録音の相手はサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団。
第1番冒頭で、ラトルとロンドン交響楽団が、これほどピリオドしていると驚き。軽やかで、まるで舞踏のよう。音的だけでなく、音楽的なDレンジも広大だ。ラトルも脱皮しているが、ツィメルマンも負けず躍動している。一音一音が明晰で、ウィーン・フィルの前作より、よりダイナミックさが増している。弱音と強音の間が広大で、スフォルツアンドの強靱さも印象的だ。
録音もまさに実演を彷彿するような臨場感に溢れるもの。ピアノ音像は大きいが、同時に引き締まり、きれいな輪郭を描く。ホールトーンは少なめで、直接音がくっきりと聴ける、清涼な音だ。ピアノにまつわる響きも過剰でなく、ツィメルマンのアーティキュレーションが明晰に聴ける。「皇帝」冒頭の堂々たるカデンツァでは低音部が充実したピラミッド的なバランスのロンドン交響楽団と、煌びやかなピアノとの対比が鮮やか。2020年12月、ロンドンで録音。
FLAC:192kz/24bit、MQA:96kHz/24bit
Deutsche Grammophon(DG)、e-onkyo music
『One (2021 Remastered)』
Bob James
1974年に名門CTI RECORDSからリリースされたボブ・ジェームスの名盤『ワン』のハイレゾリマスタリング。ドラムにスティーブ・ガッド、サックスにグローヴァ・ワシントン、ベースにゲイリー・キング……など、名手と共にプレイした名盤だ。もっとも人口に膾炙にした「6.Nautilus 」。ヒップポップ曲でサンプリングされることが多い名曲だ。煌びやかなキーボードの音色と、ドラムスのビート、ベースの蠢き……という音の要素たちが、たいへんクリヤーに聴ける。
音はひじょうに透明感が高く、キーボートを中心にした名人達のアンサンプルが、緊密に相互に響き合い、緻密な音響空間を形成していることが、聴き取れる。フェンダーローズの闊達な色気にとろけそう。ローズは音場の中を突き抜けるように手前にせり出す。リバーブが美しい。
FLAC:192kz/24bit、96kHz/24bit
WAV:192kHz/24bit、96kHz/24bit
MQA Studio:192kHz/24bit
Evosound、e-onkyo music
ヴァイオリニスト、ニコラ・ベネデッティのバロック・アルバム。フリーランスのバロック音楽家たちとベネデッティ・バロック・オーケストラを結成し、自らもガット弦で演奏。
本月はクラシックの定番、コレッリの「ラ・フォリア」の当たり月。後述の福田進一『バロック・クロニクルズ II ~異邦人~』でも登場している。ベネデッティはジェミニアーニ編曲版。その重なりは偶然だが、いかにこの曲が、古から現代まで愛されているかの証左である。ガット弦ならではのキレ味と、剛性感、そして躍動感に満ちた「ラ・フォリア」だ。
音質はたいへん優秀。細部までの気配りが行き届き、ピリオドスタイルの鮮明さが、くっきりと浮かび上がる。寄らば斬るぞという尖鋭さが溜まらない。ソロヴァイオリンだけでなく、編成が大きなオーケストラも鮮明。2020年12月17-20日、イギリス、バタシー・アーツ・センターで録音。
FLAC:96kHz/24bit、MQA Studio:192kHz/24bit
Decca Music Group Ltd.、e-onkyo music
二胡演奏の第一人者、許可が、ベルリンの室内楽奏者と共演したアルバム。二胡、2ヴァイオリン、1ヴィオラ、1チェロ、1コントラバス、1ハープの編成だ。あきれるほど音が良い。もの凄く鮮明で、質感がグロッシー、細部まで音かすくい取られている。二胡はセンターに大きな音像で安定的に定位し、それを弦楽アンサンブルがきれいに囲む。「2.インドの歌」の美しいポルタメント、「3.見上げてごらん夜の星を」のロマンティシズム、「22.中国民歌」の愛情豊かな表情、「25.中国民歌/茉莉花」の中国娘が現れたようなラブリーな雰囲気、「29.中国民歌」の大草原で歌う叙情……と、二胡の魅力が高音質で体験できる。ベルリンのテールデックススタジオで録音。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
XUA Records Japan、e-onkyo music
バロック・リュートの大家、ドイツのヴァイスの組曲「異邦人」を中心に、その前後に活躍したドイツ以外の作曲家の作品をコンパイルしたアルバムだ。目が覚めるような鮮烈で、鮮鋭なサウンド。大きな音像でセンターに位置し、直接音ばかりか間接音もたいへん豊潤だ。音の立ちがシャープで、キレ味もシャープ。メインの旋律と、サブ旋律の交錯も明瞭。「1.G.F. ヘンデル サラハ゛ント゛と変奏 HWV437」は、クラシック音楽の基礎である「ラ・フォリア」のバリエーション。典雅で同時に鮮明だ。ギターは1982年パリ製造のロベルト・ブーシェ152。横浜の旭区民文化センター「サンハート」で録音。
FLAC:384kHz/24bit、192kz/24bit、96kHz/24bit
WAV:384kHz/24bit、192kHz/24bit、96kHz/24bit
DSF:11.2MHz/1bit
マイスターミュージック、e-onkyo music
『Downhill From Everywhere』
Jackson Browne
