西新宿の風景とメモリーを語る「西新宿百景」の第4回は、フリーライターの松永怜さん。会社員時代に西新宿で出会った「緑のカレー」の思い出を振り返ってもらった。
社会人になった当初、クレジットカード関連の企業で働いていた。
実家住まいで正社員。時間もお金も自由に使えるようになり、学生時代とは違った出会いも広がった。年齢層が近い社員も多く、毎週金曜日となれば飲み会が定番。お洒落を楽しみ、恋愛も謳歌し、それなりに充実した日々を過ごしていたと思う。
しかし、数年経つ頃には楽しいだけの会社生活にもマンネリ化を感じた。目標やキャリアというほど強い意志はないが、このまま何となく年齢だけ重ねるのはいかがなものか。そもそも自分はどんな仕事をして、どんな生活をしたいのかイメージが湧かないことに、不安を覚え始めていた。
そんなモヤモヤを抱えていたある日、内勤業務の職員も外の世界を知ってもらおうとの上司の計らいで、営業担当と同行することに。
訪れた場所が西新宿だ。アルタや伊勢丹、歌舞伎町など華やかなイメージがある東口にくらべ、西新宿はほぼ未知だった。JR新宿駅から西口に出て、中央通りを直進すると15分程度で都庁が見える。都庁の前には新宿区立中央公園が見えて広大な緑が広がるが、新宿NSビルに野村ビルなど、高層ビルが圧倒的に視界を占領した。ザ・オフィス街。
私は慣れないヒールでコツコツ音を鳴らしながら、営業職員に後れぬよう速足で歩く。普段は着ないスーツを着て、ガラス越しに映る自分の姿を確認する。何食わぬ顔をしながら、どこか自分も都会の女性になれた気がして心が流行った。
季節は初夏。訪問先を3件程度周り、少々汗ばみながら昼食を取ろうと入ったのがロイヤルホストだった。店に入るやいなや、入り口に「カレーフェア」なる告知を発見する。3種類のカレーのうちどれか1つ選べたのか、始めから3種類セットだったのか曖昧だが、とにかくそこで初めてグリーンカレーたるものの存在を知った。
「なんでカレーなのに、緑やねん!」
と、関東出身なのに関西弁で心の中で突っ込む私。
しかも、どうやらカレーにココナッツが入っているらしい。カレーと言ったら「りんごと蜂蜜」。一歩下がって「おせちもいいけどカレーもね」の、世界で生きてきた私にとって、「ちょっ、待てよ!」とキムタクばりに突っ込みたくなった瞬間である(平成感)。
同僚も同じことを思ったらしく「松永さん、次チャレンジね(笑)」と言われ、驚きながら二人で笑った。
後日。またしても営業同行で昼休みに店を訪れると、いよいよカレーフェアがスタートしていた。目に入るグリーンカレーのメニュー。見ないようにしても脳裏に残るカレーと器。これはもう頼むか……!と決意し、意気揚々と注文。すると、
「あれ、美味しいじゃないか!」
それからである。徐々にアジア料理にはまっていき、当時はまだ店頭に並ぶことが少なかったパクチーを買うためだけにスーパーをはしご。気づけばアジア料理がマイブームとなった。当時お付き合いしていた男性とは、デートの度にアジア料理、もっと言うとグリーンカレーばかり頼むので、「今日は和食にしてくれ…!」と、懇願されることもあったような。
――あれから約20年後。現在は、紆余曲折を経てライターになった。刺激と多忙、不安定さを抱える仕事に就いたものの、やりたいことがやれている分充実している。それなりに年齢も重ねたが、好きなものが明確になったからか、迷いは減った。
先日十数年ぶりに店の近くを通る機会があり、近くまで足を運んでみた。今もあのロイヤルホストは健在だった。道路を挟み、2階にそびえたつその店を眺めていたが、通りを渡って店内に入ってみる。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
以前と変わらぬ接客で迎えてくれる店員さん。
奧の席に通される途中、女性二人組や、家族連れ。各々がこの空間の中で時間を過ごしている様子が見えた。今でも夏になるとカレーフェアはあるのだろうか。あのとき同行させてもらった営業担当は元気かな。メニューを開きながらあの頃の光景が蘇る。
当時の会社は数年後に退職し、自分を取り巻く人間関係も大きく変わった。
――それでも。確かにあのとき、私はこの場所にいた。期待と不安を交互に抱えつつ、この店で西新宿を堪能した。
約20年間、晴れの日も嵐もあったはずだが、結果として今は元気に過ごしている。そうだ、最近連絡取ってなかった先輩にも電話してみよう。どこか清々しい気持ちになってきて、気付けば今日もカレーしている。