後払い決済ソリューションの老舗で、フィンテック企業であるネットプロテクションズ社が手掛ける「あと値決め」サービス。
2019年8月のサービス開始から着々と導入事業者が増え、同社が2021年4月20日発表したプレスリリースによれば、発表時点で1000を超える事業者が導入しているという。
「あと値決め」とは、サービス利用後にユーザーが自ら価格を決めて後払いする決済方法で、同社のサービス名である。このような支払い方法は、一般的に「ポストプライシング」と呼ばれている。
一見、利用者が格安でサービスを利用できてしまうので、事業者の売り上げ低迷原因となりそうだが、じつは利用者の支払額が明確に増えている事例がいくつもある。
ポストプライシングがもたらすメリットや、ポストプライシング実現に必要な技術領域には何か。ネットプロテクションズ社の事例をもとにまとめてみた。
直近の事例では寄付」や「応援したい気持ち」が上乗せ価格となって表れることがわかった
ネットプロテクションズ社が発表した以下の2つのプレスリリースでわかった、ポストプライシングメリットは以下だ。事業者・
・事業者目線:サービスや商品の最低価格からの支払いを増やせる。
・利用者目線:後払いによる支払の先送りに加えて、満足度などの「気持ち」を上乗せ価格として届けられる。
■ネットプロテクションズ社プレスリリース
◇2021年4月20日 買って使った“あとで値段を決める”「あと値決め」、カバン通販「KABAG」での実績を初公開!寄付文化の根付かない日本で、46%の購入者が環境保全活動のための寄付を実施。
◇2021年6月3日 エイベックス・デジタルが「あと値決め」を導入。コロナ禍でのエンタメサービスの新たなマネタイズ手法としてポストプライシングを採択
まず4月のリリースであるKABAGの事例から。
KABAGはエルグラン社が手掛けるエコバッグのブランドで、資料で扱っているのは、クラウドファンディングによって製造した機能性のエコバッグ。
税込での最低販売価格4000円に対して、83%の人が、あと値決めで価格の上乗せをした結果となった。デザインや機能性をより高く評価したことがうかがえる。
また上乗せ価格入力者のうち46%が「環境保全活動のための寄付」を入力し、平均で500円の寄付が達成できたと述べている。
■寄付以外の実用面で評価した上乗せもある
資料では「寄付」について主に触れているが、機能性やデザイン性など実用面でも価格評価が行われている。
次に挙げるのは、6月のエイベックス・デジタルの例だ。同社が手がけるアーティストに対するファン向けイベントで、ポストプライシングの実験を実施、その結果が良好だったという。
具体的には、イベント参加費などの最低代金に対して平均で2470円の上乗せ価格となった。
ファンを応援したい気持ちを金銭で表す「投げ銭」の4倍以上の入金率となったので、アーティストの新しい収益化手段として、正式に導入するという。
■上乗せにはコアファンからの「応援」が多く集まる
上乗せ金額の分布と収益割合を分析すれば、金額の上位約20%にあたる「コアファン」が収益の過半数を占めている結果となった。
投げ銭よりもポストプライシングの入金率が高い理由をネットプロテクションズ社は、3つの要因があると分析している。実体験の「あと」で、利用者が価格を決定する時間猶予があると、投げ銭よりも価値をしっかりと評価しやすいのだろう。
■エンタメイベントではポストプライシングが最も好まれる
エンタメ関連のファンイベントでは、一律価格よりも任意価格、しかも自分で価格が決められるポストプライシングが好まれるという。個人が感じるアーティストへの気持ちの価値尺度が直接価格付けにつながるので、親和性が高い。
ポストプライシングを構成する2つのテック領域①クレジットテック ②プライステック
ここからはポストプライシングをビジネスに実装しようとしたときに関わってくる2つのテック領域を紹介する。
■2つのテック領域
①クレジットテック(CreditTech):与信管理をより精緻なものにし、また新たな信用を創造するテクノロジー領域
※クレジットには「信用」や「信頼」の意味がある
②プライステック(PriceTech):サービスや商品の適切な価格を決定するためにAIやビッグデータを活用するテクノロジー領域
クレジットテックで与信管理をいかに多角的にシームレスに実現するか?
後払いによる取りっぱぐれをいかに防ぐかは、サービスにとっての最重要課題。そのために利用者の信用情報、つまり支払能力の審査が欠かせない。
銀行の融資やクレジットカードの発行では、利用者の契約状況や支払い状況を一元管理する仕組みがあるが、クレジットテックでは、これらの情報にとらわれず、新たな切り口で、情報を収集して利用者の信用情報を評価する。
従来の方法では、審査NGとなっていた場合でも、クレジットテックでの評価では審査OKとなったり、クレジットテックのおかげで利用者の新たな与信情報を入手して審査NGとなったりする可能性がある。
■ネットプロテクションズ社の後払いシステム例
事業者によって取引登録が行われると、利用者の名寄せなどを行った後に、その審査が行われる。審査はリアルタイムで行われるので、後払いの利用可否がすぐにわかる。NP後払いは同社の後払いサービス名で、後払い決済市場では業界シェア1位となっている。2018年度の実績では、市場規模が約4200億円なのに対してNP後払いは約2500億円の流通金額だった。
■審査可決後の支払や督促の管理もITで最適化
審査可決後の利用者への請求や督促の方法も過去実績から最適化、支払率を高めつつ業務を効率化しなければならない
プライステックによって1対1で個人に合わせた価格をITで決める
そもそも物やサービスの価格は一つに決まる「一物一価」の原則があるが、需要と供給量の兼ね合いや、販売までにかかる費用の大きさなどによって、価格が上下する。プライステックでは、これらの価格が上下する要素をITで分析し、最適価格を計算する。上図の通り商取引の黎明期では、1対1の交渉が行われていたが、それをITによって、実現するための手段・ソリューションがプライステックだ。
ポストプライシングでは、価格計算の主体が利用者になる。利用者が高価格を付けやすいタイミングをAI等で分析する。継続利用を見込むプロモーションを効果的に如何に行うかがテクノロジーでの腕の見せ所となる。
後払いサービスを手掛ける競合企業がポストプライシングを導入する日も近い?
折しも2021年5月11日付で、後払いサービスを手掛ける以下の7社が「日本後払い決済サービス協会」を設立した。
■日本後払い決済サービス協会員7社
AGミライバライ株式会社
株式会社キャッチボール
GMOペイメントサービス株式会社
ジャックス・ペイメント・ソリューションズ株式会社
株式会社SCORE
株式会社ネットプロテクションズ
ヤマトクレジットファイナンス株式会社
協会の所在地はネットプロテクションズ社内に設置されているので、主導権は同社が握っているようだが、『後払い決済を運営する事業者間で、情報交換を行い、互いに学びあい、また行政機関とも連携すること』と設立の背景を述べている。
コロナ禍によってEコマース市場の拡大が加速する中、エンタメ領域をはじめポストプライシングが馴染みやすい市場も並行して拡大しそうだ。当然ながら他6社ともポストプライシング導入の機会を狙っていることだろう。
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