アメリカ西海岸のシンガーソングライター、ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne, 1948年10月9日 - )の7年振りのニュー・アルバム。「1.Still Looking For Something」は心地好いギターと、スケールの大きなドラムスにバッキングされ快唱が聴ける。フォークとロックを融合させた音楽性が心地好い。明瞭なヴォーカルはメッセージ性が豊か。「2.My Cleveland Heart」のキレ味とヴォーカルの味わい。「3.Minutes to Downtown」のベースとドラムスを基本にした音進行が心地好い。ロサンゼルスで録音。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Music Labels、e-onkyo music
『The Messenger[Extended Version]』
Hélène Grimaud、Camerata Salzburg
エレーヌ・グリモーならではのコンセプチュアルなアルバムだ。モーツァルトとウクライナの現代作曲家ヴァレンティン・シルヴェストロフ(1937年生まれ)の作品を巡り、過去と現代を「使者」がつなぐというコンセプトだ。モーツァルトが5曲続き、6曲目のシルヴェストロフの「The Messenger」が使者の役目を果たす。その後の5曲がシルヴェストロフ作品だ。
演奏と録音はたいへん素晴らしい。まずモーツァルト。「1.Fantasia No. 3 in D Minor」の冒頭のニ短調ならではの寂寥感、絶望感が広大なDレンジにて語られる。「2.Piano Concerto No.20」は第1楽章のニ短調のデモニッシュさ、オーケストラの響きの峻厳さ、ピアノの哀しい輝きと、第2楽章変ロ長調の優しい安寧さの対比が素晴らしい。第2楽章の中間部の短調部での哀しみがドラマティックだ。
シルヴェストロフの「 6.The Messenger (For Piano and Strings)」は波の音から始まる。モーツァルト的な安寧な弦楽によるメジャー旋律だ。「7.Two Dialogues with Postscript - I. Wedding Waltz」も親しみやすい古典的な旋律だが、メジャーとマイナーが交錯するのがモーツァルト流。「11. 3 Bagatelles, Op. 1 - III. Moderato」は北欧的な憂愁とロマンが聴ける。録音も極上。ビアノの端正で美しい響きと、オーケストラの清涼でエレガントなテイストとの合算が素敵だ。会場の響きが透明で、適度なアンビエントが美的。2020年1月22-27日、ザルツブルク大学講堂で録音。
FLAC:96kHz/24bit、WAV:96kHz/24bit
Deutsche Grammophone(DG)、e-onkyo music
『Lean Into It (30th Anniversary Edition)』
Mr. Big
ハードロックの雄、MR. BIGの名盤『LEAN INTO IT』の30周年記念ハイレゾ・リマスター。MR. BIGといえば、ギターのポール・ギルバート(Paul Gilbert)の電動ドリル奏法がセールスポイントだ。日本のマキタの電動ドリルの先端にピックを取り付けて、エレキを文字通り、かき鳴らす。『電動ドリルの歌』とのサブタイトルを持つ「1.Daddy, Brother, Lover, Little Boy」は、冒頭のドリルのエンジンを始動する騒音から始まり、迫力満点の鮮明なヴォーカル、歪むギター、連撃のドラムス。2:30からの間奏では、ドリルピックの回転が 目にも止まらぬ速さで、同一音符を連打し続ける。1991年12月に全米1位獲得した「11.To Be With You」はヴォーカルのオーバーダブがきれいで、ギター、ヴォーカル、ベースが明瞭。スタジオ録音の完成度の高さを聴かせる。ハイレゾならではの質感が十分に感じられる。
FLAC:192kz/24bit、96kHz/24bit
WAV:192kHz/24bit、96kHz/24bit
MQA Studio:192kHz/24bit
evoxs、e-onkyo music
恒例の「ウィーン・フィル・サマーナイト・コンサート2021」は6月18日、ウィーンのシェーンブルン宮殿で敢行された。ダニエル・ハーディング指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、イゴール・レヴィットのピアノ---という陣容だ。
今年のテーマはドイツ語でFernweh=遠方への憧れ。、ヴェルディ(イタリア・シチリア島)、ラフマニノフ(ロシア)、バーンスタイン(ニューヨーク)、エルガー(イギリス)、ドビュッシー(ギリシャ)、ホルスト(宇宙)……と、異国への憧憬をプログラミング。この時代、コンサートを開いてくれるだけで、大いに感謝だ。
音は、やはりムジークフェライン・ザールやスタジオとは、違い。マッシプで細部の解像度は甘い。本ハイレゾはそんなオーディオ的な観点ではなく、たいへんな時期に、行われたコンサートライブの記録として意義がある。恒例のアンコール、「36.Wiener Blut, Walzer」はウィーンらしく軽やかで、躍動的で、ロマンティック。ウィーンでの洒脱な人生を謳歌するこの曲が、今年の演奏ほど、人々に夢と希望を与えたことは、ない。
FLAC:96kHz/24bit
Sony Classical、e-onkyo music
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